風と土の密談
その日の夜中。
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···眠れない!!
あたしはベッドから飛び起きる。
寝心地が悪いわけじゃない。むしろ何年も馬小屋で寝起きしていた身としては天国だ。
これは、あれだ。色々あって、頭が冴えてるんだな。
水でももらいに行こうか?でも、フェルはともかくティシカを起こしたくないしな。
こういうとき、使用人がいないのは不便だと思う。なんで、一応国の重要人物が住んでる屋敷に一人もいないのか。
とりあえず起き上がって廊下に出てみた。
今は夜中だから当たり前だけど、真っ暗。
あたしは魔法で手のひらに光の球を生み出す。こういうときは光が扱える白の魔法って便利。
「眠れないのか?」
あたしは悲鳴を上げそうになった。
なんとか思いとどまったのは、声に思いきり聞き覚えがあったから。
「びっくりした!どうしたの?エバ」
「俺もなんか眠れなくて」
それって具合が悪いんじゃないだろうか。こいつの場合。
「大丈夫なの?」
「うん。大丈夫大丈夫
やっと王都に着いて、ちょっと緊張してるのかも」
···そういえば、エバが王都に来たい理由って、医者にかかるためだったよな。
それなら、真っ先に医者に行かないといけないんじゃないだろうか。
「あのさ」
しかしそこで、エバの視線があたしに向いていないことに気づく。
エバの視線は、窓の外。
「どうしたの?」
「明かりがある」
言ってエバは窓の外、正確には下の方を指差す。
つられてあたしも窓の外を見ると、そこにあるのは、こじんまりとした裏庭。
そこにはたしかにぼんやりとした明かりがある。
当然だけど魔法じゃない。あれは、ランプの灯り。
その弱い灯りに照らされて浮かび上がったのはー。
ハクジャ?なんでこんな夜中に。
一緒にいるのは、フェル、か。いつの間に外に出ていったんだろう。
そっと窓を開けてみるが、ここからじゃ二人が何を喋ってるかさっぱり聞こえない。
あたしはダッシュで一階に降りる。エバは大分遅れていたが、ついてきてるみたい。
あたしは音を立てないように裏口の戸を開けて、庭に出る。
そして二人から見えない位置にある木の陰にさっと隠れた。よし。この場所からなら、なんとか二人の声が聞こえる。
ハクジャが、フェルに向かって何か言ってる。
「···別に喧嘩を売りにきたわけじゃない」
「よし買おう」
「話聞け」
構えるフェルにハクジャがツッコミをいれる。すっげえ気持ちはわかる。
ハクジャは気持ちを切り替えるためか咳払いすると、
「クロービスの行方は掴めたか?」
···クロービス?聞き覚えのない名前に、あたしは眉をひそめる。
「掴めていない。というか、我が君が見つかったならば、もう何もかもどうでも良いだろう」
「どうでも良いことあるか!!」
ハクジャが今度は本気で怒る。よくあんな話の通じない奴と会話が出来るな。
「ともかく、彼の捜索も真面目にやってくれ」
そう言うと、ハクジャは怒ったまま、踵を返して行ってしまう。
一応王子様なのに、夜中に出歩いて大丈夫なのか?と疑問に思うが、まぁ、その辺はいい加減そうだしな。この国。
後にはフェルだけが残されるが、
「もう、隠れてなくても結構ですよ」
フェルがこちらを振り向いた。
「気づいてたの?」
「我が君の高貴なる存在感と、貴様の下手な気配の隠し方でな」
·····後半いらねぇ!!
ってか、エバはいつ追い付いてきたんだろう。いつの間にかあたしの隣にいるが、無言だったので気づかなかった。
しかし、立ち聞きを承知してんなら、気になることを聞いてみる。
「クロービスって、誰?」
「クロービスは、三ヶ月間だけ殿下に仕えていた、『赤』の魔道師だ」
「赤!?」
赤の魔道師なんて知らない。
「今いる魔道師は白、緑、黄色の三人じゃなかったの!?」
「私にもわからん。奴は突然ふらっと現れた
しかし、奴が炎を操れたのは実際見ているので間違いない」
炎···確かにイメージは赤だね。
「どんな人だったの?」
フェルは少し考えて、
「かなり無愛想な者だった」
こいつに無愛想とか言われたくないだろうな。
「で、なんであんたがそのクロービスを探してるの?」
本当に捜してるのかは、さっきの反応を見ると疑わしいが、
「王子が亡くなった事件を知っているか?」
「さっきティシカに聞いたけど、何で亡くなったのかまでは···」
「王子は魔物に殺された
クロービスと数人の部下を連れて森で狩りをしている際、少女が魔物に襲われている場面に出くわした
王子は少女を助けるために、魔物へ挑んだ」
いくら剣の心得があったとしても、それは無謀だった。本人も、私わかっていたと思う。それでも、目の前の少女を見捨てられなかった。
「王子は、助けが間に合わず、そのまま亡くなった」
「その、助けようとした女の子はどうなったの?」
「救出されて命は助かったが、王子を死に追いやったと周りから責められ、街を出ていった」
·········。
「そのとき、護衛の中で唯一生き残ったクロービスが魔物を倒し、少女と、王子たちの遺体を奪い返した」
しかし、クロービス本人も無傷ではいられなかった。発見されたときには、背中を大きく裂かれ、血まみれの姿で横たわっていたという。
「クロービスはどうなったの?」
「···突如、父親だという奴が現れて、連れて帰っていった」
「···死んじゃったの?」
「わからん。しかし、少なくとも、私の見た限りでは致命傷だったが···我が君?」
突然言葉を切って、フェルは目を見開く。
あたしが隣に目をやると、エバが真っ青な顔で震えていた。
「ちょ···ちょっと!どうしたの!?エバ!!」
「我が君!?」
エバの喉の奥から、ひゅーひゅーと風が抜けるような音が何度も聴こえてくる。あたしやフェルが声をかけても、応えることが出来ないようだ。
「·····」
「え?」
エバは、その場に倒れた。
倒れる前にエバが呟いた言葉は、
「にい、さん」
そう、聞こえた。