第49話 騎士と王子と、時々猫
私の言葉があまりにも衝撃的だったのか、ニャーさんはピシリと固まった。
「あ、自己紹介してなかったですよね? 初めまして、アリスティア・マークです」
深々とお辞儀をする私を見て、ハッと起動し始めるニャーさんである。
「えっ、ちょ、何キミ。いや、前も思ったけど変なとこ勘が鋭くね!?」
「どちらかと言うと、鈍いって言われる方が多いんですけどね……?」
「アリスっ! その人……ってあら、貴方は……」
慌てて駆け寄ってきたシェリは、ニャーさんを見ると、ポカンとした。
「うわっ、シェリーナ嬢! 色々ややこしくなるんでっ! ここではちょっと黙っといてください!」
「シェリもニャーさんも顔見知りだったの?」
んん? と私が疑問に思っていると、アワアワとしたニャーさんの後ろに、いつの間にかいい笑顔の悪魔が立ち、ポンっと肩を叩いた。
「な〜にがややこしくなるんだ〜〜〜?」
……殿下降臨ーーー!!!
「殿下っ!」
「シェリ、着くのが遅くなってごめん。ケガはない?」
そう言って殿下は、駆け寄ったシェリをそっと抱きしめた。
「シェリの魔法、遠くから見えたよ。皆と頑張ってくれたんだな」
殿下にそう声を掛けられて、流石のシェリも泣きそうになっていた。
どうやら魔獣は、到着した王宮騎士団の皆様の手によって本物の檻に捕らえられたようだ。しかもよく見ると、フォルト様も騎士団に混ざって、騎士団長の元で指示を仰いでいた。フォルト様も来てたんだ……!
「騎士団の一部が遠征訓練中で、人員が足りなくてね。急遽休みだったフォルトも引っ張り出したよ」
騎士団の流れを見つめながら、殿下が笑顔でそう話す。わぁ、ブラック企業……
「君達もケガはない?」
殿下に心配そうに問われた私達は、大丈夫です、と頷いた。
「よかった。おかげで被害もなく無事に魔獣を捕らえる事が出来たよ。先に国王に代わって礼を言う。本当にありがとう」
殿下は真剣な表情でお礼を告げると、そのまま言葉を続けた。
「ただ本当なら、君達には家に帰ってゆっくり休んでもらいたい所なんだけど……色々と聞かなきゃいけない事があるんだ。申し訳ないが、このまま王宮に来てもらえるかい?」
うむ、それは致し方なしですよね。魔獣発現時の目撃者でもあり、更には街中で魔法を何発も使いましたし……どうか事情聴取で、お咎めがありませんようにと祈ろう。
「あとコイツの事も、アリスティア嬢には説明しないとな」
「え? ニャーさんの事ですか?」
そもそもどちら様ですか、という話である。何で私の事を隠れて見ていたのかもよく分からないし。
「そう。ちょっと色々あるから、まぁ王宮に戻ってからね」
私達があれこれ話している内に、魔獣の件がひと段落ついたのか、フォルト様がこちらにやって来た。
「ユーグ、ひとまず王宮に戻る手筈はついた。騎士団長が、現場の方は騎士団に任せてほしいとおっしゃっている」
「分かった。じゃあ皆、とりあえず王宮に向かおうか」
殿下と話を終え、こちらを向いたフォルト様と目が合った。ツカツカと真っ直ぐ私の所に来たかと思うと、私の両肩に手を置いて、はぁ……とため息をついた。
「……アリスティア、無事でよかった」
フォルト様の、こんなに心配そうな表情を見たのは初めてだった。私は心配をかけてしまって申し訳ない気持ちと、会えて嬉しくて、安心した気持ちでいっぱいになった。
「はい。これでも丈夫なんですよ、私」
えへへ、と笑ったそばから、私はカクンと膝が落ちて、あわや地面に座り込みそうになる。
「大丈夫か?」
慌ててフォルト様が私を支えてくれた。
「あ、あれ……? フォルト様が来てくれたって実感したら、なんだか一気に気が緩みました……」
あの時は無我夢中で魔獣に対峙していたけど、心の奥底では、なんだかんだ恐怖を感じていたのかな。安心したら今頃になって、怖くなってきてしまったのかも。
「どうしましょう……」
「ん?」
「こ、腰が抜けて、1人じゃ立ってられないみたいです……」
私は恥ずかしさのあまり、きっと赤くなっているであろう顔を隠すようにして、フォルト様の服をギュッと握って俯いた。
そんな私の頭上に、フッと影がかかったかと思うと、視界が一気に高くなる。
「ひゃわっ!?」
私は、あっという間にフォルト様の手によって抱き抱えられ、同じ高さの目線になった。
まるで愛しいものを見るかのように目を細めたフォルト様と、パチッと目が合う。私は驚いて、思わず目を見開いた。
「お前は充分頑張った。王宮まで俺が抱えていくから、もう安心していい」
「えぇっ!? や、でも……」
「立てないんだろ? 恥ずかしいなら、顔を隠してるといい」
ほら、と首を傾けて自分の肩を指す。
そこに顔をうずめろとおっしゃるのですか……!?
「ぁぅ……お、重たくて申し訳ないですけど、お願いします……」
おずおずと首に手を回して、ポフッと肩辺りに顔をうずめる。フォルト様の髪の毛が当たって、フワッとシャンプーの香りがした。魔獣の事を思い出して不安になっていた気持ちが、なんだか落ち着いていく。
何故かフォルト様のそばにいると、ドキドキもするけれど、なんだかんだ安心しちゃうから不思議なんだよなぁ……
私はそんな事を思いながら「ありがとうございます」と小さく呟いたのだった。
「うぉっ……!? 何あれ。氷の騎士様とか言われてんの嘘なんじゃねぇの? あんなん激甘じゃん」
「あれはアリスティア嬢にだけだぞ? 普段は氷そのものだ」
ニャーさんと殿下の声が後ろから聞こえたけれど、私は反論する間もなく、フォルト様の手によって迎えの馬車まで連れていかれたのだった。
────────────────
……結局私は、馬車から降りた後も抱えられて、王宮の応接室のソファーにて、ようやく下ろされた。私はちゃんと馬車から降りた所で、もう歩けますと抗議しましたよ、ええ。
「もうやだ、当分王宮歩けない……恥ずかしくて辛い……」
少し遅れて殿下とシェリ、それにニャーさんが応接室に入ってきた。
「あれ、サラとミレーユがいない?」
「コイツの存在は、ちょっと特殊でね? 正体を知ってるのは僕の親しい人間か、王家だけなんだ。アリスティア嬢には今回特別に話す事になるけど、これは国家秘密でもあるから、内密に。ミレーユ嬢にはさすがにまだ教える訳にはいかなくてね。サラ嬢にお願いして、2人は別室にいてもらってるんだ」
なるほど。確かに国家秘密となれば、他国の人に中々教えられる事じゃないですよね。
「さて、あんまり2人を待たせるのも申し訳ないから、簡潔に話すよ。……元々コイツは僕専属の特殊な間諜なんだけど、シェリとアリスティア嬢の護衛を、僕が頼んでいたんだ。気配を消して学園内で護衛をさせてたけど、アリスティア嬢が何度か視線を察知しただろう? もうバレるのも時間の問題だし、近々話そうかと思ってた矢先に、こんな事になったんだ」
そう話すと、殿下はジトッとニャーさんを睨む。
「……シェリに馬車の中で、簡単に事件のあらましは聞いたが、なんでお前は魔獣が発現した時にすぐ対応してないんだよ。こういうアクシデントがあった時の為のお前だろう?」
「いやいや、だってこの子さ、ちょっと黙って見てたらすっごい魔法かましてたんだぜ? 俺が助ける間も無くやるから、ついつい見入っちゃってさぁ」
「ニャーさんっ!? 私はそんなすっごい魔法なんか使ってませんよ!?」
これから私、怒られるかもしれないのだから、話を盛らないでいただきたい……!
「あ、ずっと言いたかったんだけど俺、猫じゃねぇからな!? ある意味猫っちゃ猫だけど、虎なの! ティーグルって名前あるから!」
「お前、名前まで自分からバラしてるのか。ほんとに間諜か……?」
「あぁぁっ!?」
フォルト様の呆れた様子のツッコミに、ハッとして頭を抱えて項垂れるニャーさんもとい、ティーグル様である。
この人意外と面白いな……
私は様子を眺めながら、そんな事を思っていたのだった。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)