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6.真実

 思わず、唖然として振り返ってしまう。

 そこには、不敵かつ不気味な笑みを浮かべながら俺を見据えるアビゲイルがいた。

 その表情を見た瞬間、背筋がゾクリとして思わず戦慄が走る。


「婚約破棄を告げられて、すぐのことだったわ。妊娠していたことがわかって……私、その子供を産んだの」

「その子は今、どうしているんだ……?」

「ふふ、知りたい?」


 挑発するような口調で、アビゲイルがそう尋ねてくる。

 なんとなく、嫌な予感がした。聞いては駄目だ、と自分の本能が警鐘を鳴らしている。

 けれど、それを聞かなければこの事件が解決しないような気がして──俺は、躊躇しつつも聞き返した。


「ああ」

「今も、元気にリーズデイル家の邸で暮らしているわよ」

「……!?」

「さっき、私、生まれつき魔力が低いって言ったじゃない? でもね、ごく稀にそんな親からも高い魔力を持つ優秀な子供が生まれる例もあるらしいの」

「まさか、生まれた子供は……」

「ええ。レナードのお眼鏡にかなう、申し分ないほどの魔力を持った将来有望な子だったわ。その子を、レナードは引き取りたいと言い出してね。彼は、私から強引に子供を奪っていったの」

「……! いや……でも、今、リーズデイル家にいる子供はテオ一人だけのはず──」

「へえ、テオっていう名前なのね。風の噂で聞いたけれど、随分と我が子を溺愛しているそうじゃない? ……私には、どんな名前をつけたのかすらも報告してくれなかったくせに」

「……!」


 一体、どういうことなんだ……?

 レナードの実子はテオだけのはず。そして、エルシーは確かに四年前に子供を生んでいた。

 実際に、この目で彼女が身ごもっている姿を目にしたからそれは間違いない。


 ──まさか、子供を取り替えたのか……?


「ああ、そうそう。聞いたところによると、同時期に生まれたエルシーとの子供は死産だったらしいわよ。仮に死ななくても、あの人は子供をすり替えたでしょうけれど……エルシーを上手く騙し通すには、その方が都合がいいわよね」

「なっ……! じゃあ、エルシーは何も知らずにお前とレナードの子を育てさせられていたということか!?」

「まあ、そういうことになるわね。私ね、いつか真実をあの女に教えてやろうってずっと思ってて。それだけを励みに、今まで生きてきたのよ。……でもまあ、いなくなっちゃったんでしょ? あの女に直接真実を伝えてやれなかったのは心残りだけれど、行方不明になったのならそれはもう仕方がないから諦めるわ。いずれにせよ、今現在、どこかで不幸になっているのなら願ったり叶ったりだもの」

「……狂ってる。どうして、そこまでエルシーを憎む? 彼女がお前に何をした?」


 こちらの怒りが伝わるように、できるだけ低い声音でそう尋ねる。


「何をした、ですって? ……あの女が、私を馬鹿にしたからに決まっているじゃないっ!!」


 鬼のような形相で、アビゲイルが怒号を放つ。


「馬鹿にした……?」

「ええ。エルシーとは、同じ学園の同級生なの。あの女は、学園では常にトップの成績をキープしていたわ。生まれつき、魔力が低い私はいつも落ちこぼれ組だったけれど……そんな私にも、エルシーは優しく接してくれたの。よく、放課後に勉強や魔法を熱心に教えてくれていたのを思い出すわ」

「それなら、どうして彼女を陥れたりしたんだ!」

「全部、演技だったからよ」

「なんだって……?」

「あの女は、自分の評価を上げるために私を利用したのよ! ……ある日、聞いてしまったの。エルシーと仲がいい令嬢たちが話しているところを。『エルシーもあんな落ちこぼれに構うなんて、いくらイメージアップとはいえよくやるわよね』って、皆で私を笑いものにしていたわ」

「だが、本人の口から直接聞いたわけではないんだろう? ちゃんと、エルシーに確認したのか?」

「はぁ? するわけないじゃない。大方、普段から友人に愚痴でもこぼしていたんでしょ。だから、真偽を問うまでもないわ」

「なっ……! 確認していないなら、それこそ濡れ衣かもしれないじゃないか!」


 唖然としてしまう。

 恐らく、エルシーは本当に厚意でアビゲイルに勉強や魔法を教えていたのだろう。

 アビゲイル自身は、事実を確認していない。だから、きっと他の令嬢たちが憶測で語っていただけに過ぎないのだと思う。


「……そういうのを、逆恨みと言うんだぞ」

「ふん、なんとでも言えばいいわ。大体、エルシーには以前から違和感を感じていたのよ。優等生すぎるっていうか……」


 そう吐き捨てるように言うと、アビゲイルは早く出ていけと言わんばかりに俺の背中を押して、


「さ、もう話は済んだでしょ。次の客が待ってるから、そろそろ出ていってくれない? 私、そこらの娼婦よりずっと美人だから、そこそこ指名が多いのよ」


 有無を言わさず、部屋から追い出した。


「あいつ……! 上手いこと逃げやがって……」


 呟くと、俺は腑に落ちないながらも館を出る。


 ──でも、アビゲイルの話が事実なら、やっぱりあの人形を置いた犯人はエルシーである可能性が高いのか……。


 人形に貼り付けられた呪詛には、テオの名前だけが唯一書かれていなかった。

 アビゲイルの話から察するに、恐らく、エルシーは過去に子供のすり替えがあったことを知らない。

 だから、自分が溺愛している息子だけは呪いの対象から外したのかもしれない。


「ギルフォード様、いかがでしたか?」


 館の外に出るなり、待機していたアルノーが駆け寄ってくる。


「一応、最低限の情報は得られた。とはいえ、まだ聞きたいことは山ほどあったんだがな。上手くかわされて逃げられたよ」

「左様でございますか……」

「まあ、過去に犯した罪を自白させられただけでも上出来だろう」

「ええ、そうですね。では、そろそろ邸にお戻りになられますか?」

「うーん……あー、いや。ちょっと、寄りたい所があるんだ。悪いが、もう少しだけ付き合ってくれないか?」


 暫く考え込み、首を横に振った。

 そんな俺を見て、アルノーは不思議そうな顔をする。


「と、言いますと……?」

「先日、お前が訪ねた人形店だよ。その店の主人に、もう少し詳しく話を聞いてみようと思うんだ」

「え……? 今からあの店へ行くんですか?」

「ああ。その店、結構遅い時間までやっているんだろ?」

「ええ、そうらしいです。確か、二十一時まで営業していると仰っていましたね」

「それなら、今から行っても十分間に合うな。ここから、そう遠くないし」

「では、参りましょうか」


 俺とアルノーは頷き合うと、その足で人形店へと向かった。

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