第42話 美形には敵いません!
「この空間、青春って感じで居づらいわねぇ〜……」
私達のこの件を側で見ていたニコラ先生は、ぶつくさと文句を言っていた。
「シェリーナちゃんのクッキーは貰えそうにないから、アンタの頂戴な」
「あ、はい。どうぞ〜」
私は先生にお皿を差し出した。
「……そういえば。さっき話してて思い出したけど、最近猫とやらは見かけるの?」
ん、美味しいじゃない、とニコラ先生が話しながらクッキーをサクッとかじる。
「ありがとうございます。いや、それが全然なんです。今度からその猫の事をニャーさんって呼ぼうってシェリと話したっきり、全く見かけなくなりました」
あれ以来視線を感じる事がなくなったので、先生に聞かれるまでニャーさんの存在をすっかり忘れていた。
「えぇ……? ニャーさんって……アンタ本当変わってるわよね。まぁ、変な視線を感じなくなったならよかったじゃない」
ですよねぇ、と私は先生の言葉に頷いた。
「ニャーさん……?」
殿下が訝しげな様子で、私の言葉を拾って繰り返した。いや、まぁ確かに可笑しい単語ではあるけれど。
「アリス、入学してから何回か猫みたいな視線を感じるって話してたんです。でも、毎回探そうとしても姿が見つからないから、アリスがもうニャーさんって呼ぶ事にするって言い出して」
殿下の疑問を、私の代わりにシェリが答えてくれた。
「ふーん……猫の視線、ねぇ……?」
殿下が何とも意味深に、チラッと私の方を見た。
「えっ、な、何ですか?」
思わずピシッと姿勢を正す私。
「……いや? 何でもないよ。もし姿を見かけたら、今度は僕にも教えてね」
「ぇぇ……? わ、分かりました……?」
何で? 殿下も猫好きとか?
結局よく分からず、頭にハテナマークが浮かんだ私。思わずシェリと顔を見合わせて、小首を傾げるのだった。
────────────────
保健室を出てから、私は包んだクッキーをフォルト様に渡すタイミングを見計らっていた。
殿下と先を歩くシェリには、フォルト様にクッキーを渡すから、途中でちょっと離れるねと伝えておいたので問題ないだろう。シェリも殿下に、無事渡せますように。
よし、寮に戻る途中の何処かで、フォルト様を引き留めようと、意気込む私である。
……でも人目に付く場所で渡して、もし噂にでもなったら迷惑がかかるし、申し訳ないな……と、歩きながら悶々と悩むのであった。
そうしている内に、本棟の玄関(出入口)近くに来た所で、丁度まがり角になっている場所を見つけた私は、フォルト様の袖をちょいちょいと引っぱった。
日もすっかり暮れて、廊下は人気もなさそうだ。
「あのですね、さっきと同じ物ではあるんですけど……きちんとお礼として渡したくて」
可愛く包んだクッキーの小さな袋を、フォルト様にどうぞ、と手渡した。
さっきも食べてもらったし、迷惑かも……と少し悩んだのだけど、ラッピングも頑張ったのでどうしても渡したかったのである。
「わざわざ分けておいてくれてたのか」
フォルト様は、私からクッキーの袋を受け取ると、まじまじと見つめていた。
「だって、本来フォルト様の為に作った物ですから。練習に付き合っていただき、ありがとうございました」
ふぅ、やっときちんとお礼が言えた。
私は自然と笑みが溢れた。まぁクッキー自体は、先に保健室でお披露目になったけどそれでもいいや。
「ふぅん……でもこれじゃ、俺の方がお礼を貰いすぎじゃないか?」
そう言うと、フォルト様は突然ずいっと距離を詰めてきた。
「っ!?」
あ、これはマズイ。私の脳内で危険信号が点滅している。
「いいいいいやっ? そんな事全くありませんよ!?」
私はそう言いながら後ずさりをするも、すぐに距離を詰められる。ぴぇ……背が高い人は歩幅も広いんですね……?
「ちょ、ふぉ、フォルト様? あのっ、殿下みたいな(黒い)微笑みで近づいて来ないでい、いたっ、いただけると!」
ち、近いっ……!
段々テンパってきた私である。あぁ、からかわれているんですね、私……!
私は迫ってきたフォルト様を、えいえいと両手で押し返すのだけど、全く歯が立たない。くっ……それならばと、てしてし胸を叩くのだが、フォルト様の身体には全くもってノーダメージなのであった。
顔を赤くして、ちょっと怒ったように私が見上げると、フォルト様はそれはそれはとてもいい笑顔で、私を見下ろしていた。
「なっ……!?」
こ、この人普段は全然笑わない氷の騎士様なのに、何でこんな時に、そんな甘い顔してらっしゃるのっ……!?
私の心臓はちょっと爆発寸前である。直視出来ず、慌てて顔を俯ける。
「お菓子のお礼は、休暇中に実技試験の為の特訓ってところだな」
「ん? ……えっ!?」
夏季休暇中も特訓に付き合ってくださるの……!?
頭上から聞こえた発言に驚いて、私は折角俯けた顔を、パッと上げた。
その拍子に、またフォルト様と至近距離で目が合う。真っ直ぐに見つめられて、今度はなんだか私は目が逸らせなかった。
「返事は?」
氷の騎士様に、こんな近くで見つめられて、嫌だなんて言える人がいるなら教えてほしいものだ。
「……ぁい」
私はやっとの思いで返事をすると、キャパシティーオーバーで、ぽふっとフォルト様にそのまま寄りかかったのだった。うぅ……もう既に、正常な判断は出来ていなかった私なのである……
あ、これは不可抗力なんで許してください、氷の騎士様ファンクラブの皆様。すぐ我に返って離れましたので……
いつもありがとうございます(*´꒳`*)