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51話 青年の事情

 パチパチと火の粉が弾ける音が響く。日はとっくに落ち、あたりは夜闇のマントに包まれている中、焚き火の炎だけが仄かに照らしていた。

 男性を保護したあと、すぐに野宿の準備をした緋夜たちは今、焚き火を囲みながらのんびりと寛いていた。


「ネモフィラへ向かう途中で思わぬ拾い物をしましたね」

「そうだね。でもここで保護できてよかったとは思うよ。このまま野放しにして暴走した魔物たちの餌になっても目覚めが悪いし」

「それもそうですね」

「だが、どうする気だ。俺らと一緒に行動しても巻き添えは確実だろうが」

「そうなんだよね。一番いいのは彼が全快すると同時に別れることなんだけど」

「あいつが起きねえと始まらない……か」

「そういうこと。できれば他の先駆け人と合流する前になんとかしたいんだけど」


言いながら、男性を寝かせているテントの中へと視線を向ける。


「今は体力低下と極度の疲労で寝ているだけでしょうから、一晩ゆっくり眠ればお話しできる程度には快復すると思いますよ」

「そうだね。というか、シュライヤさんから空間魔法付与のテント貰っておいてよかったね」

「ですね……」


緋夜たちが先駆け人をやると知るや否や、出発直前にシュライヤがテントを押し付けて来た。そのテントは空間魔法が付与されており、立てれば外見よりも内部空間が広くなっているという、知っている人は一瞬で理解できるファンタジーでお馴染みのアイテムのひとつである。……買うとなると値段が凄いことになるそうで、値段を聞いた緋夜は顔を引き攣らせた。どこから手に入れたかと言うと、以前自作したものがそのまま残っていたらしい。その内容にガイとメディセインも表情が固まったのは仕方ないことだろう。


「助かりはしたな。さすがに馬車に怪我人込みで寝転がるのは無理だ」

「だよね……」

「だからと言って高価なものをあっさり寄越すのはいかがなものかと」

「それには同意する…………そろそろ私たちも寝ようか」

「……おや、随分と早いですね」

「起きていてもやることないし。……見張りの順番は……私が最初にやろうかな」

「では、次は私が」

「俺が最後か」

「わかった。じゃあ、それでお願い」

「それでは、おやすみなさい」

「おやすみ、二人とも」

「ああ」


挨拶もそこそこに二人は馬車の中へと入って行き周囲は静寂に包まれる。手の甲に感じる温度はひんやりとしていて、季節の変わり目を感じさせた。


(空気が以前よりも冷たい……普通の村娘の格好だったら寒かっただろうな……)


本を捲りながらぼんやりとそんなことを思っていると不意に、テントの中から微かな布ずれの音がした。


「! もしかして……」


緋夜がそっとテントの中を覗き込むと青年が体を起こしていた。しばらく呆然としていたが、緋夜と目が合うなり、射殺さんばかりに睨みつけた。


(超~警戒されている。なんか猫みたいな雰囲気の人だな)


「目が覚めたようですね」

「ここはどこかな」

「私たちの野営地ですよ。貴方が満身創痍でふらついているのを見つけたもので」

「……ああ、うっすらとだけど記憶があるよ。だけど何故助けたのか聞いてもいいかい?」

「血塗れの貴方がいると血臭に釣られた魔物や動物との戦闘に巻き込まれそうだったので、狩り三昧になるのを避けるために拾いました」

「……そう」


一般的には心配だった、と言うべきだろうが見ず知らずの相手に心配だなんだと言われても不信に思うだけだろう。特に彼のような手傷を負わされた者であるならば尚更だ。ただ怪我人を案じてはいるが、そのことを露骨に出す必要はないだけだ。


「少し待っていてください。何か作りますので」


そう言って緋夜がテントを出ると、ガイとメディセインが起きていた。


「あれ、起こした?」

「ああ、なんか動いた気配があったからな」

「思っていたよりも早く目が覚めたようですね、彼」

「うん。……とりあえず何か食べた方がいいでしょ」

「お手伝いしますよ」

「俺もやる」

「ありがとう二人とも」


ガイとメディセインも料理ができると判って以来、三人で準備をすることが多くなり作業効率が大幅に上がった。


「二人が手伝ってくれるお陰ですごく助かるよ。野宿だとどうしても効率落ちるから」

「まさかガイさんが料理できるとは思いませんでしたよ」

「なんか文句あるか?」

「いいえ、意外だっただけです」

「なかなか腕もいいしね」

「自分でできた方がいいだろうが」

「それはその通りですね。ヒヨさんが火と氷属性持ちのおかげで洗濯にも困りませんし」

「こういう時、水場を探すのは手間だからね」

「野宿で風呂に入れるとは思わなかったがな」

「そうですね。まさか簡易の湯船を貰っていたとは」


緋夜はクリサンセマムを出る前にセレナに頼んでシンプルな桶を貰っていた。人一人入るには十分なそれは簡易風呂として非常に重宝している。


「通常はここまで気を回すようなことはしません。野宿の場合は特に。せいぜいが近くの川などで汗を流す程度です。本当にヒヨさんは面白い」

「ま、まあね」


緋夜は気を回したわけではなく、単純に現代日本にいた時の感覚がそのまま継続しているため、あの頃の便利さに近づけようと奮闘しているだけだ。緋夜の自宅はかなりの高級マンションでロフトもついていた。緋夜自身はそこまで広い部屋である必要は全くなかったのだが、事前連絡なしに末っ子の家に時々やって来る家族を想定しての賃貸マンションだった。たまに四人揃って来る時があるので、ロフトは非常にありがたい設備である。


 

 話をしているうちに雑炊が完成し、青年の寝ているテントへ入るとガイとメディセインを見て再び警戒を滲ませた。


「ああ、これ食事です。食べられそうなら食べてください」

「後ろの二人は?」

「私の仲間ですのでご安心を」

「……そう。ひとまずいただくよ」


警戒しながらも青年が食事に手をつけ黙々と食べ始めたことを確認した緋夜たちは青年の邪魔にならないようにテントの外へと出て行った。

青年は緋夜たちの背中しばらく見つめ、ポツリと呟いた。


「同族で集まるなんて……こんなこともあるんだね」



      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



 翌日、青年は昨夜に比べて目に見えて顔色が良くなり、重傷を負っていたとは思えないほど快復していた。


「まずは改めてお礼を言わせてほしい。君たちがいなければ僕はあのまま儚くなっていただろうから」

「昨日の今日でだいぶ快復したみたいで安心しましたよ」

「すげえ快復力だな」

「ガイさんもこのくらいでは?」

「アホ。俺だってもう少しかかる」

「……少々引っかかる言い方なのですが」

「ガイについては追求したらダメだよ」

「それもそうですね」

「あのなあ」


早速軽口を叩き合う三人を見て青年は可笑しそうに笑った。


「君たちは仲がいいんだね。羨ましいよ」

「羨ましい?」

「うん。助けてくれたお礼に僕のことを話そう。お世話になりっぱなしというのも悪いからね。僕の名前はアード。よろしく」

「ヒヨです」

「ガイ」

「メディセインと申します」


それぞれ簡単に自己紹介をしたところで青年ーーアードは静かにことの起こりを語り始めた。


「僕があんな状態になったのは……まあ、簡単に言えば仲間との見解の相違だよ。最初はなんとかして折り合いをつけたいと思っていたんだけど……次第に溝が深まって、結局僕は彼らと袂を分かったんだ。だけど、彼らから見れば僕は……裏切り者でしかないんだろう。だから」

「制裁を下されたと?」

「うん。しかも刺客として来たのは割と仲が良かった奴だったから、結構堪えたよ」

「……それわざと仕向けた感じがするのですが」

「わざとだろうね。アイツは僕とは折り合いが悪かったし、性格も狡賢くて陰湿なんだ」


なんてことないかのようにさらりと言ってのけたアードに緋夜たちは顔を引き攣らせた。


「その後はなんとか逃げられはしたけど、そろそろ限界になったところで君たちに助けられたんだ」

「……そう」


一通り事情を話し終えたアードが沈黙したことであたりに静寂が訪れた。空気に似つかない柔らかな風が頬を撫でていく中、ガイが口火を切った。


「それで、運よく俺らに遭遇して命拾いをしたわけだが、お前はこの後どうする気だ?」

「! ……随分と直球で聞くんだね。深手を負ったばかりの相手に」

「俺たちはこれから仕事がある。そんなところに足手纏いを連れていくわけにはいかねえ」

「手当をしてくれた恩人を困らせるほど、僕は恥知らずではないし僕らの因縁に関係ない者を巻き込むほど愚かじゃない。だけど、どうしたらいいのか、どうするべきなのかまだ自分の中で決まっていないんだ」

「……どうする?」


ガイに少し冷めた口調で問いかけられた緋夜はしばし思案顔になった後、徐に立ち上がった。


「そろそろ出発したいから外のものを片付ける。ガイとメディセインも手伝って」

「……わかった」

「はい」

「アードさんはここにいてください。例え怪我は治っても体力はすぐには回復しませんから」

「……ありがとう」


アードの返事を聞くと同時にテントを出て焚き火へと向かった緋夜に今度はメディセインが声をかけた。


「それでどうするんです? 彼。私たちにそのことを伝えるためにアードさんのそばを離れたのでしょう?」

「……彼の件は、様子見かな」

「あいつが快復したら別れるっつってなかったか?」

「別れるよ。だけど、この森の中でまた倒れられても気分が悪いし、ネモフィラに着くまでの間だったら保護兼監視目的で私たちに同行させてもいいと思うんだけど、二人はどう? これはあくまでも私の考えだから嫌なら」

「いや、別にいい。ネモフィラだったらすぐ着くしな」

「そうですね、私も問題ありません。出会った旅人の行く先がたまたま同じだったので、意気投合し、一緒にやってきた、ということならば言い訳としても通じるでしょう」

「偶然が重なりすぎて疑われる可能性もあるけどな」

「そうなったらそうなったで、口八丁で逃げますのでご心配なく」

「ったく」

「というわけですので、貴女の案に従いますよ」

「ありがとう二人とも」


アードへの対応を決めた三人はそれぞれ野宿の後片付けをし、ひとり増えた馬車を走らせた。


――しかし、この決断の先に待ち受ける結末を、この時の緋夜には知る由もなかった――


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