第96話 それは懺悔か告発か
またちょっと行ってくるわね、とシェリはステファニー様と共に、忙しなく飲食ブースから出て行った。食事も1口2口しか食べていないのに……外交、お疲れ様……
「仮面を付けてたって、あの2人は殿下の婚約者候補って事で有名人だし、オーラが滲み出ちゃってるもんな。どこかしこからも引っ張りだこで、大変そうだ」
「しかも今回の夜会での振る舞い方って、王家にチェックされているのよね? 終わるまで緊張も解けないわよねぇ……」
ちょっとゲンナリした様子で、ミレーユは呟いたのだった。
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「──え、シェリですか? あの後こちらには戻って来てないですけど……」
特に踊りたいわけでもない私とラウル君は、ひっそりと気配を消す努力をしつつ、飲食ブースをのんびり堪能していた。サラは私達のそんな様子を見て、爆笑しながらお肉料理をモリモリ食べていた。
ちなみにミレーユは早々にダンスのお声がかかり、ダンスフロアへと嫌々向かいました。断ろうにも、ミレーユも帝国からの留学生としての体裁があるから、どうやら無碍には出来なかったようだ。
「そうですか……」
「シェリとはぐれたんですか?」
「いえ、何だか慌てた様子で、少しだけ抜けるとおっしゃったきり、戻って来ないんです。10分位は経っていると思うのですけれど……」
ステファニー様が心配そうに、会場の出口扉へ視線を向けた。
「なら私、そろそろパウダールームに行ってこようかなと思っていたので、ちょっとその辺りを見て来ますね」
「あの……なら、私も一緒に行ってもいいかしら?」
ステファニー様からもお声が掛かり、私は勿論ですと、連れ立って向かったのだった。
「シェリー? んんん? いないなぁ……」
ひょこっとパウダールームを覗き込むが、誰もいないようだ。賑やかな会場とは打って変わって、シーンと静まり返っており、私の声だけが響いた。
「うーん……入れ違いになっちゃったのかな。それか、具合でも悪くなって、何処かで休んでるか……」
後ろにいるステファニー様を振り返ると、俯いて黙り込んでいた。
「あれ? ステファニー様、どうかされま……」
そう言いかけた私の腕に、突然ガシッとしがみついた。
「ひゃいっ!?」
な、なんでしょう……!?
ひぇっと思いつつも、よくよく見ると私の腕を握る指先が小刻みに震えていた。何かに怯えている……?
そして、今にも消えてしまいそうな、か細い声でこう呟いたのだった。
「アリスティア様、お願いします……兄様を止めてっ……!」
「え? ええっと、兄様って……ステファニー様の、お兄様、ですか?」
何でまた、突然ステファニー様のお兄様の話が出てくるんだろうか?
よく分からないけれど、泣き出してしまったステファニー様の背中をポンポンと撫でながら、私はゆっくりと問い掛けた。
「大丈夫ですから、まずは落ち着いて。それからゆっくり話してみてください。ね?」
そんな私の言葉に、またじんわりと涙を目に溜めると、言葉をつっかえながら語り始めた。
「わ、私が兄様に頼まれて、シェリーナ様をよ、呼び出して、1人にさせたんです。その後の事はっ、僕が代わるから、と、言われていて」
「……!? 何でまた……」
「……兄様は、どうしても私を王家に嫁がせたいという、強い願望があるみたいで。身体の弱い私でも出来る事があるなら、少しでも兄様の期待に応えたい、と心のどこかで思ってしまったのが、事の発端だと思うんです。だからあの夏の王宮舞踏会の日、兄様から頼まれて預かったブレスレットを、レベッカ様に渡してしまった……」
「あれを渡したの、ステファニー様だったんですか……」
ステファニー様は目を伏せながら、私の言葉にコクンと頷いた。
私と出会った時に言っていた、会いたい人ってレベッカ様の事だったのか。
「渡した物がレベッカ様にどんな影響を与えるのか、兄様は私に教えてくれなかったのですが……実技試験で起きた事を後から聞いて、ゾッとしました。運が悪ければ、レベッカ様は怪我をしたり、最悪の場合死んでしまっていたかもしれないのに……」
ステファニー様は、しきりに自身の腕をさすりながら、震えを抑えていた。
「となると……ステファニー様のお兄様は、闇の魔法石を何処かから入手した、という事になるんでしょうか……」
入手経路も気になるところではあるけれど、こればっかりは本人に聞かないと分からないだろう。
「恐らくは……でも、関係があるかは分からないのですが、兄様は学生時代、リバーヘン帝国に留学に行っていた事があるんです。留学から帰ってきた時、凄く興奮した様子でイキイキとされていて……」
『なぁステファニー、聞いてくれ! 特殊魔法は僕が想像していた以上に未知数だったよ……! 研究のしがいがあって、なんて素晴らしい属性なんだろうか……』
「それ以来、兄様は元々研究熱心な人でしたが、更に研究に励むようになりました。……ただ、ここ1年は何だか様子がおかしくて」
「様子がおかしい、ですか?」
「はい。家の地下倉庫で、もっと高度な研究をするからと言って、誰も寄せ付けないようになったんです。私、気になって覗きに行った事があるんですけど、何らかの魔法で空間認識がされないようになっているみたいで、扉を見つける事すら出来ませんでした」
空間認識を阻害する魔法か……それもきっと、闇属性の魔法だろう。そういった類いの魔法は、禁忌魔法な気がしなくもないけれど……
「私は地下倉庫の存在を元々知っていたので、扉がない事に気が付きましたが、知らない人から見たら、恐らく存在自体分からないと思います。それに、レベッカ様の身に起こった事を知って、私思ったんです。兄様は、密かに闇の禁忌魔法の研究をしてるんじゃないかって……」
「ちなみに、お兄様は闇属性持ちではないんですよね?」
「はい。ただ、魔法に関する知識は莫大だと思います」
まさか、帝国が関係しているかもしれないなんて。しかもよりによって、帝国の王子様方が来国している時に。
ステファニー様のお兄様か、それとも帝国の誰かか……黒幕は、一体誰なんだ……?
「でも、こんな事、誰にどう相談したらいいか分からなくて、兄様の事も段々恐ろしくなってきてしまって……シェリーナ様までレベッカ様のような危険に巻き込まれてしまったらと思ったら……もう黙っているのが辛くて、怖くなったんです」
顔をクシャッと歪めて、苦しげに、私に訴えかけた。
「わ、私のせいで、シ、シェリーナ様が、酷い目にあっているかもしれませんっ……!」
「……大丈夫、です。シェリを連れ去って、何をする気なのか……向こうの意図は分からないけれど、きっとまだ間に合います……!」
私はステファニー様を見つめて、キッパリと言い切った。
自分にも言い聞かせるつもりで、わざと、強く。
シェリが酷い目に遭うなんて、そんなの間に合わなきゃ絶対に嫌だ……!
「お兄様は、シェリをパウダールームに呼び出した後、何処へ向かうつもりだったか、何か手掛かりになるような事は話してませんでしたか?」
王宮内のセキュリティは、学園と同じくらい万全だ。ただ話を聞く限り、闇の魔法石を使ってシェリと姿を消すくらいは、容易くやりかねないだろう。
「私にはいつも何も話してくれないので……あ、確か……あのお方と王宮の何処で合流しようかと、呟いているのを聞きました……! だから、その方と合流するまでは、この王宮のどこかにいるんじゃないかと」
考えろ、考えろ私。
闇魔法、それから発した言葉の節々から、何でもいいからヒントを探しだすんだ。
「…………あのお方……?」
ステファニー様のお家は侯爵家だから、そのお兄様がそう呼ぶのなら、そこそこ位の高い人だろう。
「つまり、今日の仮面舞踏会に参加している、侯爵家よりも位の高い人……?」
いつもありがとうございます(*´꒳`*)