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20話 怒り

「ふう……これでよかったですか?」

「ああ、助かったぜ。俺らのパーティにゃ魔法使いがいなくてな」

「いえいえ。私もいい経験になりましたから」


緋夜は本日出稼ぎに来ていた。先日依頼の帰りに声をかけられ、話を聞いたところ依頼の都合上どうしても魔法使いが必要だということでせっかくの機会だと思い引き受けたのだ。勿論貰うものは貰うが。


「また何かありゃお願いしてえもんだ」

「機会があれば是非」


そう言ってにっこり笑う緋夜を見て冒険者はデレデレになっているが、緋夜はそれを綺麗に無視し、報酬を受け取っていた。


「それでは」


笑顔で立ち去っていく緋夜の後ろ姿を見ながら男達の興奮は冷めるどころか高まっていく。


「やっぱいいな。あいつ」

「ああ。女、だよな」

「美人だし」

「いい匂いだった~」

「他の女共も見習ってほしいもんだぜ」


などと話している側で聞いていた女性達はその冒険者を睨みながら、緋夜に対して殺意にも似た感情を膨れ上がらせていたが、緋夜の美貌を思い出し溜息をつくのだった。


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


「出稼ぎの仕様がわかったのはいいんだけど冒険者達の視線には少し疲れたな。あの類いの視線は久しぶりだったし。今日は早く帰って休もう」


いくら、社交辞令が得意な緋夜でも疲れるものは疲れる。今回はあからさま過ぎたため、何度か顔が引き攣りかけた。視線を思い出し。少し溜息をついた緋夜はふと、言い争うような喧騒が耳に入り裏路地に視線を向けた。


「あれ、この通りは確か花街への道だったはず」


以前、少し気になってガイに尋ねたことがあったのだ。花街に合わない喧騒が気になり、少し好奇心で覗いてみる事に。


「あれは……」


道に入って少し進むと娼館らしき建物が見え、店の前で数人の男女が言い争っていた。覗きのようで気が引けるが気になるものは仕方ない、と物陰からそっと顔を出すと声が聞こえてくる。


「だから、それはどうにもならないって言ってるでしょ! いい加減にしてください!」

「ああ? 何言ってんだか。俺らの相手はできねえってのか!? 娼婦は体売ってなんぼだろうがよ」

「いくらここが娼館といっても規則があるのよ。それを破ることはできないの。貴方達の要求は立派な規則違反です」

「んだとこのアマっ!」


(……ちょっと、いろいろ聞き捨てならない言葉が聞こえるのは気のせいだと思いたいのだけど、ね?)


男達の方は服装から冒険者だろうが、随分と興奮しているようだ。加えて差別ともとれる発言の数々。緋夜はその様子を見て、一旦その場を離れ、表通りに出て近くにいた人に頼み事をして再び娼館の前に行くと怒り狂っているのか、男の一人が拳を上げた。男の振り上げた拳が女性に当たるまで後数秒――


 パシッ!


といったところで間に入った何者かによって男の拳が遮られた。サラサラと靡くプラチナブロンドのロングヘアーの緋夜だった。


「あ!? んだテメエ!」

「ごめんなさいね。ちょっとうっかり」

「何がうっかりだ! このアマ!」

「うるさい」

「……っ!」

 

冷たい声に男達が若干怯む。緋夜はそんな男達を冷ややかな目で見つめていた。その間も男の拳はしっかり掴んでいる。


「いくら自分たちの要求が通らないからって拳にものを言わせるのはいただけない。ましてや相手は女性。しかも話を聞く限り彼女達は間違ったことは言っていない」

「なんだと!? テメ、黙って聞いてりゃ……! ちょっと金が足りなかっただけじゃねえか! 娼婦の分際で何様のつもりだよ!」

「あのね、娼婦は慈善活動じゃなくて仕事なの。もらうものはもらうに決まってるでしょう。それに」


明らかに娼婦を軽視している男達に吐き気が込み上げるが、なんとか堪え代わりに腹に一発かました。


「ぐはあっ!」


緋夜に膝を入れられ男達はまとめて地面に転がった。いくら接近戦が出来ない緋夜でも膝を入れる程度ならばなんの問題もない。ついでに起きあがろうとしている男を踵で踏みつけた。緋夜の履いているものは踵が高いので踏まれればかなり痛い。加えて緋夜が踏んでいるのは男の急所だった。


「ぐっ……!」

「弱者に手あげるしか脳のねえ下衆野郎共より彼女達の方が遥かに綺麗だよ。体を売ったこともねえ奴が蔑んでんじゃねえよ」


緋夜は更に足に力を入れ、加えて氷の刃を男達の喉元に向けた。


「どんなに人々に嫌悪されようが蔑まれようが生きるために足掻いてる人達を嘲る資格がある奴なんざ誰一人としていねえんだよ! 特に部外者はな。んなこともわかんねえ野郎共が一丁前にもの語んな」


「「「ヒッ……」」」


緋夜の声が絶対零度に達したのと同時に氷の刃が男達の頬に一筋の傷を入れた。冷えた殺気と自身の周りにある氷の刃に男達は恐怖のあまり、泡を吹いて気絶した。男達が気絶したのと同時にあたりの殺気は霧散した。緋夜は娼婦達に向き直る。


「すみません。大丈夫でしたか?」

「あ、は、はい。ありがとうございました」

「いえいえ。お怪我などは」

「大丈夫です。おかげで助かりました。この人達はどうするのです?」

「それに関してはもうすぐ人が来ると思いますのでその人達に引き渡しましょう」

「分かりました。是非お礼がしたいのですが……」

「必要ありませんよ。では私はこれで」

「あ、ちょっと」


呼び止める美魔女の声を無視し緋夜はそのまま立ち去った。


(私、かなり怯えさせるようなことした自覚あるんだけど、全員ケロっとしてたな)


そう見えるように振る舞っていた可能性もあるが、それでもかなりタフだな、と緋夜は密かに彼女達を尊敬したことはここだけの秘密である。



       ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「ガイ、ただいま」

「おー。どうだった」

「まあまあかな。結構楽しめたよ」

「そうかよ」

「ガイの方は?」

「いつも通り」

「なるほど」


部屋に行く途中でガイと出会し、そのまま会話をする。ちなみにガイは別の依頼を受けていた。


「やっぱり魔法使いがいるパーティって少ないのかな」

「大体は剣か斧か弓だからな」

「確かにね。そっちの方が勝手がいいだろうし。でも私、個人ではランクEなんだけど」

「たとえ低ランクでも魔法使いがいることっつーのはそれだけで良かったりするんだよ」

「どういうこと?」

「魔法に属性があるだろ。だから魔物を倒す際に魔物の攻撃に対して対抗手段ができるんだよ。まあ、相性にもよるだろうがな」

「相性に左右されるのは仕方ない。だからあの時属性の確認してきたんだ」

「お前の場合は逆に教えねえ方がいいだろうがな」

「当たり前だよ。ばらすもんか。利用されるのは嫌だよ」

「でも普通に上手くいったんだろ?」

「うん。私は氷と火で通してるから人前でうっかり使用なければ問題ないでしょ」

「お前の場合は全属性に魔力に限度がねえからな」

「だよね」


とんでもないチート魔法使いである。知られれば利用されるか異端扱いされるかのどちらかだろう。そうならないためにも緋夜はガイ以外の前では使う魔法を限定しているのだ。  


「まあ、秘匿するよ。それが一番安全だから」

「そうしろ。面倒な連中が寄ってきてもうぜえからな」

「言うね~」


ガイの正直な発言に思わず笑った緋夜だが、緋夜自身も一字一句違わず同意しているので咎めることもしない。


「あ、そうだ。ここに来るまでにちょっとトラブルがあったからそのうち訪ねてくるかもしれないから一応ご報告までに」

「トラブル?」

「大したことではないんだけど、冒険者に暴力振われそうになってた娼婦を助けただけ」

「……お前面倒に首突っ込むやつだったか?」

「まあそうなんだけど、意味不明な理論で人に手あげる奴が嫌いなだけだよ」

「……そうかよ。そいつは捕まったのか?」

「まあね。取り調べにはなるだろうね」

「……ならいいが。怪我はしてねえだろうな」

「私はしてないよ。ただちょっとうっかり怪我はさせちゃったけど」

「ややこしくしてどうする」

「仕方ないでしょ。力じゃどうあっても負けるし」

「……ったく、まあ怪我がねえならいい。あんま無茶すんじゃねえぞ」

「ありがとう」



      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



 翌日、緋夜は珍しく一人でギルドに来ていた。パーティランクはDだが緋夜自身はEランクのため出来るだけ早く上げておきたい、と思いながら緋夜は依頼ボードを眺める。


(そういえばこの世界って確か回復薬とかあるんだよね? ちょっと高いみたいだけど。どうやって作るんだろ)


 そう思いながらボードを眺めていると一つの依頼に目が止まった。


【依頼内容:回復薬製作の手伝い

  ランク:F

 場  所:回復薬製作所

  依頼者:リアム

 報  酬:銀貨二枚

 備  考:なし         】


(運がいい。一人でも問題無さそうだしちょっとやってみようかな。作り方が分かれば自分でも作れそう)


 緋夜の場合、回復魔法が使えるので薬はいらないのだが、持っておくに越したことはないだろう。地球には振りかけたり飲んだりするだけで患部が治る薬はない。異世界に来たからには知っておきたい、というのは緋夜の性格と趣味的にも仕方がない。依頼用紙を手に受付へ向かう。


「お? 嬢ちゃん珍しいな一人か」

「いつもつるんでるわけじゃないよ」

「そりゃそうだ! んで、依頼か?」

「そう。これお願い」

「どれどれ……回復薬の製作の手伝い、か。変な依頼受けたもんだ」

「別に変じゃないでしょ。あれに比べれば」

「う……まああれはこっちのミスだから」

「大丈夫だよ。報酬が増えたからむしろ感謝かな?」


 にっこりと笑う緋夜を見ながら、ゼノンが見た目に似合わず結構いい性格してるなと思ったのも仕方がないだろう。受付を済ませていつものごとく手を振ってギルドを出て行く緋夜に苦笑した。



      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「チッ、ゼノンにまで色目使って、やっぱムカつくわ。あの女……」

「なんであんな女が……大した実力もないくせに」

「依頼なんか失敗させてあげる」

「覚悟しなさいよ……」


 緋夜がギルドを出て行くのを見つめるいくつかの人影。その悪意は緋夜を貶めるためゆっくりと歩みを進めた。

 だが、彼女達は知らない。ギルドの扉を閉める直前、緋夜の視線が一瞬だけ彼女達の方を向き、その口元に微笑が浮かんだことを。

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