第47話 それは突然に
首都観光の本日は、すっかり快晴だ。ちょっと暑いけれど雨じゃなくてよかった。
まずはサン=エピナル大聖堂の見学に。私達は足取り軽く馬車を降りる。休暇なので、今日は皆ご令嬢スタイルである。制服を着なれていると、ドレスが如何に動き辛いかを実感するなぁ……
「わぁ……実物は、本当に凄い迫力なのね」
大聖堂を間近で見上げたミレーユは、驚いた様子でそう呟く。
「中も綺麗だよ〜? 早く入ろう!」
私はミレーユの手を引いて、大聖堂の中へと足を運んだ。大聖堂の中心部分は、高さ40m以上あるとされ、柱の彫刻も1つ1つが丁寧で、重厚な造りである。窓には美しく繊細なステンドグラスが多数並び、沢山の光が大聖堂内に降り注いで、キラキラとしていた。
「いつ来ても、ここは素敵な空間だわ」
シェリは祭壇を見上げて微笑むと、そっと祈りを捧げる。私たちもシェリに続いて、静かに祈りを捧げたのだった。
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「ここがメインストリートの、アンジェリッカ通りです! 混まない内に早めのお昼として、噂のカフェに行くのはどうでしょう!」
私はハイッと手を挙げて、意気揚々に提案した。
「確かに。人気店だから、その方がいい気がするな」
お昼前だというのに、やっぱり店内は既に大分混み合っていた。私たちは何とかギリギリ、さほど待たずに席に着けたのだった。
……ランチも美味しかったけれど、食後のオリジナルケーキが楽しみすぎる。運ばれてきたケーキを見た私は「これ、前世で見た事あるけど、なんていうケーキだったっけ?」と、考えを巡らせていた。
「こちらが、当店のオリジナルケーキ【シャルロット】でございます」
店員のお姉さんが切り分けながら、ニコニコと説明をしてくれる。
「あ、そうそうシャルロットだ……」
お店の名前もシャロンだし、照らし合わせたかの様で、何だか面白い。ケーキの上の部分は数種類のベリーと、ホイップクリームで可愛く飾られている。フワフワのビスキュイで囲った苺のムースは優しい味わいで、全然くどくなかった。皆、美味しさに驚いて、ひたすら無心で食べていたのは言うまでもない。
美味しいランチとデザートを食べ終えた私達は、アンジェリッカ通りを巡りながら、ショッピングをする事にした。ブティックや、可愛い小物雑貨店などを見て回る。ミレーユとサラは実家にお土産を購入していた。
「あ、可愛いバレッタがいっぱい売ってる」
とあるアクセサリー店で、私はバレッタのコーナーを眺める。デザインも多種多様で、シンプルだけど手が込んでいて可愛い。どれどれ、と皆も手に取って眺め始めた。
「そうだ。これ、今日の思い出にお揃いで買わない? 値段も控えめだし……どうかしら?」
シェリの提案に、皆いいね、と頷く。
「派手じゃないから学園でも付けていられるしな」
「じゃあ、折角なら天然石の付いてるやつにしましょうよ。魔法石が上手く作れるようになったら、自分達でこれに魔力を込めたらいいと思うわ」
「ミレーユ天才っ……! 皆、何色にする?」
これなら魔法石学の勉強にも更に力が入るなぁ。
「分かりやすく、自分の目の色にするか? ちょうど皆違う事だし」
サラのその案を採用し、私がピンク、シェリが紫、サラが黒、ミレーユが水色の天然石が付いた物を選んだ。
私としては、サラと言えば赤のイメージだったので、それを推したのだけど、「それだと髪と一体化してバレッタが映えないだろ?」と笑われた。
確かにそうだけど、何だか解せぬ。
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「さてと……一通り巡った事だし、迎えの馬車が来るまで、広場でちょっと休憩しましょうか」
アンジェリッカ通りを抜けた先には、大きな広場があり、休憩スポットとしても割と有名だ。ベンチも沢山あるし、時計台もあるから待ち合わせにも便利なんだよね。
私達は広場内にあるフードスタンドで購入したテイクアウトのドリンクを片手に、ベンチに座ってお喋りをしていた。
その時だった。
……ボォォォォ…………
何処からか、地鳴りのような鈍い音が聞こえた。
「何の音だろう……?」
私達はベンチから立ち上がって、周囲を見渡す。
すると突然、広場のちょうど真ん中の辺りに、黒く光る大きな魔法陣が出現した。あれは何だ、と言う声があちらこちらから聞こえる。
私はその禍々しい魔法陣を見て、何だか胸騒ぎがした。
「ね、何か……あの魔法陣、嫌な感じがする……」
私が不安気に言うと、サラがハッとする。
「……っ皆、離れた方がいい!」
「「皆さん、危険です!! 離れてくださいっ!!」」
サラの厳しい声色を聞いたシェリとミレーユは、周囲にいる人たちに、そう声をかけて離れるよう促す。
得体の知れない魔法陣を見た人々は皆、戦々恐々の様子で、魔法陣から慌てて離れる。休暇中だからか広場内は人が多く、混乱も相まって避難には時間がかかっていた。
「…………グルルァァァッ!!!!」
魔法陣から出現したのは、まだ教科書でしか見た事のない、魔獣だった。
全身が黒く、濃い紫色の様な障気を身体全体から漂わせている。魔獣は様々な形をしていると聞くが、現れたのは虎のような個体であった。目つきは鋭く、光りのない濁った目でこちらを見ている。
少し離れた所から、人々の悲鳴が聞こえる。幸か不幸か、魔獣の近くで対峙しているのは私とサラだけになっていた。しかもサラは、私を魔獣から隠すようにして、前に立ってくれている。
「サラ……」
「くそっ……こんな時に剣がないなんて……」
ドレスで来るんじゃなかったな、とサラがボヤく。その後ろで私は、防衛本能からか無意識に魔力を発動させていた。
「……ここは先手必勝?」
私はポツリと呟く。迷ってる暇なんてないのかも。
「……アリス?」
街中を、魔獣の好きにはさせない。
私はサラの後ろからパッと前に出ると、両手を伸ばして突き出した。獣相手ならスピード勝負だ……魔獣を見つめて、スッと目線を定める。
隣でサラが息を呑んだ音が聞こえた気がしたが、私はもう、魔獣から瞳を逸らさなかった。
不思議と、私の視界はいつもよりも鮮明で。
自然と言葉が溢れてくる。
『汝、我の言霊となりて、魔法を紡がん』
『創造強化! 土壁職人』
パァッと地面が光りながら魔獣の四方を囲い、強度のある土壁が、一気に魔獣を覆った。中から魔獣の叫び声が聞こえてくる。よし、とりあえず時間稼ぎは出来た……はず。
私は瞼を伏せて、ふぅ、と息を吐いた……のだけども。
「……あれ? これってもしかして、魔法無断使用では……?」
この緊急事態中に、余計な事を思い出してしまった私は目をパチパチと瞬かせた。
これ、叱られ案件だったりするのでは……?
いつもありがとうございます(*´꒳`*)