第86話 闇に魅せられた令嬢
その後、少し遅れて皆の元へ戻った私は、ニコラ先生の治癒魔法のおかげで、無事に何事もなかったかのように合流出来たのだった。
先生には暫く頭が上がらないので、今度お菓子を作った時は、お礼の差し入れに行こう……! と心に誓った私である。
シェリはフォルト様がここに来ていた事を、フォルト様からも何も聞かされてなかったようで、とても驚いていた。
私はもしかしたら殿下もいるのでは……と、ちょっと疑っていたのだけど、流石にいらっしゃらなかった。公務お疲れ様です。
学園に戻ってから2日ほど経ち、私の頬に付けていたテープも取れた頃、レベッカ様の体調が落ち着いたとの連絡が入った。
あの時現場にいた代表として私に声が掛かり、そこに殿下とフォルト様、エヴァン様が加わって、4人でレベッカ様の部屋を訪問する事になったのだった。
あ、ちなみに目視は出来ていないけれど、多分ニャーさんもいると思われる。となると、実質5人での訪問だ。
「姿が見えなくても、コツを掴んだら視線を感じるのに大分慣れたんですよね」
私が何の気無しにニャーさんへそう告げると、うわぁ……という顔でドン引きされたのには、ちょっと納得がいかないけども。
入室すると、思わず二度見してしまう程、憔悴しきったレベッカ様が目に入った。
確かに自分に起きた事を考えると、ショックは大きいのだろう。普段のあの強気な雰囲気とはまるで違い、覇気のない様子で、ベッドの上で身体を起こしていた。
「大勢で押しかけてすまないね。体調はどうだい?」
「だいぶ落ち着きましたが、本調子とはいかなくて……殿下、皆様、このような格好で申し訳ございません」
殿下の言葉にそう返すと、少し会釈をした。
「いや、構わないよ。今日は森での事を、君の口から直接聞きたくてね。覚えている範囲だけでいいから教えてほしいんだ」
「……嘘だと思われるでしょうけど、私、森の防御壁を抜けた事を、本当に覚えていないんですの」
「同じチームだった女子生徒の証言では、君は制止する声にも無反応だったそうだが……その時の記憶もないのか?」
「ありません。気がついた時には既にマークさん達がいて、魔獣も近くにいて……」
殿下は、そうなのか? という表情で私の方を振り返った。私は、はいと言いながら頷く。
「声を掛けるまで、その時のレベッカ様は何だか心ここに在らず……といった様子でした」
「なるほどね。それじゃあ魔力暴走の件についてだが……暴走したのは、魔獣を視界に入れた瞬間かい?」
「はい。まさか自分が、魔獣のいる森の奥にまで来ていたとは思ってもいなかったので……魔獣に襲われるかもしれないという恐怖から、魔力コントロールが出来なくなりましたわ……」
「あ、あの、私から1つだけ質問をしてもいいですか? ちょっと気になっただけなんですが、あの日レベッカ様が身に付けられていたブレスレットって、ご自分で購入された物なのでしょうか?」
「え? ブレスレット……?」
私の意表を突いた突然の質問に、ちょっと戸惑った様子だった為、私は慌てて補足をする。
「はい。えっと、レベッカ様が普段付けていらっしゃる物と雰囲気が全く違ったので、珍しいな〜と思っただけなんですけど……」
「あぁ……そういう事ね」
私の補足を聞いて納得したレベッカ様は、フルフルと力なく首を横に振った。
「あれは貰い物なのよ。王宮舞踏会の日、確か後ろから声をかけられて……その時に渡されたブレスレットを、実技試験の日には必ず身につけていかないとって思うようになってそれで……」
そんな風に思い出しながら話していたが、レベッカ様は途中でピタリと止まった。
「……? でも可笑しいわ……何で私、そんな怪しい物を簡単に受け取ったり、必ず付けなきゃいけないなんて思っていたのかしら……?」
怯えた様子でギュッと自身の腕を抱きしめる。
「駄目だわ。どんなに考えても、誰から受け取ったのかが、どうしても思い出せない……」と、頭に手を当てて顔を歪めた。
「レベッカ様、一旦考えるのをやめて休みましょう。変な質問をしてしまってすみません」
これ以上は無理に考えさせちゃいけないな。私はレベッカ様の肩にそっと手を添えて、声を掛けた。
「そうだな、色々な事があったショックで、記憶も曖昧な点があるだろう。今日は無理を言ってすまなかったな。ゆっくり身体を休めてくれ」
殿下が声を掛けたのを区切りとして、私たちはパタンと扉を閉めて退出したのだった。
「アリスティア嬢。申し訳ないんだけど、この後まだ時間あるかな? ルグダン嬢の魔力枯渇時の事を詳しく聞きたいんだ」
「あ、はいっ! 分かりました」
エヴァン様にそう頼まれた私は、そのまま皆さんの後をついていき、生徒会室へとお邪魔する運びとなったのだった。
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生徒会室に入室すると、後ろから付いてきていたであろうニャーさんも、サッと姿を現した。
「わざわざごめんね。ここから先はまだ公表前の情報になるから、場所を移動せざるを得なくてね」と、エヴァン様が困ったように微笑んだ。
「私は構いませんが、それって私が聞いてもいいんでしょうか……」
「アリスティアは事件の時から、ルグダン嬢のブレスレットを気にしていただろう? 彼女の魔力暴走を止めてくれたお前にも、知る権利があると思ってな」
そう言って、フォルト様は私にソファーを勧めてくれると、隣に座ってサラリと衝撃の事実を告げたのである。
「さっき話にも挙がったルグダン嬢の持っていたブレスレットだが、付属の宝石から、闇の魔力の痕跡が確認されている。今、宝石は魔法開発研究機構で調査中だが、恐らくは禁忌指定の、闇の服従魔法がかけられていたとの見解だ」
「……っ!? それってつまり……レベッカ様は、闇の魔法石で操られていたって事ですか?」
そうだ、と殿下が頷く。
「彼女の証言の信憑性については難しい所だが……証言が本当だと仮定したら、舞踏会のあの日、闇の魔法石をルグダン嬢に渡した人間がいる。そして森の危険区域への侵入や、ルグダン嬢の魔力暴走を狙って何かしたかった可能性がある」
ステファニー様が私に告げたメッセージ。あれは、レベッカ様の事を予期していたのだろうか。もしそうだとしたら、闇の魔法石を渡したのは、ステファニー様の可能性が高くなる。
……でも、それならそもそも、警告なんて敢えてしないのでは?
わざわざ敵にヒントを与えるようなものだし……
「変な話、ステファニー様が何らかの意図があって、警告してくれたのであれば、私に伝えるよりもそれこそ殿下にとか、もっと適任がいた気がするんですけどね……」
「あの女、時間がないような、急いでる雰囲気があったからなぁ〜」
ニャーさんはそうボヤきながらソファーに寝転んだ。1人で3人掛けのソファーを使うとは、中々いい度胸である。
「ユーグの婚約者候補なんだっけ、そのステファニーとかいう奴。下調べはしたけどよ〜、こうなってくるとお前も直接会って、話を聞いた方がいいんじゃねぇの?」
「ルグダン嬢といい、フィゾー嬢といい……何で俺の婚約者候補は、問題ばかり抱えているんだろうな……」
ハァ、と小さく溜息をついた後、さりげなくシェリに会いたいと、呟いた殿下であった。
……ご心労お察しします、殿下。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)




