22話 お遊戯にはご注意を
最初の配達先は王都の薬品の販売所だ。回復薬をはじめ、多種類の薬が販売されている。薬自体は各専門の場所で作ってもらい販売のみを行うらしい。
(薬品の販売所は……製作所を出て右に行ったところで五つ通りを行った先の赤い旗がぶら下がってるところだったはず)
販売所に向かって足を進めある屋根の下に差し掛かった時、カタンと音を立てて何かが転がる音が上から聞こえ、そちらを見ると小石がいくつも落ちて――
パキ……ン
くることはなく、全て緋夜の魔法で氷漬けにされた。王都で屋根から石が自然に落ちてくるなんてことはない。ならば可能性は一つだ、が。
(なんて幼稚な。間違って他の人に当たったらどうするつもりだろうね。さて……これを仕掛けた人間の居場所は把握済み。このまま終わらせるのもつまんないな)
緋夜は少し考え、そのまま歩き出した。
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「チッ、そういえばあの女魔法使いだったわね」
「いいわ、次行くわよ。必ず失敗させてやる」
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「赤い旗……あった。あれか」
緋夜は第一の配達場所薬品の販売所に着いた。薬のいらない緋夜が入るのは初めてのため、少し楽しみにしていた。
中に入り周囲を見渡すと、棚にある薬を一つ手にとって観察する。解毒薬だった。赤い色の液体は少し粘り気があるようで、一見すると血に見えなくもない。
他の棚も見てみると、実にカラフルである。中には紫や黒の液体もあり、使うのが少しばかり躊躇ってしまいそうだ、と思ってしまったのも仕方がないだろう。
液体だけではなく、個体の薬もあるようで一つくらい買っていくのもいいな、と液体の薬と個体の薬をそれぞれ一種類ずつカウンターに持っていった。
「すみません」
「はいどうしました」
「回復薬をお届けに来たのですが」
「あ、はい。ありがとうございます。それでその……回復薬は?」
「ここにあります。個数は小、中が百五十で大が五十、でしたよね」
「はい、そうです」
緋夜はバッグから回復薬を取り出し、カウンターの上に置いた。
「はい、たしかに。ありがとうございます」
「いえ。あと、こちらの薬を購入したいのですが」
「はい」
緋夜は薬を購入し販売所を出た。店の中はなかなか面白いものが多くあり、今度はガイと一緒に来ようと思った。
次の場所に向かう途中、噴水の横を通ると後ろに人の気配がした。振り向くことなく躱してそのままそっと足を出した。
「きゃああっ!!!!!」
緋夜の後ろにいた女は躱されたことで勢い余りそのまま噴水の中へ。上がった飛沫もそのまま魔法で女の顔面に被せる。そして何事もなかったかのように歩きを止めない緋夜に後ろから喚き声が聞こえた。
「ちょっと!! 何するのよ!!」
(何って上半身避けただけなんだけど。こんな幼稚なことしかできないのかな)
無視して去ろうとする緋夜に後ろから女が更に喚く。
「あんたなんで人をいきなり噴水に落とすのよ! 信じられない!!! ひどいわ! 私何もしていないのに!!」
そう言って背後で泣き真似をする女の言葉に周りにいた人達が緋夜に視線を向ける。ちょっとウザくなり後ろを向いた。
「あなたの前にいたのにどうやって落とすというのかな? 魔法を使えばできるかもしれないけど、全く接点のない人間をわざわざ落としたりしないから」
「なんですって!?」
「あと、喚く前に自分の身なりを整えた方が良いかと。顔とか」
そう言ってにっこり笑うと、女は水面を見て途端に赤くなり顔を隠した。女の顔は化粧が崩れて大変なことになっていたのだ。服も濡れて体に張り付いている。ましてや女は白シャツだった。公衆の面前でこの状態。
緋夜は女に近づきにっこり笑う。
(お芝居モードON。殺し屋、ハンナ・ベロッタ)
「私ね、後ろに立たれるの嫌なんだ。つい条件反射で躱したり殴ったりしかねないから。許した人間以外はね。特にあなたのようにあからさまな敵意を持って近づいてくる人間相手だと……つい」
比較的大きな声で言った緋夜に周囲の人間は意味が分かったのか、緋夜に向けていた視線を女に向けた。周りからの視線を受けた女は俯き、肩を震わせた。
一方、女に一切の興味がなくなった緋夜は配達のためさっさと歩き出した。
第二の配達を終え、次の場所に向かっていると今度は上から水が降ってきた。勿論氷漬けにしたが、これでは面白みに欠ける。なので仕掛けた人にお返ししようと思い、緋夜はバッグからあるものを取り出して後ろに放った。
「きゃああ!!!!!」
「冷たい!!」
下手な尾行で緋夜の後をつけていた女二人が悲鳴を上げた。
「なにこれ!! なんでくっついているの!?」
「いや全然取れない!? なによこれ!!」
肌に、髪に、服に粘り気のある液体が付着した二人は付着した部分が互いにくっつき、剥がれなくなった。勿論地面にもくっついている。
ぎゃあぎゃあと喚く女をバックに緋夜は内心大笑いしていた。緋夜が放ったのは溶かした水にクモの糸を溶け込ませて作った接着剤である。ほんの一時間程度で綺麗さっぱりなくなるので大丈夫だろう。早く解きたければ水を被ればいい。
緋夜はオブジェと化していく女達を無視してまるで後ろのことなど知らぬとばかりに歩いていく。
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「なんなのよあの女! わけわかんない!!」
「クッ……! 次よ!!」
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第三の配達場では回復薬の箱目掛けて何かが飛んできたが緋夜はコガネバチ達から貰った蜂蜜で飛んできたものを包み女達の方にそのまま帰した。蜂蜜で全身ベタベタになっているだろう。
第四の配達場では回復薬の箱を並べていると足を出された。転ばせようとしたのだろうが、緋夜には通じない。昔からこの手のことはよくあった。ぶつかるふりをして足を出し転ばせる、というのは。その時の対応はひとつ。
緋夜はそのまま踵で踏み付けた。
「いっったああ!!!!!」
「あ、すみません。まさか足があるとは思わなかったもので、ぶつかりそうだったので避けたのですが足までは気づきませんでした」
そう言ってにっこり笑いながら頭を下げてそのまま立ち去った。緋夜の靴は踵が高いので踏まれれば普通に痛い。
(やることが幼稚すぎてちょっとつまんないなあ……いっそのこと集団で取り囲んでくれば面白いのに)
など思いながら、その後も立てかけてある看板が倒れてきたのを芸術的に固定しあたりに紙吹雪を降らせたり、あからさまにばら撒かれたであろう何かの残骸を組み立てて追いかけさせたりと、多くの遊びを楽しみながら配達をこなしていった。
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最後は歴史研究所だ。各国の歴史や種族の歴史などを専門的に行う国家機関の一つである。そのような場所にも回復薬がいるのか、とも思ったが魔法でなければ開かない文献もあるらしく、昼夜問わず解読しているため必要になるという。
研究所内に入ると、そこは多くの書物や器具、ペンにインクなどが見事に散乱していた。……入り口付近にも関わらず。
(すっごいことになってるけど、よくこんなうるさい場所が出来上がるな)
さっさと渡して帰ろうと思い、職員の一人に声をかけた。
「すみません。回復薬を届けに来たものですが」
そう言った途端、視線が一斉に緋夜に向いた。全員目の下に隈ができていた。
(ちょい不気味だな)
「ようやくか」
「早くお願いします!!」
「頼む!!!!!」
そう言って飛びかからんばかりの勢いの研究員達の前に回復薬の箱を置いた途端、次々と回復薬に手を伸ばして来た研究員達に心底ドン引きしながら、「頑張ってください」とだけ言って、さっさと研究所を出た。
「ふう……なにあれ」
緋夜は研究所を出た途端、今の今まで浮かべていた笑顔の仮面を剥がし、本音を漏らした。
(さっさと戻って寝よう……)
緋夜は配達終了を伝えるため回復薬製作所に足を進めた。
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「あ、戻ったんだ!」
「はい。無事に配達終わりましたよ」
「ありがとう! 今日は本当に助かったよ!! あんたすごいね。できればこれからもお願いしたいくらいだ」
製作所に戻った緋夜はセッカに出迎えられた。配達終了を伝え、報酬を受け取った。
「楽しかったですよ」
緋夜がそう言うと、奥から子供たちがひょっこりと顔を見せる。
「おっと、出てきちゃだめだろ」
「だって……おねえちゃんとおはなししたい」
「こら、ヒヨさんは仕事でここに来たんだ。困らせちゃダメだろ」
「え~~~お兄ちゃんばかりずるいよ~」
「僕も遊びたい!」
「わがまま言わないの」
「え~!」
微笑ましい光景に思わず頬を緩めると、緋夜は子供たちのそばでしゃがみ込み視線を合わせる。
「今日はもう遅いから、また今度遊びましょう」
「ほんとっ!?」
「はい」
「絶対だからな!?」
「うそついたらはりせんぼんだよ!」
「またきてね……」
「はい、また」
そう言って緋夜が笑いかけると子供たちは笑顔で奥にかけて行った。
「弟達がごめんね。でもまた来てくれたら嬉しいよ」
「はい、また」
「気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。それでは」
賑やかな姉弟達に背を向けてギルドの方へと歩き出した。
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ギルドへと足を進める緋夜の前に数人の人間が立ち塞がり緋夜はそのまま路地へと引っ張り込まれた。
少し薄暗い路地で緋夜は目の前の女達に笑顔を向けた。何の用なのかは想像がつく。
(ラッキー! 向こうから来てくれた)
「何か?」
そう言いながら女達を観察する。冒険者とギルドの職員だろう。自分達のやっていることの結果に気づかないとはなんとも愚かなことだ。このことが露見すればタダでは済まないというのに気に入らない人間を貶めたい一心で周りが見えていない。
「あんたどうやってガイをたらし込んだの?」
「あのガイがあんたみたいな女と組むわけないじゃない、何かあるんでしょ?」
「ガイさんに憧れる人間は多いからねえ? 随分と積極的なんだね」
明らかに怒りを浮かべる女が二人と嘲笑を浮かべる女が一人。今日襲って来た連中の最後のメンバーだろう、と考えていると女の一人がいきなり壁を蹴った。
「あんたさあ、ムカつくんだよね! ちょっと魔法が使えるからっていい気になって。冒険者舐めてんの?」
冒険者として活動してるだけあってそこそこ迫力があるが、緋夜には綿毛が舞っている程度にしか思えない。昔、父が任侠映画に出演していた時、実際に撮影現場に行って見学していたことがあったがその時の父の演技があまりに怖くて迷惑になるまいと必死に耐え、撮影終了と同時に泣き出した経験があった。その時感じた迫力と恐怖からすればこの女の威嚇などそよ風程度にもならない。
なんの反応も返さず余裕の笑みを浮かべている緋夜に怒りを募らせたのか、もう一人の冒険者が緋夜の胸ぐらを掴んできた。
「何か言えよこのクソアマ!!!」
「何か」
「こいつ……!!!」
緋夜を突き飛ばし冒険者二人が武器を構えた。緋夜は相変わらず余裕の笑みを浮かべている。
「死ねええ!!!!!」




