62話 暗雲
「長居をするつもりはないので単刀直入に言おう。君たちは先駆け人を舐めているのか?」
一瞬何を言われたのか分からなかった緋夜たちは揃って無反応になった。視線を合わせ4人の心境が同じであることを確認し合うと、一応パーティリーダーである緋夜が一歩前に出る。
「申し訳ありません。少々仰っている意味が分かりかねるのですが」
緋夜がそう言うや否や『煽動の鷹』の面々はますます冷めた目を向け、ケレイブはこれ見よがしにため息をこぼす。
「君たちのこれまでの態度は先駆け人として選ばれた者の態度ではないと言うことだ。魔物暴走は国の危機であり、各国が団結して対処にあたる。当然最前線に立つことになる上、こちらは詳しい状況は把握できないという点で危険も多い役目だ」
まるで何も分からない子どもに教えるような口調で説明を始めたケレイブだが、こんなことも理解できないのかと言わんばかりの呆れが滲んでいた。メディセインの笑みが深まるのをうっすらと感じながらも、緋夜はひとまず最後まで話を聞くことに。
「そんな重大な役目を任されておきながら君たちはおかしな作戦を提案したり、戦闘の間もずっと遊んでいるようにしか感じられない戦いぶりだった」
間違ってはいないな、と緋夜もそっと思った。余裕綽々の態度で言葉を交わし、魔物との戦いは明らかに手を抜き、真面目に仕事をしているとは言い難い。しかし、ガイたちにとっては本当に雑魚という認識でわざわざ本気を出してやる必要性を全く感じず、結局ただのお遊びになってしまうのだ。
実際、その場から動くことなく倒せる相手を真面目に対処していく方が馬鹿らしいと悪びれもなく馬鹿正直に宣ったのだから、本人としてはこれでも大人しく相手をしているだけマシという認識に違いない。
「先駆け人とは後から来る仲間たちの負担を少しでも減らすために送られる名誉ある仕事なんだ。だからこそ君たちの、まるで遊んでいるかのような態度は先駆け人としての自覚がないと思われても仕方ないだろう」
客観的に見ればその通りだろう。これには緋夜も同意する。国が関わっている以上は滅多なことはできない。民間人では到底背負いきれないほどの損害を国にもたらす可能性も考慮すれば、間違っても下手なことはしない筈だ。
そういう意味で彼の指摘は大いに正しい。普段の調子でやりすぎたかと思案していた緋夜だったが、隣から聞こえた言葉で強制的に思考をぶった斬られる。
「普段と大して変わらない仕事内容なのに、何故そこまで気負う必要があるのかな?」
はっとして声の方向を見ると心底不思議そうに首を傾げるアードが頬杖をついていた。驚きと僅かな困惑を滲ませた緋夜と目が合ったアードは任せてと声に出さない合図を送った。その意味を正しく受け取った緋夜はとりあえず任せることに。
「変わらないって……本当に理解していないのか? 今回の任務には国家が関わっているんだ。間違っても通常任務と同じにはなり得ない」
「でも内容は変わらないよね? 魔物の討伐なんて日常だし、高ランクの冒険者は高位貴族からの依頼だって受ける。君たちはAランク……だったよね?」
「ああ、そうだが……」
突然ランクを聞かれて一瞬困惑したのかケレイブは言葉に詰まりながらも答えた。しかしその顔にはそれがどうしたのか、という疑問と困惑、そして僅かな怒りが見て取れる。
そんなケレイブにアードは笑顔を向けた。
「だったら君たちは貴族からの指名依頼の経験が少なくとも一度はある筈だよ。国だってお偉方だ。それだけ見れば『いつもの依頼』って言えると思うけど……違うのかな?」
穏やかに、しかしその言葉はとても冷たく室内に響く。アードの言い分は間違っていない。
緋夜たちは今の所経験はないが、Aランク以上の冒険者は指名依頼というものがありそれらは基本的に豪商や貴族から出される。そして『煽動の鷹』もその依頼を何度か受けた経験があった。
「確かに指名依頼を受けたことはある。だからこそ魔物暴走の件は慎重になる必要がある。国の問題になる以上は君たちの態度は看過できないんだ」
「何が看過できないの? 自分達の活動が制限されてしまうことを恐れるのは勝手だけど、僕たちは特に問題は起こしていないし報告もしっかりと行っている。少なくとも君たちの不利にはなっていないはずだけど」
淡々としたアードの言葉に、障るものがあったのかケレイブはわかりやすく顔色を変えた。
「そんなことを言っているんじゃない! 君の言い方だとまるで自己保身のために君たちを諌めているみたいじゃないか! 我々はただ君たちの仕事への態度が大役を任された者ではないと!」
「何が問題? 魔物は片していたし、会議で意見も言った。仕事はこなしているよね?」
「しかし、戦闘は遊びじゃない。常に命の危険がある以上常に真剣にやるべきだ!」
「うん。それは間違っていないしむしろ大事なことだ」
あっさりとアードは言った。少なくともこれまでのケレイブの発言に間違いはないし緋夜もアードもそのことを理解していた。たとえ低ランクの魔物でも数次第で脅威へとなりえるし、何が起こるか分からない戦場では些細な油断が命取りになる。ケレイブが言いたいのはまさにそれだろう。
しかし。
理解しているからこそ、アードは彼の、彼ら『煽動の鷹』の態度に不快感を覚えたのだ。それはこの場をアードに譲っているガイとメディセインも同じであった。自分達が何も理解していないまま大役を掴み、ろくに仕事もしない連中だと思われていることが心から気に食わないのである。彼らは強い。それゆえにプライドもあるだろう。それがこんな貶され方をして憤りを覚えないはずはない。
「僕たちはいつも通りに仕事をして普段通りの会話をしているだけ。魔物暴走を軽視しているわけでもないし警戒を緩めているわけでもない。何がそんなに不満なの」
「……何故君たちがそんな捻くれた考えになるのか理解できない。もっと真剣に取り組むべきだと言っているのがわからないのか?」
「まじめにやっているとは言い難いかもしれないけど、変に気を張っていても疲れるだけだ。気負いすぎて仕事に支障が出る方が問題だし肩の力が抜ける程度の適度な緩さは必要だ」
「君たちは緩すぎるんだ。これでは先駆け人の任務に支障が」
「出していないよ」
「今後出してしまうかもしれないから、言っているんだ」
いつの間にか舌戦を始めたアードとケレイブに緋夜たちは完全に置いてけぼりを食らっていた。
そもそもどちらの言い分も間違っていないのに、全く折り合いがつく気配はなく、内容もだいぶ変わってしまっている気がした。緋夜としては自分たちの態度が職務怠慢に見えてしまったことは心当たりがあるので反省点として素直に受け入れようとしていた。しかし先ほどから食い違う言葉を注視していくと、どうにも違和感が拭えない。そしておそらく、その違和感の正体を緋夜以外は感じ取っているのだろう。その証拠にメディセインは表面的な笑みを消している。
2人の会話は平行線を辿り、埒があかないと思ったのか、ケレイブの視線が緋夜へと向けられた。
「君はどう思っているんだ? パーティリーダーなんだろう」
もともと緋夜が相手をしていたので話していた人物が元に戻っただけなのだが、なぜか緋夜の中で僅かに怒りが湧く。
「私たちの態度は決して真面目なものとは言えないことは自覚しておりますし、その点に関して反省もしています」
それは事実だったため、緋夜は素直に口にした。緋夜の答えにケレイブの口元に微かに笑みが浮かぶ。緋夜が素直に過ちを認めたことに対してだろう。
「リーダーである君が理解してくれているようで何よりだよ。ならこれからはもう少し真面目に取り組んでくれ。先駆け人はとても重大な仕事だ。ミスは許されないからね」
「はい、わざわざご忠告いただきありがとうございます」
「わかってくれればいいよ、それじゃあ、この後もよろしくね」
「はい」
その会話を最後に『煽動の鷹』は部屋を後にする。足音が完全に聞こえなくなったところでメディセインがやや冷たい声で尋ねた。
「何故、反論をしなかったのですか?」
苛立ちを隠そうとしないメディセインに緋夜はしれっと言った。
「だって無駄だもの」
なんの悪びれもなく放たれた言葉に3人は目を見開く。
「確かにお話はしていたかもしれないけど、今回の件に関する各国の動きの考察や魔物のことで完全な無駄話ってわけでもないし。ガイたちが手を抜いていたのだって、低ランク相手っていうのもあるけど、あの冒険者や騎士たちに配慮してでしょ? 3人が本気になったら二次被害がすごいし」
そう、緋夜たちはそこまで無駄な話をしていたわけではない。そもそも『煽動の鷹』とは場所が離れていた上、戦闘による騒音で会話などほとんど聞こえないのだ。つまり彼らは遠目から見ての感想しか言っておらず、同時によく見てもいない。戦闘に集中していたからというのもあるだろうが、一瞬の目視でしかものを語っていなかった。
ガイたちが不快に感じたのはまさしくこれだろう。一方で得た情報が全てのように受け止め、さらにそれを自分達の基準に当てはめ、それが当然のような物言いで緋夜たちに向けた。
「悪い部分は確かにあるけど、無自覚な上から目線はタチが悪い上にずっと平行線だったからこれは無駄だなって思ったの。だからこちらが非を認めて謝罪をすればこれ以上労力を割く必要はないでしょ。あとは極力関わらないようにすればいい」
そこまで説明され、僅かに溜飲が下がったメディセインを見た緋夜はもう一押しとばかりににっこりと笑った。
「無駄を削減するための虚言だよ。だから……私は謝罪を言っていない」
そこまで言うとメディセインに笑みが浮かびガイは呆れ、アードは納得に表情になると同時に吹き出した。
「あっははは! 確かに謝罪は言っていなかったね」
「面倒なやり方しやがって……」
「素晴らしいですよヒヨさん」
三者三様の反応は非常に彼ららしいもので緋夜も一緒に笑う。室内の空気も柔らかくなり、すっかり元に戻った。
「さて、だいぶ時間がとられたけど、しばらく休憩しよう」
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――某所
とある場所でひとりの男がうっとりと頬を染めていた。男の目に映っているのは2つの検体でその体からは禍々しいほど邪悪な気を放っている。
「もうすぐ……もうすぐだ……私の研究成果が完成する……! これであのお方に褒めてもらえるぞ……」
その時を夢見ながら男は嗤う。その姿は狂気を孕み目を背けたくなるほどに不気味だった。
そして男の作品の完成は同時に災厄の宴の始まりを意味していた――。
最後に出てきた男はなんだ……?
次回予告
次の戦闘に備えていた緋夜たちだが、一向に戦闘が始まる気配はなく異常を感じていた。その時、緋夜の腕に猛烈ない痛みを発して!?
『63話 嵐の知らせ』
お楽しみに♪




