ファームの事情
夕食をとった後、あたしはティシカさんに二階の客室まで案内された。ちなみに、フェルの方はエバを案内···っつーか、張り付いている。
「ここがアグネちゃんの部屋よ。とりあえず、ここを使ってね」
「ありがとう。えーっと、ティシカ···姫様?···オクサン?」
「ティシカで良いわよ」
そう言ってもらえると助かる。こんな可愛い人に『フェルの奥さん』なんておぞましい呼び方はしたくないもんな。
「わからないことはなんでも聞いてね」
なんでフェルと結婚したんですか?と聞きたい。
「それにしても、エバ様は本当にハクジャに似てるのね」
ああ、やっぱそうなんだ。誰も突っ込まないから、あたしだけが思ってるのかと思った。
「それ、さっきから気になってるんだけど、なんで皆そこには突っ込まないの?」
あんなに似てるのに、ティシカもフェルも、それを当然のことだと受け止めているような気がした。
「勇者様は、ディンハード王室の血を引いていらっしゃったの
つまり、私たちのディンハード王家のご先祖様でもあるのね」
初耳だ。あ、それで、勇者の名前もディンハードだったのか。
「多分、二人とも勇者様に似てるのね」
あたしは微妙に納得いかなかった。仮にエバが本当に生まれ変わりだったとしても、そんなそっくりになるもんか?
でも、もしそれが本当なら、勇者って相当イケメンだったんだな。
「なら、なんでハクジャはエバを嫌がってるの?」
その理論で言えば、エバはハクジャのご先祖の生まれ変わりなのに。
「ハクジャは、エバ様のことが嫌いなわけじゃないよ
ただ、王様のそばにあの年頃の男の子がいるのが辛いだけよ」
·············わけわからん。
あたしは首を傾げる。
「ファーム王のお妃が、ディンハード王家から来たっていうのは知ってる?」
「なんとか」
あたしの知識は村に閉じ込められた十四歳のときで止まっているが、王様が結婚したのはもう二十年以上前のことだから、それは知ってる。でも確か、王妃様って十年くらい前に病気で亡くなったよな。
「じゃあ、五年前、王太子のリグルヴィードが亡くなったことは?」
「え!?なにそれ、知らない」
王太子って、王の一人息子じゃなかったっけ。王様が再婚してなければ、だけど。
「王妃様は、私たちの叔母にあたるのだけど」
ティシカは懐かしむようにふっと笑い、
「素敵な人だったわ。優しくて、気品があって、私じゃとても太刀打ち出来ないくらい
それに何より、陛下と深く想い合ってた
そんな王妃様と、忘れ形見の王子を亡くした陛下の嘆きは未だに深いの」
ティシカはそこでふと遠い目になり、
「ハクジャは叔母様ともリッドとも仲が良かったから、辛いのよね」
リッドって、亡くなった王子様のことか。
「···ティシカは、気にしないの?」
「私たちの、叔母様と従兄だもの。気にしないっていったら、嘘ね」
···悪いこと聞いたかな。
しかし、知らない方が良かったかもしれない。
そんな話聞いちゃったら、さっきまであんなにムカついてたハクジャのことを憎みきれなくなるじゃないか。