第98話 検証しましょう?
私が目を覚まして身体を起こすと、そこは王宮の貴賓室のようだった。恐らくだけど、シルヴィオ王子に割り当てられている、プライベート客室なのだろう。
何だか視界が鮮明だな……と思いながら顔に触れると、付けていた仮面がいつの間にか外されていた。
捕まった身でいうのもなんだが、ご令嬢を床に寝かせるのはいかがなものだろうか……
「おい。コイツ、何でもう目を覚ましてんだ?」
ちゃんと魔法かけたんだろうなと、シルヴィオ王子が少し後ろに控えていたルネ様に問い掛ける。
「当たり前じゃないですか〜。ん〜……魔力量が多いから、あんまり効かなかったんですかねぇ」
「まぁまぁ、いいじゃありませんか王子。所詮この魔法陣の中じゃ、何も出来ないのですから」
「魔法陣……?」
そう言われて、私が視線を下に向けると、床には黒い模様がビッシリと描かれた魔法陣が存在していた。
「折角ですから、貴方には特別に教えて差し上げますよ。この闇の魔法陣は、私が闇の禁忌魔法を基に作り上げたもので、この中にいる者は魔法を発動しても無効化します。尚且つ、魔法陣を所有している者が解除しない限り、脱出は不可能です」
試してみても構いませんよ、と言われ、私は魔法陣の外へと手を伸ばす。が、見えない透明な膜のようなものに当たって、すぐに弾き返された。
見えない檻の中に閉じ込められて、魔法も使えないなんて……流石にマズイのでは……?
魔法陣。それから魔法の無力化。
魔法陣を消すには、どうしたらいい?
消せないなら、どうしたらいいんだ……?
私の頭の中には、とある1つの仮説が浮かんでいた。他に思いつかないのなら、一か八か……やってみるしかないか。
片手を後ろにそっと下げて、ドレスの裾を使ってさりげなく手を隠す。そして逆に、もう片方の腕は思い切り前に突き出して、手のひらに魔力を溜めた。
よし、この魔法陣の中にいても、魔力は溜められる。それを確認すると、私はそのまま魔法を唱えた。
『跳ね飛ばせ 疾風の唸り』
勿論、魔法は発動せずに、魔力だけがふよふよと浮かび上がって、そのまま膜へと吸収されて消えてしまった。
「くだらんな」
「そんな初級の攻撃魔法、何の意味もありませんよ?」
クスクスと笑われるが、元々この魔法は目眩しの為なので、別にどう思われようが構わない。
私はショックを受けたかのように装って項垂れると、そっと後ろに下げていた手の人差し指に魔力を込める。そのまま人差し指だけを魔法陣の模様に触れさせて、ゆっくりと、少しずつ魔力を注ぎ始めた。
後は、時間を稼ぐだけ。
「……私とシェリを、どうするおつもりですか」
シルヴィオ王子は私を一瞥すると、口を開いた。
「何、別に光属性の希少な人間に、乱暴な事をする気なんて更々ない。少しばかり、シェリーナ嬢の記憶を弄らせてもらおうと思ってな」
「記憶を……?」
そもそも精神干渉しようなんて考え、タチが悪すぎるんですけれど。
「俺は光属性持ちのシェリーナ嬢を自分の婚約者において、王位継承権を優位にしたい。ここにいる男は、自分の妹をエタリオルの王妃にさせたい。偶然にも利害が一致してな」
クイッと親指で、ステファニー様のお兄様を指差した。
「こいつの闇魔法の研究は大したものでな。この1〜2年で、従来の闇の禁忌魔法に匹敵するレベルの新魔法を、いくつも生み出したぞ?」
「お褒めにあずかり光栄です。シルヴィオ王子をはじめとする、沢山の方々にご支援をいただいたおかげです」
「いくつもって事は……精神干渉系の他にも、禁忌魔法を作ったって事ですか?」
レベッカ様の手に渡った闇の魔法石、今から行おうとしている記憶を改ざんさせる魔法。それからこの魔法を無力化する魔法陣。これだけでも充分なのに?
「そうだよアリスちゃん。もっと前から騒ぎになった闇魔法の事件、あったでしょ?」
「……っ魔獣出現……!」
うん、と頷くルネ様を私はジッと見つめる。こうしてると、普段と変わらないんだけどな……
そもそもルネ様に関して、私は何だかずっと違和感を覚えているのだが……正直この状況を打破する為に一杯一杯で、そこまで頭が働かないのである。
「あれには俺も驚いたぞ。お前、よく自国であんな危険な検証をやったな」
呆れた様子でシルヴィオ王子が問いかけた。
「私の研究は、国を上げて取り組むべきだと思うのですよ。ご支援いただいているザクナ様からの助言もあって、魔獣出現の魔法陣は、それをアピールさせていただいたつもりなんですがねぇ」
そう言ってこちらを見ると、うっすらと微笑んだ。
この人、なんだ……?
私の目には、その顔がヤケに不気味に映った。
「……おっと、喋りすぎてしまいましたね。本来なら、貴方は全く関係なかったのですが……色々と知ってしまった以上は、貴方の記憶も少々塗り替えさせていただかないとですね」
そう言って、私とシェリの方へと一歩踏み出したところで、ちょうど人差し指から魔力が溢れ出てきた感覚がした。
魔法陣の魔力が満タンになった合図だ。
「塗り替えたのは、こっちが先ですよっと……!」
私はパンッと勢いよく、最後の仕上げに両手を魔法陣にかざす。
すると、黒かった魔法陣の色が、一気に赤みがかったピンク色の、私の魔力の色へと変わった。
よし、ビンゴだ……!
魔法が発動出来なくても、魔力は使える。なら魔法陣ごと私の魔力に塗り替えてしまえば、この魔法陣の所有者は私になると仮定したのだ。
つまり、私の魔力が無効から有効になったということ。
「な、何故……!? 私の魔法陣は完璧なはずなのに……!?」
私は未だ眠っているシェリの前に立ち、手を銃の様に構えて、素早く土魔法を発動させる。
狙うべき箇所は、一点のみだ。
『粉砕せよ 宝石の時戻し』
私の放った魔法は、呆然としていたステファニー様のお兄様の、首に下げていた黒い魔法石に直撃した。そして石はパキリと音を立てて砕け散り、それと同時に魔法陣も、消え去った。
「あ……あぁ……私の、私の魔法陣が……」
そうぼやきながら、ガクッと膝から崩れ落ちる。
「研究は、魔法を受けた側がどのような行動に出るのか、きちんと検証しないと駄目ですよ?」
まぁ今回は、その抜け道があったからこそ成せた技なんですけどね。
私が自分とシェリに防御魔法を掛けたところで、シェリがようやく目を覚ました。
「アリス……?」
「シェリっ! よかった……痛い所とかない!?」
「えぇ……でもこれって、一体どういう状況なの?」
「……正当防衛、中?」
困惑気味なシェリに、私もどう説明したものかと思いつつ、とりあえずえへっと笑うしかなかったのだった。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)