番外編.09 内緒の想いは風に乗せて
夏の日没は遅いのでまだまだ明るいと思っていたけれど、アメリア様と話している内に、いつしか空は夕暮れの色になっていた。
「さて……名残惜しいけど、そろそろ戻るか」
「あ、はい! その前にえっと……」
私はそう言いながら、鞄の中に入れておいた小さな箱を取り出した。
博物館で受け取ったままの状態なので、ラッピングも特にしていない素朴な木のケース。私はそれをパカッと開けた。
「博物館の見学をした日に、魔法石作りをしたんです。たまたま選んだのがピアス用の天然石で……」
「へぇ……綺麗な青色だな」
「はい。あの、これ。付けなくても全然構わないので……片方は、フォルト様が持っててくれませんか?」
「片方、俺に?」
「ユス君とお揃いも勿論嬉しいんですけど」
お互いにプレゼントし合うのもいいけど、同じ物が欲しかったなんて……子供っぽいかな。
「……フォルト様ともお揃い、したくて」
すぐに返事が戻ってこなかったので、嫌なら全然……と言いかけて顔を上げた時。私の視界に映ったのは、嬉しそうに微笑んだフォルト様だった。
「喜んで」
「何で渡した私の方が、もっと喜ばせてもらってるんですかね……」
私達はお互いの耳にそのピアスを付け合いっこしてから、皆が待つ場所へと戻った。すぐに気付かれて、散々冷やかされたのは言うまでもない。
────────────────
修学旅行最終日。
港はエタリオルの学生達でガヤガヤと賑やかだった。マリチェの生徒達も何人か、仲良くなった子達の見送りに来ているみたいだ。
そして私達……というかミレーユとルネ様も、あの双子からの見送りを受ける事となったのである。
「……当分貴方とお会いする事はないと思うから、伝えておこうと思っていたの」
「ミレーユ殿から話があるなんて珍しいじゃないか」
何も知らないアドルフ様は、ミレーユを見つめながら嬉しそうにしている。その目の前で、ミレーユはバッと頭を下げた。
「失礼な態度を取って、ごめんなさい」
「……えっ!? か、顔を上げてくれ! どうしたんだ、急に……」
「今までの接し方は、好意を持ってくださっている人への態度じゃなかったと、反省したの。でも……本当にごめんなさい。私、貴方みたいなタイプの方は、生理的に受け付けないみたいで」
ガーン、と効果音が入りそうな顔のアドルフ様である。ミレーユも意地悪で言ってる訳じゃなくて、本音がそれなんだもんね……
それ故にダメージも大きいだろうな。アドルフ様、ドンマイです。反対にミレーユは、凄くスッキリとした表情で私達の所へ戻って来た。
「やっと落ち着いて自分の正直な気持ちを伝えられたわ。アドルフ様に伝わったかは分からないけど、言えてよかった」
「あぁ……しっかり聞こえてたけど、あの様子だと伝わったみたいだな……?」
「いいストレートが入ってたよね……」
「あちらはどうなってるのかしら」
シェリが見つめる先は、少し離れた所にいるルネ様とアメリア様だった。
「あっちは周りに人が多いから、あの2人の声が聞こえないな」
大丈夫かな、アメリア様……
────────────────
「私、とある方とお話して……いつも自分の事ばかりになって、ルネ様の気持ちを考えられていなかったと思い知らされました。今まで、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
アメリアはルネと顔を合わすなり、そう謝罪の言葉を述べてゆっくりと頭を下げた。
今までとは違う真剣な雰囲気で話す姿に、やや面をくらった様子のルネだったが、ポリ……と頬をかいて、ポツリポツリと話し出した。
「……ううん、俺も嘘ついてごめんね。でも、ミレーユ嬢でもサラ嬢でもなくて、好きな子がいたのはほんとだよ」
「……っ!」
「あぁ、これ皆には言ってないから内緒にしてね? たださ……告白もしないまま失恋しちゃったから。暫くはそっとしておいてほしいな〜……なんて」
アメリアは小さくコクリと頷いた。
「ありがと」
「……もうルネ様に、しつこく付き纏ったりしません。だから、もう少しだけ……好きでいてもいいですか?」
控えめに紡がれたこの言葉は、ルネにとって予想外だったのだろう。驚いた表情を浮かべていたが、スッとアメリアの真正面に向き合って、静かに口を開いた。
「……未来はどうなるか分からないし、例え気持ちが変わったとしても、物凄く時間がかかるかもしれないよ?」
「っ、それでも……」
「うん。それでもいいって言ってくれるのなら、まずは友達から始めてみない? よく考えたら俺ってアメリア嬢の事、まだ何にも知らなかったしね」
「……はい!」
薄らと涙を浮かべて笑ったアメリアと、それを困った様に見つめ、だけど自然に笑うルネだった。
────────────────
「ふぁ……」
思わず小さく欠伸をしてしまう。昨日の夜は旅行最後だからって、結構お喋りして夜更かししちゃったもんなぁ。
客船の休憩スペースを借りて少し寝ると話していたサラ。私もちょっとだけ寝たいかも……と思い、すぐそっちに向かうから待っててと、サラに伝えておいたのだ。
休憩室は、ほんの数センチだけ扉が開いていた。もう寝ちゃってたりするかな。
「……サラ、起きてる?」
小さな声で問い掛けながら、扉を開けた私の視界に入ったのは、ソファーの肘掛けに腕と頭を乗せて眠るサラ。
そして、その髪を優しく撫でるエヴァン様だった。
手つきもそうだがその表情が、海で見た光景を思い出させた。
エヴァン様は私と目が合うと、しー、と口元に手を添えて微笑む。
サラを起こさないようにって事? それとも……?
私は首が取れるくらいの勢いでコクコクと頷くと、早る心臓の音と裏腹に、そっと扉を閉めたのだった。
「ぇぇ……? エヴァン様って……え、やっぱりそういう事だった?」
「エヴァンの事か?」
「っぴゃい」
いつの間にやらフォルト様が私のすぐ側に来ていたらしい。眠気も吹っ飛んだ私は、フォルト様と甲板の方へと移動したのだった。
「エヴァン様がその……サラの事をっていうのは、フォルト様は知ってたんですか?」
「直接言われた訳ではないが、まぁ何となく」
うあ、そうなんだ。船の手すりに手をかけて、そしてその上に顎を乗せた私は、ゆらりゆらりとした波を見つめる。
「どうなるんでしょうか、あの2人。サラは鈍感だからなぁ……」
「アリスティアより、か?」
「うぐ。確かに人の事は言えないですけども」
「少しずつ、ゆっくりと変わっていくんじゃないか」
「そうですよね。皆が幸せな答えに辿り着くといいなぁ……」
「……またお前はすぐ人の事ばかり心配する」
そう言われて、優しく肩を抱き寄せられた。
自分の気持ちが分からなくて悩んでいた時、皆が親身になって相談に乗ってくれた。その優しさのおかげで、私は今、こうしてフォルト様の隣にいれると思うから。
だから皆のそれぞれの想いが、伝えたい人に届きますように。
そんな風に願いながら、帰路のもっとその先まで、ずっと続いていくだろう青空を見上げたのだった。
──終──
後日談ですが、ミレーユはとある人を好きになります(本編ではその雰囲気を少し匂わせておりました)
3年生になった時に、恋や進路に悩み、更には婚約をどうするのかといったお家騒動があったり……
そのお話や、サラの恋に重点を置いたお話も書こうかなとも思ったのですが、そうなると外伝になるのかな、と。
主人公以外のメンバーの恋の行方。最終的にどうなったのかは、皆様のご想像にお任せしようかなと思います。
これにて「魔法の世界でサポートします!」は完結となります。
読者の皆様に支えられて、ここまで書き上げる事が出来ました。最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました。




