第83話 魔力暴走
私とサラ、ルネ様は、逃げてきた女の子たちが来た道を逆走する。森の中を駆け抜けて、ある程度走った所で一度足を止めた。
「女の子の足でなら、大して遠くまでは行けないよねぇ?」
「そ、そうだね……ていうか2人ともっ、風魔法がかかってるにしても速いねっ……」
私は2人とワンテンポ遅れつつも、魔法のおかげで足を止める事なく追いつく事が出来た。
やや息は切れてるけどね……! もし魔法を使っていなかったら、私の足じゃ確実に遅すぎて足手まといになっていた事だろう。
「いや、この魔法かなり便利だな。身体が軽く感じたし、ありがたかったぞ?」
風魔法、羨ましいな。そう言いながら周囲を確認していたサラは、一点を見つめて呟いた。
「少し離れた所に、魔獣が1匹いるぞ。あれは……猪か?」
生い茂った草木の間には、普通の猪と比べて、倍以上の大きさがありそうな魔獣の猪が佇んでいた。私達とはまだ距離があるので、こちらから挑発さえしなければ、突進してくる事はなさそうだ。
「あっ! あそこにいるの……レベッカ様じゃない……?」
魔獣とちょうど対角線上の位置に、どこかぼんやりとした様子のレベッカ様が立ち尽くしていた。
目は虚だし、いつもの強気な雰囲気じゃないって事は分かるけれど、一体どうしちゃったんだろう……?
「レベッカ様!」
「……? 私、どうしてこんな所に……?」
私の声に反応したのか、何かのタイミングが合ったのだろうか、ハッと虚だった目を見開いた。その瞬間、カシャンと小さな音を立てて、レベッカ様の足元に何かが落ちたようだった。
レベッカ様は不安げな表情を浮かべながら周囲を見渡し、魔獣が視野に入ると、カタカタと震え出した。
「……ぁ、な、なんで、魔獣……? イ、イヤァッッッ!!!」
そう叫んだレベッカ様は、ブワッと勢いよく全身に魔力を纏うと、風魔法を暴発させ始めた。
自己防衛からか、風の攻撃魔法を暴発しているようで、風の刃の魔法が四方八方に巻き起こる。
「うわ、マズイな……魔力暴走を起こしてるぞ」
サラは顔を顰めてそう呟いた。
「これじゃあその内、あの攻撃魔法が魔獣にも当たって、暴れ始めちゃうかも。早いとこ止めないとじゃない?」
「なら、2人に魔獣の足止めを任せてもいい? 私はレベッカ様の魔力暴走を、どうにかして止めてくる」
「オッケー。さすがにこれだけ騒げば、魔獣もこっちの存在に気づいちゃったみたいだしね。んじゃやりましょっか、サラ嬢」
ルネ様は景気づけに、パンッと軽く手を叩いた。
「あぁ。足止めなんて言わずに、皆が来る前に戦闘不能にしとこうか。試験で派手な攻撃魔法が使えなかったから、魔力を持て余していたところだ」と、サラもニヤリと笑った。
2人は向きを変えて、猪の魔獣を見据えると、各々魔力を纏い始める。
この2人なら、魔獣相手でもきっと何とかしてくれる。そんな自信が私には不思議とあった。
私は2人に背を向けて、レベッカ様との距離を詰めながら、大声で語りかける。
「レベッカ様! しっかりしてください!」
風魔法は暴走し続け、周囲の木々を、音を立てて切り刻んでいる。
「これだけ魔力を暴発させても止まらないなんて……」
レベッカ様も、魔力量が多いタイプの人だったのか。そんな事を考えていると、私の防御魔法が切れていたのか、はたまたかけ方が甘かったのか、掻い潜ってきた鋭い風が、頬を過った。
ピッと、私の頬に切り傷が付く。
ほんのりと滲みる痛みを感じたが、今は気にしてなんていられない。
「……っ貴方の魔法は、コントロール出来ないその程度の物だったんですか!? レベッカ・ルグダン公爵令嬢!」
「わ、分かってる、分かってるわ! でも、止めようとしても、止められないのよっ……! た、助けて……!」
自身の両手を見つめて、泣き叫ぶレベッカ様。混乱と恐怖で、どうしても自力で魔力を制御する事が出来ないようだった。
あの、いつもの傲慢さとプライドは、どこに置いてきたんですかっ……!
「魔力が足りなくなるまで、風には風で、対抗するしかないか……」
私はバッと手のひらを地面に向けると、魔力を纏うのと同時に言葉を紡ぐ。
風の流れを見極めて、集中。
発する言葉は少ないけれど、静かに、そしてはっきりと呟いた。
『相 殺 せ よ 夕嵐』
私の足元から風が巻き起こり、レベッカ様に向かっていきながら、放たれていた風の刃を相殺していく。
大切なのは、攻撃魔法を相殺する事。同じ威力を維持して上手にぶつける事が出来れば、ゼロになる。
間違っても威力を上げ過ぎて、レベッカ様に当てないようにしないと。私はとにかく魔法のコントロールに集中した。魔力量の多さと根性なら、負けないんですからねっ……!
少し経つと、ようやくレベッカ様の魔力が底を尽きたようで、風魔法の数も威力も、目に見えて減ってきた。
ピタリと風魔法が途切れると、やはり魔力枯渇を起こした様子である。気を失ったのだろう、フラッと膝から崩れ落ちて、そのまま地面に倒れた。
私は慌てて駆け寄って、レベッカ様の元にしゃがみ込んだ。
「息はしてるし、怪我してる様子もなさそう。魔力枯渇で眠っているだけかな…………ん?」
よく見ると、足元にキラッと光る物が落ちている。
何だろうと覗き込むと、そこには砕けかかった黒い宝石が付いた、シンプルな作りのブレスレットが落ちていた。宝石の付いていたであろう箇所の留め具から、ブレスレットのチェーンが千切れている。
「何かレベッカ様の趣味っぽくないなぁ……ていうか、宝石も欠けちゃってる? 落ちた時の衝撃で……?」
私がブレスレットを拾い上げようとした瞬間、後ろから誰かの手が伸びてきて、私の手と重なった。
はて……? と思って振り返ろうとすると、そのまま手をギュッと握り締められた。
「ひぇっ?」
「アリスティア、触ったらダメだ」
「フォルト様……!?」
「それ、効果は切れてると思うけど、危ねぇ物に変わりはねぇな」
私の横から、ニャーさんも覗き込んでそう呟いた。
「ほぉわっ!? ニャーさんもっ!?」
突然の2人の登場に、目を丸くした私なのだった。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)