第8話 お嬢サマっぽいだけの勇者と、ホンモノお嬢サマのお茶会
掲示板騒動から、さらに数日。
間が悪いときってのはあるもので――。
我らが生徒会メンバーの盛り盛り証言に新聞部の悪ノリが加わった、あのトンデモ新聞発行のすぐ後から、わたしがたまたまひったくり犯を捕まえたり、偶然足を挫いたおばあさんを助けたりするところを、うちの生徒に見られることが続いて。
で、そうなると、真偽はさておき、『そう言えば前にこんな場面も見た』という同じような証言が出始めてしまい……。
結果として、わたしは。
嘘から出た真とでも言えばいいのか――ものの見事に、尾矢隅高校の〈勇者姫〉として全校生徒に認知されてしまったのだった。
ある意味呼ばれ慣れてるから、違和感無いのがまた哀しいところだけどね……。
「まったくさ……。
もう〈勇者〉ってさ、一種の呪いなんじゃないの? って思うよ、ホント」
湯気の立つ紅茶のカップを手に、わたしがそう冗談交じりにグチるのは、テーブル向かいの席にちょこんと座るヒカリちゃん――じゃなく、その背後に控える執事。
そう、わたしに仕える仕天使にして、今はヒカリちゃんの専属女性執事(そういうことにしている方が都合が良いので)として摩天楼家に居候しているユーリである。
この休日、わたしはユーリの様子を確かめる意味もあって、久しぶりにヒカリちゃんち――わたしの家何戸分だ、ってデカさの摩天楼邸(洋館)に遊びに来ていたのだった。
で、ここはヒカリちゃんの部屋、その1。
いかにも『洋館の女の子の部屋』らしい内装の、いわば客人用応接室ってところだ。
そして、生徒会室の〈奥の院〉がそうであるように、彼女が基本引きこもってる本拠地はむしろ、奥のドアを抜けた隣の部屋で――。
そちらはもう、いかにもヒカリちゃんらしい雑多でダークなお部屋である。
ちなみに、そんな半引きこもりのヒカリちゃんは、本人はやっぱりというか身なりに無頓着なんだけど、メイドさんたちが甲斐甲斐しく(かつ何か嬉々として)お世話するため、いつもちゃんと小綺麗だったりする。
今も、ジャージどころか、ゴスロリ風ドレス姿で……これがまた普通に可愛らしい。
「さて、どうだろうね?
結局、主クンはチカラがあろうとなかろうと、根っからの〈勇者〉だってことなのかも知れないよ?」
わたしのグチにイタズラっぽく答えるユーリは、ニコニコと実に麗しく微笑みながら手際よく、ヒカリちゃんのお茶を淹れ直したりしている。
このユーリ、ヒカリちゃんちの他のメイドさんとかにちょこっと聞いたところ、実に優秀な執事として、そつなくあらゆる仕事をこなしているそうである。
……どころか、ヒカリちゃんのパパとママからは、『良い人を紹介してくれてありがとう』とお礼まで言われてしまったぐらいだ。
「根っからの勇者ぁ……? カンベンしてよ……。
わたしはむしろ、それぐらいの男の人とステキな恋をする乙女でいたいのに〜」
実に良い香りのする紅茶をすすりがてら、お茶請けのクッキーもいただく。
ほど良い甘さに、絶妙の歯ごたえのこのクッキーも、ユーリの手作りらしい。
……ホントに、思ってた以上に万能だなあ。
「おお、主クン……!
今、ボクを『嫁に欲しい』とか思ってくれたね?
ふふ、大丈夫さ、ボクの心は常にキミとともにあるよ……!」
「ああもう、わーったから、顔まで近付けんでいい!
わたしにそのケはないって言ってるでしょーが!」
「てて、てゆーか……。
ここコイツ、わちしにも同じようなこと宣ってるのだ……」
「ん? ああ、それは勿論だとも!
ヒカリくんだって、ボクの大切な、可愛らしい『お嬢サマ』だからね……!
そう、キミたちに捧ぐボクの愛はいわば無限! 優劣などないのさ……!」
「うびゃっ!?
てて、天使退散……! 呪われてしまえええ……!」
今度はヒカリちゃんの方へ接近するユーリを、当のヒカリちゃんは〈ダゴンちゃま〉のぬいぐるみでぐいぐい押し返す。
「ズぅカぁ〜……こ、コイツ、チャラい! ウザいぃ……!」
「うん、残念ながら知ってる」
2人のやり取りを見ながら、のんびり優雅においしいお茶をいただくわたし。
――こう言っちゃなんだけど、正直、わたしは安心していた。
ユーリが楽しそうでいてくれてることもだけど、ヒカリちゃんは、ホントにイヤならこんな風にじゃれ合ったりしないからだ。
それはつまり、ユーリにそれなりに心を許してるってことで……。
もちろん、わたしはユーリなら大丈夫と信用してたけど、半ばヒカリちゃんに押し付けるようなカタチだったし、心配がまったくなかったわけじゃないから。
きっと、こういう姿を見られたからこそ――ヒカリちゃんのパパとママも、ユーリのことを『有能な人』ってだけじゃなく、『良い人』と受け入れてくれたんだろう。
「――ああ、そう言えば、主クン」
ひとしきり、ヒカリちゃんに〈ダゴンちゃま〉を押し付けられていたユーリは、ふとそう言って身を起こすと、少し表情を引き締めてわたしに向き直る。
「あの学校に現れた〈禍気〉のこととか、少し調べていたんだけれどね……。
ちょっと面白いことが分かったよ」
「面白いこと?」
「そう。いわば、この広隅という土地の『特殊性』とでも言えばいいかな。
ボクの感じたところ――広隅はね、どうも〈霊脈〉が定期的に流れを変える、世界的にも非常に珍しい土地のようなんだよ」
〈霊脈〉っていうのは、〈竜脈〉とか呼ばれたりもする、この大地――延いては世界を巡る、『チカラの流れ』だ。
わたしも専門家じゃないから詳しくは知らないけど、こっちの世界でも大昔から、いわゆる風水とかに利用されてたはず。
都を築くのに良い土地かどうか、判断するための基準にしたりとかね。
ただそれは、〈霊脈〉が不動だからこそ成立するわけで……。
「〈霊脈〉って、そもそも動くものじゃないよね?
少なくとも、向こう――〈麗原ノ慧殿〉はそうじゃなかったし」
「ち、地球でも、少なくとも、わちしの調べた中では他に例はなかったのだ」
かじったクッキーで、ちょっと口をもごもごさせながら、ヒカリちゃんが補足してくれる。
「まあ、だからだね。
〈霊脈〉が流れを変えるということは、その『要』となる場所も、常に同じというわけじゃない。
で、たまたま尾矢隅高校が『要』となったときに〈霊脈〉の流れから湧き出たのが、主クンが戦った、その〈穢れ〉たる〈禍気〉だった――と、そういうことのようだね」
「……なるほどねえ」
つまり、学校が常に〈禍気〉の危険にさらされるわけじゃないけど、また他の、どことも知れない場所に現れる可能性はある、ってことで。
人気のないところに出没してくれるなら、むしろ今のわたしにとっては良い経験値稼ぎになりそう――って、まあ、そんな滅多に出てくるモノでもないか。
こっちの世界、こんなに平和なんだし。
そもそも、長い長い地球の歴史で、〈禍気〉で世界がどうにかなったなんて話はないはずで。
つまりそれは、〈禍気〉自体は昔っから存在したとしても、それを処理する専門職の人がいるか、世界そのものの、いわば『自浄作用』が働くってことだ。
異世界も、普段はそうだって聞いたし。
だから、わたしたちが気にしすぎてもしょうがないことだと思う。
とは言え――
「まあ、一応覚えておいた方がいいか。
そうそう遭遇することもないでしょうけど、いざとなれば無視も出来ないわけだし」
「そ、そうなのだ。
なな、何せズカは、ハプニング遭遇率が邪神がかってヤベーからな〜」
ヒカリちゃんは悪気なく言ったんだろうけど……。
それがあまりに的確すぎて、わたしは思わずクッキーを取り落とす。
「あああ〜……ホンっっト、それなんだよねえ……。
〈勇者〉だからだか知らないけどさ、このハプニング遭遇率、まさに神がかり通り越して邪神がかりだよ〜……。
――ああもう、何とかしてよ邪神ちゃま〜!
ハプニングはハプニングでも、せめて、恋に発展するようなヤツにしてくれ〜……」
「しょ、触手……とか?」
「そんなヘンに邪神み考慮した薄い本案件なんかいるかーーッ!!
普通のやつ、普通の恋でいいんだってばぁ〜……」
わたしは、テーブルにバッタリ突っ伏しながら――。
それでも、おいしいクッキーだけは拾いあげ、ぽいと口に放り込むのだった。