第40話 恋する公爵令嬢
「シェリ。まずは、初級の治癒じゃないものから試した方がいい」
「はい」
防御壁の前に立ったシェリは、殿下からの助言にコクンと頷くと、前に伸ばした指先に、魔力を込めた。
『道を灯して 淡い光よ』
すると、シェリの人差し指の指先がポゥッと優しく光り、指がさす方向へ光を放ち続けた。すごい、光の道筋みたいだ。
少しして、スッとシェリは指先に込めた魔力を切り、光を消した。
「どう? 魔力量は大丈夫?」
「まだ大丈夫みたい。治癒魔法の初級も試したいのだけど、どうかしら……」
「あんまり無理はしてほしくないのだけど……」
魔力の感覚を確かめるように、自身の手を見つめるシェリ。そんなシェリを見ながら、殿下は少し困ったように微笑んだ。
うむ、私も殿下と同意見だ。そんなに一気にやって、大丈夫なんだろうか……
「でも私、このままの状態じゃ、ずっと前に進めないままだわ……いざという時に治癒魔法が使えなくて、誰かを助けられなかったなんて後悔はしたくないの……」
一連の様子を静かに見守っていたフォルト様が口を開いた。
「……本人の気持ちが第一だ。やる気があるなら、やれる時にやった方がいい。それに俺たちがいるからシェリのフォローは問題ないだろう」
うぐ……確かにフォルト様の言う通りだ。いずれ試さなきゃいけない事なら、せめて私たちがいる所でやってもらいたい。
「確かにそうだな。でもこれだけは約束してくれ、倒れる限界まで治癒魔法を試さない事。いいね?」
「はい。無理はしません」
シェリは真剣な表情の殿下を見つめ返して、しっかりと頷いたのだった。
「そういえば治癒魔法の初級って、軽い傷を治す効果があるんですよね? 外傷以外にも効く魔法って他にもあるんですか?」
私のふと思った疑問を、隣にいたフォルト様が答えてくれた。
「完治は出来ないが、内部の症状緩和だな。捻挫をした足の痛みを一時的に減らしたり、喉の痛みを緩和させるとかだ。あくまで一時的なもので、根本が治る魔法ではない故、初級魔法にも低度のものがあるらしい」
「なるほど……解説ありがとうございます。貴重な治癒魔法を使うなら、折角ですし誰かにって思ったんですよね。シェリならきっと成功させてくれると思うし……」
ふむ、とフォルト様は顎に手を当てて一考している様子である。
「……アリスティアの言う事も一理あるな。怪我は生憎としてないから、ユーグの肩凝りでも緩和してもらうか?」
あ、殿下も魔獣事件のあれこれで、最近大変ですもんね……お疲れ様です。
「それこそ折角の治癒魔法を、僕の肩凝りに使うってどうなんだ……?」
「じゃあ、殿下にかけさせていただきますね」
殿下はあまり納得がいってないみたいだけども、シェリが割と乗り気な様子である。失礼します、と殿下の肩の上に手をかざすと、そっと治癒魔法を発した。
『囁きたまえ 癒しの歌声』
先程と同様に、手から淡い光りがポゥッと放たれ、殿下の肩にゆっくりと吸い込まれて消えていった。
治癒魔法はしっかりと殿下の肩にだけかかっていたが、なんだが光魔法を見ていると心が安らぐような。不思議とそんな気持ちになれた気がした。
そしてキラキラの残像。これが話しに聞いていた効果かな。うん、確かに綺麗ではあるけど、何か効能があってもよいのに勿体ないなぁ……なんて思ったり。
「というかこれ、せ、成功なんでしょうか?」
「ユーグ、どうなんだ?」
殿下はポカンとした様子で、私とフォルト様の問い掛けが耳に入っていないようだった。暫くの間、無意識に肩を軽く回していたが「……嘘みたいに肩が軽くなっている」と、呟いた。
「よかったです……!」
シェリは治癒魔法が成功した事に安堵し、喜びを噛み締めているようだった。が、表情には少し疲労が見え隠れしていた。
「シェリ、ちょっと休んで?」
私は側に駆け寄り、椅子に座るよう勧める。
「ありがとう、慣れてないだけで大丈夫よ」
「でも無理しちゃダメだよ。その様子じゃ、結構魔力を使ったんじゃない?」
ですよね? と、私はフォルト様を見上げた。
「恐らくだが、まだ光魔法の魔力制御が足りてない。ユーグの回復の度合いを見ても、初級以上の魔力が働いている気がする」
あ……それってもしかして……?
フォルト様の分析結果を聞いて、私は何となくピンときた。
「シェリ……もしかして無意識に、治してあげたいって強く思いながら、魔法発動させたんじゃない……?」
「……!」
私の発言に、シェリは目を見開き、瞬く間に顔を赤らめた。
「そ、そうかもしれないわ……気をつけないと……」
両手で頬を押さえると、そうしどろもどろに話している。わぁ、可愛いが大渋滞してる……好きな人の為に、頑張っちゃったんだね。
「……シェリ、一応保健室に行って、状態を診てもらおう」
殿下はヒョイと、軽々シェリをお姫様抱っこした。
「えっ、で、殿下!?」
シェリも驚きを隠せずに声を上げるが、殿下は有無も言わさず、スタスタと練習室を出て行ったのであった。
……呆気に取られている内に、練習室に残された私とフォルト様である。
「殿下って結構強引……というか、あれって照れてるんですかね?」
「普段は人当たりのいい王子なんだが、シェリの事になるとな……照れもあるだろうが、あれは複雑な感情が入り混じっていそうで、面倒だ」
出て行った2人を暫く見送っていたが、荷物が置きっぱなしである事に気づいた私達は、結局保健室へと向かう事になったのである。
あれ、クッキー……いつ渡したらいいんだろう。
渡すタイミングがイマイチ掴めずにいる私は、シェリもきっと今、それどころじゃないんだろうなぁ……と考えるのだった。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)