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40話 断罪の夜①

 モルドール侯爵家の者は野心家で常に他者を見下していた。己の欲望に忠実で、欲しいものはどんな手段を使ってでも手に入れてきた。そんな彼らのお眼鏡にかなった、もしくは癪に触る獲物を逃すはずはない。当主、子息、令嬢それぞれが獲物と対峙する。全ては自分の欲のために――


 しかし、そんな欲を利用して罠を張っていた者達がいた。彼らからすればモルドール侯爵家の方が獲物なのである。巻き添えを食らい友人を貶されたことに怒りを覚えた者、長年侮辱され続けた恨みを晴らさんとする者、そして害悪を排除したい者。それぞれが今、ノコノコとやってきた獲物に両手を上げて喜んでいた。


―― side 緋夜


 緋夜の前には綺麗なドレスに身を包んだ令嬢達が立っていた。皆笑みを浮かべているが目が笑っていないことから好感情でないことはすぐに判る。


(来るとは聞いていたけどちょっとお約束すぎない?)


身分は伯爵よりも侯爵の方が上であるため、侯爵令嬢であるミラノを誘うことはできない。よって、声をかけられるしかなかったのだが……どうやらメディセインの言葉通りだったらしい。緋夜は呆れながらも歓喜していた。


(貴族だからこそやってはいけないことに手を出してセレナを苦しめた罪は重い。侯爵のせいで巻き込まれた分もきっちり借りは返す)


本来ならば不敬罪まっしぐらだが、今回は『特定の人物に対する無礼の一切を不問とする』と言われていたため、問題はない。誰が許可したのかは知らされていないが、身分的に伯爵の可能性は低いため今回パーティーに出席する特別ゲストだろうと緋夜は予測していた。


「ごきげんよう。私はモルドール侯爵家長女ミラノ・モルドールです」


ミラノはやや垂れ気味の目元と色彩が相まって儚げで愛らしい雰囲気だ。初対面であればお淑やかでの自己紹介で思考を切り替えた緋夜は笑みを浮かべてカーテシーを取る。


「ごきげんようモルドール侯爵令嬢。セリーヌ・ストラッシュと申します」

「ストラッシュ? お聞きしない家名ですわね? どちらからいらしたの?」

「普段はアザレア王国に住んでおりますが、旅行の最中にレイーブ伯爵から招待状が届いた次第なのです」

「まあそうでしたの……旅行だなんて素敵ですわね。あなたが身に纏っているドレスもそちらで仕立てられたんですの?」


(ドレスの話題を出してきたか。なるほど……)


目の笑っていない令嬢がドレスの話題を出すという二点からこの後の展開が予想できた緋夜は面倒だと思いつつも相手を()()()()()ことに。


「はい。ここへ来る道中でゼイン様のご友人の方に仕立てて頂きまして」

「まあそうでしたの。とても『個性的で』よく似合っていますわ。……まるでどこかの『踊り子』のように」


ミラノの言葉に取り巻き達が口元に手を当ててクスクスと笑いをこぼす。世間ではそれを嘲笑という。


(あからさますぎて笑うわ。さてどう反撃しようかな……)


うっかり気を抜こうものなら呆れ全開でため息が出そうな状況に緋夜の心は冷めはじめていた。

黙っている緋夜に何を思ったのかミラノ達がさらに言葉を続ける。


「レイーブ伯爵のパーティーにあなたの様な『使用人』がおられるなんて、さすがは伯爵様。大変お心が逞しくていらっしゃいますわ。皆様もそう思いません?」

「ミラノ様の仰るとおりですわ。まさか貴族にストラッシュ嬢のような方がいらしたなんて」

「ふふ、まるでラフレシアのように素敵な方ですわよね」

「まあ! ラフレシアだなんて、アイリンさんはお上手ね」

「そんな。ミラノ様に比べれば私なんて……」

「ストラッシュ嬢。いっそのことラフレシアと改名なさってはいかが?」

「そうね。とってもお似合いですわよ」


何も言葉を返さない緋夜を見てミラノはその甘い瞳に愉悦を浮かべる。あまりの愉しさに声を上げた高笑いしてしまいそうだった。


(本当にいい気味だわ。そうやって無様にドレスを握りしめていればいいのよ。さて、そろそろトドメを刺そうかしら。見た目は悪くないからガゼスお兄様かお父様へのプレゼントにでもしてあげる)


そんなことを思いながらトドメを刺そうと口を開いた……


「さすがはミラノ様。とても『独創的な感性』をお持ちでいらっしゃる」


その時、俯いていた緋夜は満面の笑みで言葉を返したのだった。


『なっ!?』


思わぬ反撃にミラノ達が固まった。動揺したのか一瞬目が泳ぎ、なんとか取り繕って再び笑みを作るが微妙に引き攣っている。


「あ、あら。ストラッシュ嬢はお姿だけでなくお心も茨のように逞しいのですね」

「ふふ、ミラノ様に比べれば私など足元にも及びませんわ」

「まあ、ご自覚なさってい……」

「貴女への敬意が言葉では尽くせそうにありませんので、近々黄色いカーネーションをお送りさせていただきますわ」

「! な、何を仰っているのか……」


令嬢達の顔がさらに引き攣り、目に怒りが滲み出している。それもそうだろう。黄色いカーネーションの花言葉は『軽蔑』だ。知らない者からすれば美しい花と思うだろうが、知っている者からすれば侮辱になる。どうやらミラノは知っている部類の人間だったようだ。


(ありゃ、顔色変わった。ちょっとあからさますぎたかな)


言った本人はのほほんとしているが言われた方はたまったものではないだろう。格下に軽蔑されるというのは。案の定、ミラノは怒りの笑みを浮かべた。


「では貴女にはサフランを贈らせていただきますわ! きっと貴女に最も相応しい花でしょうから」


サフランのこの場合の花言葉は『過度を慎め』。つまり、出過ぎた真似をするなという意味になる。その言葉を聞いた緋夜は思った。お前が言うな、と。緋夜がそう思うのも無理はない。ミラノの装いは宝石をふんだんに使っており、非常に違和感があるのだ。いくら資産があろうとも、これでは成金が金持ち自慢をしているようにしか見えない。貴族ともあろう者が財産自慢など下衆の極みである。怒りのあまりそれが理解できていないのだろうか。そんなミラノ達に緋夜はいっそ哀れに思えてきた。モルドール侯爵家がパーティーに参加できるのは今夜で最後であるが故に。


「ありがとうございます。とても楽しみですわ。待ちきれなくて今宵は夢の中でサフランの花畑を優雅に散歩するかも知れんませんね」

「……え」


緋夜はサフランを『歓喜』の意味で受け取った。この後の展開を考えればそれは至極自然なことだろう。

 対してミラノは緋夜の言葉に違和感を感じ始めていた。身分では自分の方が上位であり、それを警告したというのに、目の前の女は悪びれるどころか楽しげな笑みを浮かべて自分達を見つめているのだから。


(なによこの女。侯爵令嬢である私に対してこんな……それに、どうして余裕でいられるの? もっと悔しがると思ったのに、何か変だわ。どうしてこんなに不安になるの? 私は、侯爵令嬢なのに)


得体の知れない不安が湧き上がり、恐怖が這い上がってくるのを無理やり押さえつけ、目の前の生意気な女と対峙する。自分は侯爵令嬢なのだから大丈夫だ、と。

 

 しかし、ミラノが自らにかけた暗示はすぐに崩れ去ることになる。他でもない自分の父親の行動によって。


「あら? 何やら騒がしいですわね。あちらにおられるのはモルドール侯爵様では?」

「え?」


騒ぎの中心に自分の父親がいる、という状況にミラノとその取り巻きは自然とそちらに視線を向け、すぐにその違和感に気づく。


(お父様、どうしてそんなに青褪めているの? ガゼスお兄様は……!? どういうことなの!? なんで……!)


目を泳がせるとそこには騎士達に取り押さえられているガゼスがおり、モルドール侯爵のところへと引き摺られていった。


「な、なんで……」


震える声を出すミラノに視線を向けと、ミラノの顔が目に見えて青くなっていた。青褪めながらドレスを握りしめる様は実に滑稽で、どこまでも哀れだった。


(ミラノ嬢、貴女はこれまで気に入らないことがあるとことごとく貶めてきたみたいだけど、今回初めて貶められる側になったんだ。今、貴女の目に映る家族の姿は貴方達が歩んできた道の果て。どんなに懇願しても泣き叫んでも、誰一人、手を差し伸べたりしないだろうね)


同情は湧かない。全ては彼らの傲慢さが招いた自業自得なのだから。


 突如としてあたりがざわつき、集った人々が自然と道を開けていく。


(なに?)


「うそ、どうしてここに!?」

「留学されておられたのではなかったのか!?」

「いつお戻りに……!?」


周囲は驚愕に包まれ、ある一点を見つめていた。状況がわからず、耳を澄ませていると緋夜も彼らと同様、驚きをあらわにした。

 

 これから始まるのは、罪を犯した貴族の断罪劇。後に残されているのは貴族の誇りを忘れた者達の破滅だけ――

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