第41話 ときめく侯爵令嬢
私達が保健室に到着し、カラッと扉を開けると、シェリはニコラ先生に診てもらっている所だったようだ。
「あらあら、アンタ達まで来たの?」
「一緒に魔法の練習をしてたんですよ。殿下とシェリ、荷物を置いて行っちゃったので、慌てて追いかけてきました」
私が事の顛末を話すと、殿下はちょっとバツが悪そうな顔をして、私達からスッと目を逸らしていた。
「やだぁ〜殿下も心配性よねぇ。このくらいの魔力疲労なら、その内慣れるわ。今はまだ覚えたての1年ですもの、疲れちゃうのは当然よ」
それはよかった。私は先生の言葉にホッと胸を撫で下ろす。シェリの体調が第一だからね……!
「ほらほら、お茶入れるから、ひとまずソファーに座って休憩しなさいな」
「あ、じゃあお茶の準備手伝います! 今日はちょうどいい物を持ってきてるので……! ね、シェリ!」
私がアイコンタクトを送ると、シェリもそうだった! と思い出した様子で、コクコクと頷いたのだった。
えへへ、殿下とフォルト様へのサプライズにちょうどよかったかも。
私は手伝おうとするシェリに、ソファーで休んでいてねと声を掛け、クッキーの袋が入っている鞄を持ち、ててっとニコラ先生の後をついていった。
「それで、いい物ってなぁに?」
先生は紅茶を注ぎながら、私に問いかけた。
「じゃじゃん! これです!」
私は鞄の中から、紙袋に入ったクッキーを意気揚々に取り出した。沢山焼けたので余った分は後で食べようと、シェリのクッキーも一緒に、まとめていたのだ。ちなみにフォルト様に渡す分は、これとは別に分けて、可愛くラッピング済みである。
「あら、美味しそうじゃない」
「フォルト様に、魔法の練習に付き合ってもらっているお礼で作ったんです。シェリも殿下にあげるつもりで、頑張って作ったんですよ! はぁ……あの2つ結びで、白いフリフリエプロンを着たレアなシェリ、殿下にも見せてあげたかったですねぇ……」
私があまりにも楽しそうに、目をキラキラさせて夢中で喋っていたからか、ニコラ先生はプハッと吹き出した。
「アンタは表情がコロコロ変わって忙しい子ねぇ。じゃあ、その頑張ったクッキーを早く持っていって、あのお坊っちゃん2人を驚かせましょ」
「はいっ!」
先生からお皿を受け取り、なるべく綺麗に見えるようにと考えながら、ちょいちょいとクッキーを並べていく。
「……ってあれ? そういえば先生。あのキラキラな男子2人を見ても、ルネ様の時みたいに暴走しないんですね?」
先生は一瞬キョトンとした様子だったが、ふふっと笑うと、私の頭を指先でツンッと弾いた。
「猫の事といい、普段ぽわぽわしてるのに、変なところでカンが鋭いのは、中々のギャップだわぁ。……ここだけの話だけど、あのお坊っちゃん達とは昔からの知り合いなのよ。あの子達が小さい頃から見てるから、もう目が慣れちゃったの」
これは内緒だからね? と、先生はウィンクした。
へぇ〜……という事は先生って、実は高位貴族の方なのかな。でも王宮での祭事とかで、先生をお見かけした事あったっけ? というか、それはさておき……
「せんせぇ、地味に痛いんですけど……」
うぅ……デコピンならぬ、頭ピン痛い。私は頭を押さえながらそう訴えたのだった。なぜに怒られたレベルで頭を小突かれたんだ私は……解せぬ。
「お待たせしました〜」
私はシェリが作った紅茶クッキーと、自分のナッツココアクッキーを、一応別々のお皿に並べておいた。殿下はシェリお手製のクッキーだと分かれば、それだけを食べたくなるだろうからね。ふふ、私は空気の読める令嬢なのだ……
「このクッキー、ひと味違いますよ!」
「是非召し上がってみてください」
シェリもニコニコしながら殿下に勧めた。
「……? では頂くが……」
勧められるがままに、殿下はヒョイと紅茶クッキーを手に取り、1口食べた。
「うん。甘さ控えめで美味しいな」
殿下の感想に、シェリはパァッと嬉しそうな表情を浮かべていた。
「あ、なるほど。だからシェリは作る時に、甘さ控えめにしたいって言ってたんだ」
「え?」
「あ」
……また思ってた事が、口から勝手に出てたー!
私は慌てて口を押さえたけれど、もう遅いのは誰の目から見ても明らかである。
「これ……シェリが作ってくれたのか?」
「はい。アリスに手伝ってもらったので、美味しく出来たとは思うのですが……」
「すごく美味しいよ。ありがとう。……嬉しいな」
殿下はえらく感激した様子で、笑顔を浮かべながら、そっとシェリのクッキーが乗っているお皿を、自分の手元に引き寄せていた。
「……誰も取らないから安心しろ」
フォルト様は、そんな殿下を呆れたように見つめながら、そう告げたのだった。
まぁ何はともあれ、殿下が思った以上に喜んでいたので、シェリとしては大成功だろう。幸せそうな2人を見てると、手伝ってよかったなぁと、こちらまで嬉しくなったのである。
「アリスティア、ありがとうな」
「えっ!? どうしたんですか、急に」
「こっちはアリスティアの手作りだろう? 前に言っていたお礼じゃないのか?」
フォルト様はフッとしたり顔で笑うと、そう言ってもう一方のお皿を指差した。
「なんだぁ……サプライズにしようと思ったのに、バレバレでしたね……」
やっぱりフォルト様の観察眼は騙せなかったか……私はクッキーを1枚手に取って見つめながら、ちぇっとボヤいた。
「最近食べれてなかったから、俺は嬉しいぞ?」
フォルト様は、私が持っていたクッキーをヒョイと取ると、それをサクサクと食べ始めた。
「な、ななななんでお皿から取らないんですかっ!?」
「うん? いつも通り、俺好みの甘いココア味だ」
私の動揺なんてお構い無しに、ペロッと親指についたクッキーのカケラを舐めると、こっちを見て、そう満足げに言ったのだった。
「キッ……キラキラ男子がそういう事するのは、反則ですぅっ……!」
思わず頬を赤らめて、うぐぅ……と、ときめいてしまった私なのだった。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)