第38話 初めての魔法石学
「はぁ〜……楽しみだなぁ……」
教室に戻ってきた私は、早めに自分の席に座ってソワソワとしていた。クラスの皆もどうやら私と同じようで、初めての魔法石学に興味津々な様子だった。
「魔法石学の先生って、どんな方なんですかね?」
前の席のラウル君が、後ろを振り返って私に話しかけてきた。
「う〜ん……確か女の人で、研究熱心な人だって聞いた事はあるけど……」
研究者気質ってなると、魔法薬学のローラン先生みたいに暴走する可能性もまぁ無きにしも非ずだよね……そう考えると、ちょっと構えてしまう私なのだった。
ラウル君とお喋りをしていると、その内に始業のチャイムが鳴った。それから少し経った頃、廊下からパタパタと慌てた様子の足音が聞こえた。
魔法石学の先生かな? と思っていると教室の扉が、ガラッと勢いよく開いたのだった。
「す、すみません。研究データのまとまりが悪くて、色々試行錯誤してましたら遅れましたっ。魔法石学担当のリュシー・アベエールです。よろしくお願いします」
てへへ、と先生は頭を軽く下げて、謝った。
あれ、思ってたより若い先生だ。長い髪の毛を2つのおさげにまとめてあり、裾が長めの白衣を羽織っている先生は、見た感じ20代前半位かな……?
「それではさっそく授業を始めますね。魔法石という物を、皆さんは使用した事がありますか? 今日は魔法石の中でも、代表的な生活用具である「灯石」を実際に持ってきましたので、前の席から順番に回してください。見た事がない人は是非使ってみて下さい。スイッチはこの下の部分ですね。ここを右に引けば点灯します。消したい時は左に戻せば大丈夫です」
リュシー先生はそう話すと、灯石が中に組み込まれている手持ちランタンを、1番前の席の子に手渡した。
アンティーク調の装飾がされたランタン、可愛い。クラスの大半の子は魔法石に触った事があるだろうけれど、皆お洒落なランタンに興味津々のようだった。
「魔法石の制作方法は、わりとシンプルです。自然から採れる天然石や宝石に魔法をかけます。成功すると石は一定期間、その魔法の効果を発揮する事が出来ます。ですが、石と魔法の相性や、石そのものの限度がありますので、それを見極めて見合った魔力量、魔法の種類を選ばなくてはいけません。そこが制作において難しい点ですね。これを読み誤ると、石は砕けてしまい、失敗となります」
「そう……高価な宝石も……見事にバラバラになります……」と、言いながら先生は遠い目をしていた。
あ、先生もお高いやつで失敗をなさった事があるんですね……ドンマイです……
「……そもそも、魔法石になれる魔法はとても少ないんです。研究が続けられていますが、教科書に載っている表を見てもらうと分かる通りかと。つまり、強力な魔法を使えるようにと思って、大量の魔力を注いでも、魔力に耐えきれず、壊れてしまう石がほとんどなのです。好きな魔法で魔法石を作れる訳ではない事を、まずは前提として覚えておいてくださいね」
そう話すと、先生は気を取り直した様子で微笑んだ。
「では次のページを見てください。魔法石の研究や開発は、今も盛んに続けられています。近年では研究によって、便利な魔法石が色々と生み出されてきましたね?」
うんうんと、私たちは先生の言葉に頷いた。特に高位貴族の人たちは経済的にも、今までに色んな魔法石に触れる機会があったと思う。
「最近の物で例に挙げるなら、「防音石」でしょうか。あれは音を遮断する上級風魔法を使った物ですね。あとはさっき皆さんに回しました、昔から使われている「灯石」も有名ですね。火・水・風魔法のどれか1つで、尚且つ少量の魔力であかりが灯せるので、とても便利です。室内での火事の心配も減ったと思います」
私も灯石考えた人って、本当にすごいと思う。つまりは前世でいう火力発電、水力発電、風力発電を、魔法に置き変えたって事だもんね……天才か、もしくは私みたいな前世持ちだったのかな。
「あとは魔法石の流通状況について、でしょうか。これは長年の悩みの1つでもありますが……魔法石の成功率も決して高い訳ではないので、必然的に高価な物が多いです。生活に根付いてきた灯石などは、小さな天然石と少量の魔法で、比較的安価に出来る物なので、下町でも普通に使われるようにはなってきたんですけれどね。魔法石ごとの毎年の価格変動を、教科書のグラフ表を見て、確認してみてください」
魔法石学の勉強って、ただ魔法石を作る事だけじゃなくて、流通状況を調べたり、石と魔法のコストパフォーマンスを考えたり、結構難しい。
ペラッと教科書の表を見ると、細かな表には数字がギッチリと並んでいた。あ、これサラは終わったな……
私は前世のイメージで、勝手に魔法石学は技術と図工が混ざったような授業だと思っていたので「これは数字やデータを使う系の授業だ……!」と、慌てて気を引き締めたのだった。
「さて、1年生の授業では、主に魔法石学の基礎をメインに、カリキュラムを組んであります。試験では、比較的簡単な魔法石を作って、提出してもらう事になるかなと思います。といっても、今から取り組んで、すぐに出来るものではないので、まずは石と魔法の組み合わせの勉強からですね」
先生はそう話すと、おもむろに板書を始める。私たちは急いで板書を追いながら、ノートを取り始めたのであった。
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ようやく授業が終わり、私はサラじゃないけれど、書き取りの量の多さに、ちょっとグッタリした。
「さすがに疲れたぁ……」
「アリス様、大丈夫ですか?」
「大丈夫、頭使ってお腹が空いただけ……」
心配そうなラウル君に、私はふにゃっと笑い、気力で返した。
研究者の方が自分の専門分野を語り出すと、集中力が尋常じゃないって事を、思い知らされました……
そんな私を見て心配したミレーユが、わざわざこっちに来てキャンディをくれた。ありがとう。
「んん。ピーチキャンディ、おいひい」
私はころころと口の中でキャンディを転がし、甘い物は正義だ……と思いながら、ふふっと自然と顔が綻んだ。
「「……うっ!」」
「うん?」
教室の何処かから、苦しそうな声が聞こえたけど、どうしたんだろう。声の聞こえた方へ顔を向けると、胸を押さえて赤くなっている男子が数名いた。
「……アリスは鈍感なところも、可愛くて推せるわ……!」
「な、何が?」
ミレーユの謎発言を不思議がる私なのだった。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)