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37話 望月のみが知る②

 目の前の光景に緋夜とガイは思わず固まった。美しいと言われるであろうその青年の首筋を水滴が流れていき、色気を漂わせている。


(うっわ……なんて色気……美形が水に濡れているって一種の暴力じゃない?)

(こいつ、こんな面してやがったのか)

((……なんでかわからないけど腹立つ))


自分達でも理解できない苛立ちを覚えながら未だ泉から上がらない男を見つめていると男が不快そうに眉を顰めた。


「なんです。二人揃って見下ろすなんて随分と不躾ではないですか」

「ああ、ごめん。ちょっと予想外すぎて」

「同意」

「…………はあ」


男はゆっくりとため息をこぼすと勢いよく泉から上がる。黒い外套を流れる純白の髪がまたなんとも言えない美を形作っていた。


「全身びしょ濡れではないですか。お陰で泥は落ちましたけど、だいぶ乱暴ですね貴女は」


膝まである髪を少々雑にしぼりながら男は緋夜を軽く睨むものの、目の奥は笑っていた。


「乾かしてあげようか?」

「結構ですよ。というか貴女は氷属性でしょう。火属性なんて使えるんですか?」


その言葉に緋夜は無言で蝋燭の大きさ程度の炎を出して見せると、男は瞬きをしてフッと笑った。


「なるほど二属性持ちだったんですね。これは厳しそうです」

「どうする? 再戦する?」

「しませんよ。白けましたし、そもそも本来の目的も達成できていませんから」


ようやく本題に入れそうな空気に緋夜は胸を撫で下ろす。あのまま戦い続けて目的を達成できない方が問題だ。遅い時間にわざわざこんなところまで来た意味がなくなってしまう。


 男が濡れた髪を解いて一通り水を抜き終え再び髪を結び直した男は腰を落ち着ける場所へ行こう、と歩き出し緋夜とガイもそれに続く。


 しばらく歩いて着いた場所は泉が見える少し開けたところだった。


「ここならゆっくりお話しができますからね」

「……どうしてこんな場所にガゼボがあるのかな。しかもだいぶ綺麗な気がするんだけど」

「ああ、ここはあの廃屋の主人だった人間が建てた場所らしいんですよ。どうやら相当お気に入りだったようです。あらゆる防止魔法の魔法陣がありますから」


そう言われて緋夜は足元に視線を向けると、確かにこのガゼボを中心に魔法陣が描かれていた。


「なるほどね。土を掘って平にした後魔法陣を描いてその上に土を被せて魔法陣を描いて土で覆う、っていう工程を繰り返しているのかな」

「正解です。術自体は魔術師に依頼したみたいですが。どうぞ座ってください」


促されるまま椅子に腰を掛けると男は早速話し出した。


「まずは自己紹介から。獣人族・蛇のメディセインと申します。先程は失礼しました」

「人族冒険者Eランクのヒヨ。気にしないでいいよ。元はと言えばこっちが先に喧嘩売ったようなものだから」

「人族冒険者Bランクのガイ」

「Bランク……まさか貴方あの『漆黒一閃』ですか?」

「……」

「正解♪」

「おい」

「これはこれは実に運のいい」

「そんなことはどうでもいい。それよりもあの紙を使って人を呼ぼうとした理由を言え」

「いきなり本題ですか。まあいいでしょう。お二人が優秀であればあるほど都合がいいですからね」


男――メディセインは愉しげに笑うと、どこからか紙の束を取り出し机に置いた。


「これは?」

「いいですよご覧になって」


メディセインに進められるまま緋夜はガイにも見えるように紙をめくっていくうちに二人の表情が険しいものに変わっていく。


「……これ、事実なの?」

「ええ、事実ですよ。予想はしていたのではないですか?」

「確かにある程度は予想していたけど……これは」

「お前なんでこれを持っている?」

「私は裏ギルドに所属する掃除屋です」

「掃除屋って……なに?」

「冒険者ギルドには二つの側面があるんだよ。簡単に言えば面と裏だ。魔物討伐や採集、護衛の依頼を出している昼の時間帯が表ギルド。んで、夜中に暗殺や盗み、諜報などを請け負うのが裏ギルド。表と裏を区別するために昼のギルドは冒険者、夜のギルドは掃除屋って呼ばれている。まあ隠語ってやつだな」

「あー……なるほど」


裏ギルドは一般的に見れば違法だろうが、非合法なやり方でしか解決できないことも多々あるものだ。そしてそういった環境や仕事でしか生きていけない人も存在する。だが普通はそういった職業であることは大っぴらにはしないしできない。だからこそ隠語で呼ばれるのだろう。


「で、その掃除屋さんがなんでこんなの持っているのかな」

「私は今、とある方からの依頼である貴族の屋敷に潜入しているのですが、書類をその依頼主にお渡しするため、あなた方にお力添えをお願いしたいのです」

「「……は?」」


唐突な頼みに緋夜とガイは揃って面食らったような顔になった。


「なんでわざわざ」

「確かにいつでも渡せるのですが、折角なので最高のタイミングで渡したいもので」

「……なんとなく、受けた依頼内容は絞れたけど、それ私達の今後の活動に影響する方? それともしない方?」

「しない方です。丁度一週間後に依頼主の屋敷でパーティーが開かれるんです。潜入先の貴族も出席するのでそこでお渡ししたいのですよ」

「でも潜入しているってことは使用人としてだよね?」

「はい。ですが、なにを思ったのか潜入先のは私を裏工作要因として使っているのですよ」

「……うわ~それ最高にして最悪だよね」

「ええ、言われた時は声を上げて笑いそうになりましたよ。お陰で非常に動きやすかったので助かりましたが」

「それは笑うよね。その貴族大丈夫?」

「大丈夫じゃねえだろどう考えても」


衝撃の内容に緋夜は額に手を当て、ガイは呆れを隠すことなくため息をついた。その様子をメディセインは愉しげに観察していた。


「具体的にどうやって接触するんだよ」

「実は私の元に依頼主からパーティーの招待状が届いているんですよ。ですから堂々と接触することができます。問題はそのパーティがー女性同伴でないと入場できないということです。屋敷の使用人はパーティー会場には行かないので」

「まあそうでしょうね。だから私にってこと?」

「そうですよ。見たところ貴女は立ち振る舞いが綺麗ですから、礼儀作法は身につけているのでは?」

「確かに一通りは仕込まれているけど……」

「ならば問題はないでしょう。私は潜入先では化粧と魔道具で容姿と口調は変えていますから気づかれる心配はありませんし、まあたとえ気づいたとしても後の祭りなのでなんら問題はないのですが」


まるで天気の話をするかのように軽い口振りで話すメディセインからはなんの感情も伝わってこない。彼の態度はどこまでも『普通』だった。

そのことに違和感がないわけではないが、これは本人の問題なので、緋夜は深く追求することなく続きを促した。


「とにかく、礼儀作法ができていてダンスも踊れるのであれば問題ありません。貴女にやって貰いたいのは私のパートナーとしてパーティーに参加するだけです。そこで貴族の気を引いてもらえればあとは私の仕事ですから」

「……でも私あんまり貴族達と関わりたくないんだけど」

「軽い認識阻害のついた魔道具をつけていれば問題ありません。それか色彩を変える魔道具と化粧を施しましょうか?」


目の前で純粋そうな瞳で軽く首を傾けるメディセインに緋夜は誰かに似ているような錯覚を覚えながら徐にため息をついた。


「まあいいけどね。どうせ拒否権ないんでしょ? そうでなければこんなべらべら喋らないよ」

「……話が早くて助かりますよ。冒険者が掃除屋に手を貸したなんて、厳重処罰ものですからね」

「……で? 私はいいとして、ガイはどうするの?」

「私達の護衛として来れば大丈夫ですよ。勿論それなりに着飾ってはもらいますけどね」

「だってさ。どうする?」

「……仕方ねえ付き合ってやるよ」

「では決まりですね。当日は貴女がパーティーの花になってくださいね」

「はいはい。でもタダ働きはごめんだよ。報酬は当然あるんだよね」

「ええ、これを渡す時に話しておきますよ。相応の報酬が出るでしょうから」

「じゃあこれで取引は成立だね」

「ええ、よろしくお願いしますねヒヨ殿、ガイ殿」

「ふん」


その夜に密かに行われた取引は誰にも知られることはなく、日の出を迎える。唯一、全てを見ていた望月は黎明の彼方へと消えていった――


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