第29話 憩いの場 2
私たち2人と1匹は、鳥たちのいる区域に向かった。ガラス越しに様子を見させてもらうと、ラウル君が保護した鳥は、すっかり元気そうに羽を広げて、自由に飛び回っていた。
「この子は自然に帰すの?」
私は小鳥の飛んだ方向を見つめながら、ラウル君に尋ねてみた。
「それが……この前一度外に放したんですけど、また戻ってきちゃったんです……」と、困ったように微笑んだ。
あらら、もうすっかりラウル君に懐いちゃったのかな。
「もうすっかり飼育場を住処だと思ってるみたいで。僕の方からまた先生にお願いして、ひとまず僕が卒業するまでは、ここで飼う事になりました」
「そうだったんだ、先生が許可してくれてよかったね。もしそのままお別れだったら、ちょっと寂しかっただろうし、ここならいつでも会えるから」
私としてもまた会えて嬉しかったし、小鳥もここを気に入ったのなら、結果オーライだ。
「はい! なので、僕も飼育場で動物のお世話をする研究室に、所属する事にしたんです」
「おお、いいね! ラウル君はほんとに動物が好きだって事が伝わってくるから、すごく向いてると思う……!」
私も研究室に入るかはさて置き、時間がある時は積極的にお手伝いに来ようと思ったのであった。
小鳥を見た後は、室内に残って毛布でぬくぬくしていた、犬くらい大きなサイズであるアンゴラウサギを発見した。モフモフさせてもらうと、あったかくて気持ちいい。
「癒されますねぇ、アリス様……」
「ほんとに……」
この私たちのモフモフタイム中、全く微動だにしないウサギ、よっぽど動きたくないんだろうか。
「……というかアリス様。リスザルを肩に乗せてても、何というか……慣れてますよね。動物の扱いというか……」と、私の肩に載っているリスザルを、じっと見つめながら呟く。
その顔には、「僕の方にも飛び移ってきてくれないかな」という期待の表情が、チラチラと見え隠れしている。
「リスザルに触った事は(前世も含めて)ないんだけどね……」
私は苦笑いをしながら、リスザルの小さな頭を指でヨシヨシと撫でる。
まだ小さいからか、ウトウトと眠たそうにしている。私は肩からそっと下ろして、腕の中に抱き抱えた。警戒心なくスピスピ眠りにつく様子も、中々可愛いものである。
テクテクと飼育場内を歩いていると、動物たちの居住区域ではない、事務室のような扉が並ぶ区域に入った。
「あ、魔法薬学の先生の研究室にも寄っていきますか? いらっしゃる時は確か扉に札がかかってたはず……あ、いらっしゃるみたいです」
ラウル君がえ〜と、と扉を確認すると【第1研究室】と書かれた扉に「在中」の札がかかっていた。
コンコンコンと扉を叩くと「開いてます、どうぞ」と、中から声が聞こえた。
「失礼しまーす……」
中に入ると、薬品や書物が所狭しと並んでおり、四方を棚で囲われている為か、思ったよりも狭い部屋だった。な、何か壊したら大変だ。気をつけよう……
私は恐る恐る室内を見渡しながら、先生の元へ歩みを進めた。
そんな私の様子を見かねた先生が「実験室はまた別の部屋にありますので、危険な薬物はないから安心してください。この部屋は狭いのが難点ですけどね」と、歩み寄って声をかけてくれる。
「特Aクラスの1年は、私の授業はまだこれからですね? 私は魔法薬学担当のコルニュ・ローランです。ここの責任者であり、獣医でもあります」
担任のグレイ先生と同じくらいの年齢だろうか。眼鏡をかけて細目の、キリリとしたザ・理系の先生といった見た目の先生だ。怒ったら怖そうである。
「アリスティア・マークです。今日は飼育場の見学をさせていただいております」と、慌てて挨拶を返した。
ローラン先生は、私の腕の中にいるリスザルを視界に入れると、カッと目を見開いた。あ、なんだろうこれ。保健室の時とデジャヴな気がするぞ。
「……ッ!!! この子ッ…………君に懐いてるんですかッ!? え、羨ましいんですけど……? 私にはあまり懐いてくれなくて寂しいのにぃ……」
恨みがましい目でこっちを見る先生。耐えきれなくなった私は、サッと目を逸らした。
い、言い訳を考えねば……
「ぇぇっと……たまたま珍しがっただけかと! この様子は、今日限りの新参者へのサービスだと思いますっ!」
「僕にも初めて会ったのに、サービスしてくれなかったですぅ……」とボヤくラウル君の事は、華麗にスルーさせていただく。
動物好きが今2人も出てくると、ちょっとややこしいんだ、ごめんよ。
「はいっ! 先生もよろしければ是非、抱っこしてあげてください!」
私は眠っているリスザルを、先生にそっと預けた。リスザルは、先生の腕の中でもご機嫌な様子でスヤスヤ眠っている。
それを見た先生の顔はもう、何というか……蕩けていた。目つきは怖いのに、デレデレである。
うむ、私の危機回避も上達したものだ。
リスザルを抱き抱えて正気に戻った先生は、話を元に戻す事にしたようだった。
「私は魔法薬学の中でも、動物の生態に興味があって研究を続けているんです。特に最近は、魔獣と動物の関連性ですね」
私とラウル君は魔獣、と聞いてハッとした。この世界には、魔獣が生まれ、潜むとされる森が点在する。私たちも半年後には実習で森に向かう事になる為、魔獣についてきちんと勉強をしていかなくてはならない。
「君たちも、そろそろ歴史学で魔獣について学ぶと思います。私も研究している身ですから、詳しく知りたければ、聞きにきてもらっても構いませんよ」
私たちは、ありがとうございます。とお礼をし、日も落ちかけていたので、そろそろ帰る事にした。
ちなみにリスザルは、ローラン先生のまだ離れたくないとのご意向を尊重し、そのまま預けた。トマさんにその旨を伝えると、だろうねぇと笑っていた。
ラウル君に今日のお礼を告げて、寮の入口で別れる。
私は、先生の話していた事が、ふと頭を過ぎる。
「魔獣かぁ……」
1人、ポツリと呟いたのだった。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)