第57話 絵画の中
気を取り直して、私とニャーさんは報告会の様子を見る事にした。2人並んで、絵画の額縁に手を掛けて覗き込む。
……なんかこれ、刑事もののドラマで見たことあるな? 事情聴取の様子を見れる部屋にいる気分になった、私なのだった。
そもそも侯爵令嬢が、こんな密室空間に男性と2人きりなのも、世間的にどうなのだろうか。そんな事を頭の片隅でちょこっと思ったのだけど、まぁニャーさんにも別に他意はないだろうしな、と気にしない事にした。
大会議室では既に、ローラン先生が椅子から立ち上がり、会が始まろうとしていた。
「今回の首都魔獣出現事件。捕獲された魔獣についてですが、エタリオル魔法研究開発機構との合同調査結果を、ルルクナイツ魔法学園教師兼獣医師の私、コルニュ・ローランより報告させていただきます。まず、仮死状態で捕らえられた魔獣についてですが……仮死状態を解いた後、30分は生存が確認できましたが、その後絶命しました」
報告会の最初を飾った、このローラン先生の爆弾発言に、会議室内は一気に騒つく。
「皆、まずは最後までローラン殿の話を聞こうではないか」
陛下は動じた様子を見せずに、騒つく空気を宥めて先生に話を続けるよう促した。
「ちなみに研究員の方は勿論、私も魔獣の様子観察を行なっている間、攻撃魔法を放つなどの魔獣への危害は加えていません。本当に突然、まるでタイムリミットがあったかのようにピタリと魔獣が動かなくなり、そのまま倒れました」
「ふむ……魔獣が動ける時間が、予め決まっていたのか……」
「はい。そしてここで魔獣の変死について、複数の目撃者の証言にあった『魔獣の目に光がなく、濁ったような感じであった』というのが、鍵になるのではと考えました。何故かというと、この特徴は森で自然発生する魔獣には、未だ見られていない特徴だからです。まだ私達も、変異型の疑いを視野には入れていますが……」
ここで先生は、一度話すのをやめた。話す事を躊躇っているのだろうか。
「これはあくまで仮説になりますが……我々が見た魔獣は、既に死んでいたのではないかと思われます」
私は思わず息を呑んだ。
し、死者蘇生ならぬ、魔獣蘇生……!?
「倒れた魔獣をすぐに確認しましたが、腐敗しており、死後何日も経過している事が見て取れました。我々の見ていた魔獣は、幻影を纏っていた可能性もあります」
皆が驚きや戸惑いに包まれる中、ローラン先生の仮説はまだ続く。
「そう仮説を立てると、魔法陣を使って魔獣を転移させる事も可能かと。魔獣も生き物ですから、怪我を負っていたとか、鎖で拘束されていたなどの行動制限があって、抵抗できずに転移させられたなら分かります。ですが広場に現れた魔獣は、何も外傷や拘束もなかったと聞きます。なんの制限もない魔獣が、人の手で魔法陣に乗せられるとは考え難いのです」
「そうですね。出来たとしても、よほどの高レベルの魔法師が何人もいないと無理な話かと」
外交用の口調でローラン先生と話しているのは、殿下である。こういう時は腹黒感がなくて、すごく真面目そうに見えるな。
「ただ、魔獣の死骸をどの様にして動かしていたのか。恐らく闇魔法だろうとは考えられますが……そういった魔法を禁術の資料の中から探していますが、未だ見つけられておりません。その懸念箇所もあって、まだ確信は持てない現状です。もしくは禁術の中にもない魔法なのか、という事も念頭には入れていますが……」
そう言って、難しい表情のまま、先生は口を閉ざした。
「闇魔法の禁術の中にもない魔法……?」
「……センセーの見解だとそーなってくるかぁ。それって、つまりあーさんと同じ事だぞ?」
私と同じという事は、新魔法……?
「そ、それってもしかして、新魔法を生み出して、死んだ魔獣を操作してた人がいるって事ですか……?」
「多分あのセンセーが言いたい事は、そういうことだろ」
ゾ、ゾンビか……
オバケよりタチ悪いじゃないですかっ……!
「そもそも禁術指定の転移魔法を使ってる時点で大分ヤベェけど、更に闇の新魔法で魔獣の死骸を操るなんて、正気の沙汰じゃねぇぞ。……つーかそんな高度な闇魔法を使う奴、国内にいたかぁ……?」
そう考え込みながら、ニャーさんは首を捻る。
「闇属性持ちの方って、光属性程ではないけれど数少ないんでしたっけ?」
「そ。数えるくらいしか居ねぇから、特殊属性持ちの人間がどこの誰かは、王家が把握してんだよ。だからそんな足のつく様な事する馬鹿、いないハズだけどなぁ」
「なるほど。それに魔法属性の発現確認って、国民に義務付けられているものですし、それをしていないってなると、その時点で違反してますよね。……でも魔法属性があったのに、それをわざわざ隠したりする人っているんですかね?」
そう問い掛けながらニャーさんを見つめると、何故だかゲンナリとした様子で、こちらを見返された。
「あーさんの、その謎に視野の広い発想力、まじ怖。……まず貴族は隠すの無理だろうなぁ。神殿で名簿チェックもされてるだろうし。隠せるとしたら……まぁ、平民か? でもよっぽど孤立してないと無理だろ、村や町の中で誰が受けた受けてないって話にもなるしな」
ふむふむ、と頷く私。普通は無理な話なのか……でも、もしも隠し通している人がいたとしたら、それはそれで怖い話ですよね……
ぴょこっと背伸びをして、再び大会議室の様子を覗くと、フォルト様を発見した。エヴァン様と一緒に扉付近に立ち、待機している様である。あの方達は、夏季休暇というものをキチンと消化出来ているのだろうか……
そんな事を考えながら見つめていると、フォルト様の視線がこちらに向いた。
……んん?
「あれ、気のせいですかね? なんかフォルト様と目が合ったような合わなかったような……」
向こうからは見えないし聞こえないのなら、気のせいですよね、と隣にいるニャーさんの方を向くと、何故かプルプルと震えている。
「げげ……アイツ何か察してんの……? あーさん、ここいらが潮時だわ。ささっと戻るぞ」
「あ、了解ですっ!」
私は、ててっとニャーさんの後をついて行き、絵画の空間から離れたのだった。
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アリスとティーグルがあたふたと絵画から離れていた頃、絵画をじっと見つめていたフォルトに気づいたエヴァンが、どうかしたのかと小声で問い掛ける。
「……いや」
エヴァンはチラリと絵画を見ると、すぐに目線を戻す。
「あそこなら、アイツが来てたんじゃない?」
「まぁ、恐らくな」
「? なんだか煮え切らない返事だねぇ」
そんなフォルトの様子を見て、不思議そうな顔をするエヴァンであった。
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