強妻
廊下には出たが、あたしはその場から動けずにいた。
エバは、あたしの魔法をすごいって褒めてくれた。
でも本当は、どういう気持ちで、あたしやフェルの魔法を見てたんだろう。
嫌になった。何も知らなかった自分が。
「どうしたの?」
廊下で立ち尽くしていたあたしに声をかけてきたのは起きてきたらしいティシカだった。
「どう、って···」
「なんだか、悩んでるみたいだから」
···やっぱりこの人、エバに似てる。やけに目ざといとこ。
でも、
「別に···」
口に出す気分にはなれない。
しかし、ティシカは何を思ったか、
「じゃあ、せっかくだから、私とフェルネとのなれ初めを聞かせてあげましょう」
「結構です」
なんでいきなりそんな話になる。
「あの人と初めて会ったのは、お見合いの席だったわ」
「話すんかい」
見合い。良家の方々がやるというあれか。
「お見合いの席で顔を合わせていきなり、フェルネが言ったの」
『私はお前の立場を利用するために結婚するので、そのつもりで』
最悪やん。そんな男。あたしなら、殴ってさっさとそんな縁談は遠くに投げ捨てるわ。
「···その流れでどうやって結婚したんですか」
あいつに惚れるほど良いところがあるとは思えない。
百歩譲って、顔?エバには遠く及ばないけど。てか、あいつがエバに勝ってるとこなんて、せいぜい血色ぐらいだろ。
エバのことを思い出して、また気持ちが重くなる。
「良いところねー、思いつかないわ」
きっぱりとティシカが言う。あたしは目が点になった。
「でもね、すごく気になる人だったの」
大抵の男性はティシカに良い顔しかしない。たとえフェルが言うように、彼女の身分だけが目的だったとしてもだ。
「だから、もう一度会いに行って、聞いてみたの」
『なんのために、そこまで権力がほしいの?』
そうしたら、フェルはこう答えた。
『いつか出会う、生涯をかけて仕える主に尽くすためだ』
正直、羨ましかった、とティシカは言う。
「一人の人間に尽くすこと、って、王族の立場からだと難しいから」
ティシカはふふっと、本気で幸せそうな顔で、
「そのとき思ったの。この人より素敵な人はたくさんいるけど、選ばなかったら後悔するのは、この人だ、って」
うーむ。肉食というか、ゲテモノ食いというか···。
この人、一見ふわふわして見えるけど、結構逞しい?綿菓子を食おうとしたら、中に木じゃなくてごっつい金属の棒が入ってたような気分だ。
そもそも、好きとか愛してるとか、あたしにはよくわからない。···いや、考える暇すらなかったんだよ。あの無法地帯みたいな村のせいで。その中にはあたしに手を出そうとする下衆野郎どももいたが、のきなみ剥いでやった。毛根を。
せっかくなので、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「なんでこの屋敷には、使用人がいないの?」
「フェルネの性格じゃ、いつ国を追われるかわからないもの
いざというとき道連れになるのは私だけで良いでしょう?」
「肝据わってるな」
本当に元お姫様か?
呆れるあたしに、ティシカは微笑んで、
「私は、自分が本当にしたいことを選んだだけよ」
その表情には、なんにも後悔の色が見えない。
あたしは、呆れた。呆れたけど、なんだか羨ましく感じた。
「貴女も、大事な人がいるなら、後悔しない道を選びなさいね」