第82話 夕暮れは何を求めたか
陽が落ちかけて、もう夕暮れ時だ。実技試験が思ったよりも早く終わった私達は、全体集合がかかるまで少しだけ自由時間となった。
「ふぃ〜〜〜」
私は両手を伸ばして、思いっきり伸びをした。
試験が無事終わったことで、張り詰めていた緊張も解けた気がする。ようやくのんびり穏やかな気持ちで森の中を探索できるなぁ。まぁ勿論、安全な区間しか歩かないんだけどね?
「魔獣のいる森の中なんて、普段来れない場所じゃない? だからここに自分がいるのって、なんだか不思議な感じよね」
シェリが辺りを見渡しながら呟いた。
「僕も最初は怖かったですけど……防御壁もあるし、慣れてきたら探索も楽しくなってきました。森の中の生態系も変わっているんでしょうか?」と、ラウル君も木の根元に咲いている花を観察しながら話す。
「…………ん? 何か、防御壁の向こう側から声がしないか?」
サラが向けた視線の先に目を凝らすと、他クラスの女の子が、泣きながらこちらに向かって走ってくる姿が見えた。
転んだのだろうか、擦り傷が所々に見られ、制服は土で汚れている。雰囲気からして、ただならぬ状況だった。
森の中に張られている防御壁は、一定の区間でしか解除が出来ない為、私達はやむ終えず防御壁の向こう側へと入り、逃げてきた子達に駆け寄った。
確か、この子達は……隣の、Bクラスの子だ。
2人は私達に会えた事で気が抜けたのか、ぺたりと地面に力なく座り込んだ。
「貴方達、どうして防御壁の向こう側から来たの……!? 散々危ないから気をつけるようにって、先生方に言われていたじゃない」
ミレーユが困惑した様子で、問い掛かる。
「ち、違うんです……! 同じチームだったレベッカ様が、突然フラフラと防御壁を超えて森の奥へ行ってしまったんですっ! それで、慌てて追いかけたんですけどっ……でも、その先で魔獣が現れてっ、うぅっ……」
「レ、レベッカ様が、まだ魔獣の近くに残っているんですっ! 何か、心ここに在らずみたいな様子で、私達の言う事を全然聞いてくれなくて、一緒に連れて逃げて来る事が出来なくて……!」
2人は涙ながらに悲痛な叫びを洩らした。
「……状況は大体分かったわ。とにかく先生、それから騎士様に伝えに行きましょう。それから貴方達は怪我の応急処置をしないと。魔獣は血の匂いに敏感だから」
シェリの言葉を聞いて、ヒッと、小さく悲鳴をあげる2人である。
「シェリ、光魔法でとりあえず止血だけでもお願い出来るかしら。……全く。試験中だったら近くに先生がいたのに、こんな時に限っていないんだから。ラウル様も怪我をした子に、手を貸してあげてくださるかしら。足元がおぼつかない様子ですし」
「あ、はいっ! 勿論です!」
テキパキと指揮を取るミレーユに圧倒されていた様子のラウル君は、名指しを受け、慌てて返事をした。
そんな中、私はきょろっと辺りを見渡す。
「……ニャーさん、近くにいますよね? 先生の所にたどり着くまで、シェリたちを守ってあげてください」
きっとニャーさんがいるであろう所に向かって、私は小さな声でそう呟いた。
「はいよ。1番近くの、防御壁が解除出来るゲートの所までは俺がこっそり誘導してやんから、安心しろ」
「ありがとうございます」
ニコッと軽く笑うと、心配のなくなった私は魔力を纏った。私は私の出来る事をしないと。
『加速せよ 葉風を纏う者』
フォンと足に魔力がかかり、足が軽くなった事が伝わってきた。よし、成功だ。
「ア、アリス!?」
振り返ると、驚いた表情のシェリが視界に映った。
「もしかしたら私達がこうしている今、レベッカ様は魔獣に襲われているかもしれないよね? だから私、レベッカ様の所へ向かうよ。シェリ達は、その2人を安全な場所まで送り届けて」
風を纏った私は、髪の毛をたなびかせながら、シェリを真っ直ぐ見つめて、神妙な面持ちで告げた。
シェリは少しの間、私と目を合わせていたが、フゥ、と溜息をついて目を伏せた。
「アリス……貴方ってば、本当に優しすぎるのよ……」
「そんな事ないよ? シェリが心配するような事にはならないって。大丈夫大丈夫」と、私はヘラッと笑った。
「もう……」
「それならシェリ、私もアリスに付いていくよ。その場凌ぎの戦力にはなれるから、1人で行くよりかはマシだろ。アリス、私にも風魔法をかけてくれないか?」
「ありがとう……! お願いしますっ!」
私は急いでサラにも、同じ風魔法をかけた。
「なーるほどね? じゃ、俺もアリスちゃん達に付いてくよん。なるべく早く応援呼んでね〜」
ルネ様も、私と同じ風魔法を自らにかける。2人が一緒に行ってくれるなら、すごく心強い。
「勿論よ! 皆、無茶はしないで、気をつけるのよ……!」
ミレーユが悲痛な表情で叫ぶ。その台詞に、私はふとステファニー様の言葉が頭を過った。
「 森に気をつけて 」
気をつけていたけれど、まさかレベッカ様が巻き込まれるなんて、思ってもいなかった。……それに、既に起きてしまった事は、くよくよ考えていても仕方がないよね。
例えそれが、誰かの考えたシナリオ通りだったとしても。何もしなかったら、そんな自分が嫌になる。
「最悪なシナリオは、絶対回避で塗り替えるんだから……!」
私はサラとルネ様と共に、森の奥へと駆け出したのだった。
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「あー、まじかよ、あーさん……そうなってくると、早いとこあーさんの所に戻らないと、フォルトに半殺しにされるのもワンチャンあるぞ……?」
「……っ止血できました! 先生の元へ急ぎましょう!」
シェリの声に我に返ったニャーさんは、プルプルと頭を振った。
「ひとまず、こいつらを無事に送り届けねぇとな。シェリーナ嬢。俺はこのまま姿を隠して、他の奴らには見えないように誘導するから、付いてきてくれ」
シェリは真剣な表情で、コクンと頷く。
「アリスを見習って、私は私の出来ることをやるわ。皆、頼むから無茶だけはしないでね……!」
そう呟きながら、森の奥へと向かった3人を、不安げに振り返ったのだった。
夕暮れ時の森は、仄暗く、ざわめいていた。
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