44話 夜の終わり
モルドール侯爵が放った魔法弾は宙を漂い、その場にいた者達が爆破の衝撃に備えて顔を伏せた――が。いつまでも衝撃は訪れず、代わりに濁った破裂音が耳に入った。
「……な!?」
どころかモルドール侯爵の驚愕と焦りのこもった声が響き渡る。不審に思った周囲が目を開けると……
「あ、あれは……!?」
モルドール侯爵の手を離れた魔法弾は確かに破裂しているものの、白鳥を模った氷の中に収まり床から宙に固定されていた。その光景は美しく人々はしばし言葉を失う。
「な……ななな……一体、何が起こっている!!?」
「氷魔法……!」
「いくら氷漬けにしたところで魔法弾の爆破を止めることは不可能なはず……爆破の余波さえも封じ込められるほどの強度など……そんなことができるのですか?」
「……これは、誰の仕業だ?」
怒りを滲ませモルドール侯爵が吠えガゼス達が驚愕の声を上げる中、メディセインはこの騒動を起こした者へ視線を向けた。
(派手にやってくれますね。ちゃっかり美味しい場面を持っていくとは貴女も存外目立ちたがり屋では?)
メディセインは苦笑するものの、その表情はひどく楽しげだったことは誰も知らない。
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一方、その騒動の元凶はと言うと……
「……派手にやりやがって」
「あのまま爆破される方が後から面倒だもの。自分の命がかかってるなら、ちょっとしたヒーローくらいにはなりますよ」
「似合わねえ単語だな」
「褒め言葉として受け取るよ」
何事もなかったかのように会話をしていた。元々無詠唱である上に、認識阻害を行ったため誰にも気づかれることはなかった。……ただ一人を除いて。
「メディセインがこっち見てるね。まあ私の魔法実際に食らってるし気づくか」
「割とトラウマかも知れねえが」
「彼がトラウマなんて可愛い感性持っているとは思えないけど」
「かもな」
話をしているうちにメディセインが周囲に気づかれない程度に合図をしてきた。緋夜は苦笑しながらそっと胸元に手を置いて答える。
そんなやり取りの間もモルドール侯爵は狂ったように叫んでいた。
「何故だ! 何故だ!! ナゼダアアアア!!!」
「連れて行け」
絶叫しながら頭を掻きむしるモルドール侯爵にオニキスは不快を露わに捕縛を命じ、側近によって気絶させられたモルドール侯爵はあっさりと連行さ(実際には気絶しているので運び込ま)れて行った。
……が、面倒なのはここからだった。オニキスは今の今まで会話に割り込むこともなく俯いている女に目を向ける。
「令嬢も連れて行け」
「お待ちくださいっ!」
オニキスの言葉に被せるようにモルドール侯爵令嬢――ミラノが声を上げる。
「私は何もしておりませんわ!」
「言い訳は不要だ。侯爵の悪事に加担していたことはガゼスが証拠を揃えている」
「いいえ、私は本当にお父様の悪事に加担などしておりません! お兄様達も何故実の妹を罪人に仕立て上げるのですかっ!?」
「実際罪人だろうが」
「あれほどあからさまに動いておいて何を今更」
「ここまで頭が足りないとはな」
ミラノは言いたい放題の兄達に絶句するものの、それでも食い下がるように前に出る。目元に涙を浮かべ胸の前で手を組む姿は庇護欲をそそるものだが、彼女の兄三人とはじめとする面々はむしろ冷めた表情で見つめるのみだった。
「確かに父に手を貸してしまったのかも知れませんが、私は父の行いは知らなかったのです! 私は父に利用されただけなのです! ですからどうか情けをかけてくださいませんか」
加担していないという言い分から自分からの行いではなく利用されただけという言い分へと変えた彼女は、オニキスの前で座り込んだ。
「殿下……どうか、どうかお願いします……!」
悲痛な表情を滲ませるミラノにがゼスが代わりに口を開いた。
「お前は今まで多くの令嬢たちを踏みつけにしてきただろう」
「それはっ……他の方も同じですわ!」
「ああそうだな。だがお前の場合はその後が問題だ」
「何がですの!?」
「王族と婚姻候補にあがった令嬢達を自分の子飼いとしている男達に襲わせたな」
途端に周囲がざわめき、特に女性達は殺意にも似た眼差しを向けた。
「なっ……! どうしてそれを!?」
「自白したな」
ミラノはしまったという表情で口を覆うものの時既に遅し。女性からすればこの上ないほどのダメージを負う事態だ。しかも貴族令嬢は婚姻まで純潔を保つのは絶対条件になるため、如何なる理由であろうともこの条件が破られれば婚姻は望めず、同時に家にも甚大な被害が及ぶ。実際にはガゼスが裏で手を回したことで未遂に終わったが、標的になった令嬢達は今でも家に篭りがちになっているという。
「これほどの罪を犯してなお、自分は被害者だと言い募る気か? 恥を知れ!」
鋭いガゼスの一喝にミラノはあっさりと撃沈した……はずだった。
ミラノはゆらりと立ち上がると何故か周囲を見渡し、ある一点に止まると憎悪を滲ませ狂ったように駆け寄りそして
「この下民が!」
腕を振り上げ平手打ちをする――
「ぎゃあ!!!??」
より早くミラノが駆け寄った人物――緋夜の護衛役だったガイによってあっさりと床に転がされた。
「全く……どうして一切関係のない私のところに来るのかな? 頭足りないんじゃなくて、脳みそ入ってないでしょ、あんた」
しれっとしながら無様に床に転がったミラノを見下ろす緋夜に憎悪の視線が向けられる。
「この下民のくせに! 私に恥をかかせるなんて! 許さない!」
「だからどうしてそういう発想になるのか聞いてるんだけど」
「とぼけんじゃないわよあんたが仕組んだんでしょっ!? お兄様のことも殿下のことも! お父様のことだって……」
「いや、オニキス殿下を含めた皆様方のことなど一切聞いていませんし、私はゼノン様のパートナーとしてきただけですけど」
「あんた如きがオニキス様の名前を呼ばないで!」
「……ああ、そういうこと。王家との婚姻目当てかと思ってたけどオニキス様が狙いだったんだ?」
「オニキス様って……そんなふうに呼んでいいのは私だけなんだから!!!」
『……』
ここがどこかを綺麗さっぱり忘れてしまった様子のミラノは盛大に叫び、その場にいた貴族達が揃ってオニキスへと視線を向けた。
対して緋夜は思わぬ告白(?)に思わず半目になった。こいつは侯爵令嬢だったよな? と。オニキスが哀れな上、これ以上長引くのも面倒だと思った緋夜はミラノの想い人に視線を向けた。
「……本来であれば私如きが殿下へ頼み事をするなど烏滸がましいと承知しておりますが、今のミラノ嬢の言葉に対して、一言頂戴してもよろしいでしょうか」
「私は何があっても国に仇なすような害悪などは決して妃に選びはしない」
(うわ、バッサリ……!)
まるで天気の話をするかのように告げられたオニキスの言葉にミラノは絶句し、それ以上言葉を発することはなかった。
こうしてミラノの暴走もあっさり片がつき、騎士達によってさっさと連行されて行った。
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モルドール侯爵とその令嬢が連行され、会場は本来の空気を取り戻し緋夜とガイがメディセインと合流し、最初のダンスを観終わった後、一度も踊ることなくその場を去った――のだが。
((どうしてこうなった?))
パーティー会場から出た直後、突然部屋の一室に連れてこられた緋夜、ガイ、メディセインの三人は現在、モルドール侯爵と令嬢の吊し上……断罪に動いた人物達に囲まれていた。
「公式の場でもなんでもないから楽にしてくれ。今回の協力誠に感謝する」
「依頼ですからね。仕事は完遂しますよ」
「掃除屋の中でも名高い者に依頼して正解だったな」
「だが、一般人を巻き込むのはどうかと思うが?」
「いいのですよ。私のメッセージに気づいた貴重な方達です。逃すのは勿体無いですから。見つけてしまったのが運の尽きですよ。まあその前に一度敗北しているんですけど」
にこやかに話すメディセインの言葉を受けて興味深そうな視線が緋夜達に向けられるなか、セレナだけがジッと見つめやがて静かに口を開いた。
「お前たち……ヒヨとガイだろう」
「……やっぱわかる?」
「わかる? ではないぞ! なんて危険なことを!」
「ガイがいて危険も何もないでしょ」
「っまあ、その通りかもしれないが…………私が巻き込んだのか?」
「いや? 観光邪魔されてムカついたから自分で動いただけだけど?」
「……俺はただの付き添いだ」
「……な、だからってわざわざこんなところにまで来る必要はなかっただろう!」
「いいじゃん。どうせ裏に貴族いるんだろうなってのは気づいていたし。私が大人しくしてるとかありえないもの」
「……もう少し危機感を持て」
「持ってるよ。少しだけど」
「……あのな」
「いいじゃないですかセレナ」
「エメリナ」
「彼女は優秀ですわよ。それに本人が問題ないと言っているのですから」
頭を抱えたセレナをエメリナは優しく諭すとそのまま緋夜とガイに視線を向けた。
「お二人は冒険者だとセレナから聞きましたわ。冒険者の友人ができたと。まさかこのような形でお会いすることになるとは思いませんでした。よければ私とも仲良くしてくださませ」
「ですがそれではエメリナ様によからぬ噂が立つのでは……」
「まあ! エメリナ様だなんて畏まらずセレナと同じようにエメリナとお呼びくださいな」
寂しいですわ、と詰め寄るエメリナの気迫に負け、セレナに続きエメリナと呼ぶ羽目になり、残りの子息達も便乗し、エルメス、モルドール侯爵長男アルズ、次男リヒト、三男ガゼスもタメで呼ぶことに。……何故か最後にはオニキスも便乗したが、それは無理、と緋夜、ガイに口を揃えて言われたことで微妙にオニキスが落ち込むという出来事が続いた。
和やかな空気の中、不意にオニキスが口を開く。
「君たちに報酬を出そう。王侯貴族のいざこざに一般人を巻き込んでしまった責がある」
オニキスはそう言うと緋夜はゆっくりと首を振った。
「いいえ。こっちが勝手に首を突っ込んだことですからお気になさらず」
「そういうわけにもいかない」
「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
「そうしてくれ」
ふっと笑うと、オニキスはガゼスに視線を向けた。
「ところでガゼス。お前、キオン……ガイ殿に何か言うことがあるのではないか?」
「……わかっていますよ」
気まずい雰囲気のままガゼスはガイのそばへとやってきた。
「すまなかった。いくら演技とはいえ、不快なことをした」
「……別に、気にしてねえよ」
「そう言ってくれると気が楽になる」
少し安堵したような表情になったガゼスにガイは静かに視線を向けると……何故かガゼスが固まった。
「だが……全てが演技というわけではないんだが」
ガゼスの言葉に緋夜は口元に手を当て、ガイは硬直し、メディセインは興味深そうに笑い、セレナとエメリナは何故か目を輝かせ、レイーブ伯爵とクリフォード侯爵は苦笑しオニキスの側近達は揃って頭を抱えた。
「えーっとガイ、大丈夫?」
緋夜がそっと問いかけるとガイは無言のまま拳を握り――
「ちょ! それはダメだって! あんたも止めるの手伝って!」
「私に振りますか」
「他に誰がいるの!」
「お前、ところ構わず口説くなっつってんだろうが!」
「ガゼス、いい加減になさい!」
「セレナとエメリナは危ないから離れ――」
「「もっと近くで見せて!!!」」
「なんでよ!」
「だって男性同士でなんて素敵じゃないですか!」
「愛に性別など関係ないぞ!」
「二人の口からは聞きたくなかった!」
ガゼスの爆弾発言により先程までののどかで優雅な時間から一転し、室内は一気に大騒ぎとなった。
その後しばらく、てんやわんやの告白(?)事件は月が笑う中、誰にも知られることなく続いたのだった――
最後の最後で何をやっているのやら……次回でクリサンセマム編は完結します。
次回予告
クリサンセマムの騒動が終結した緋夜とガイはクリフォード侯爵邸で過ごしていた。そんな中、メディセインがとある頼みを口にして……




