番外編.05 ひとくち、ちょうだい
あれ? 殿下……っぽくないけど殿下だよね?
3人をよくよく見ると、普段よりラフというか……軽装で、ほんのりと変装をしてるような? 皆様キラキラオーラは隠しきれていないんですけどね。
「あぁ、これ? 他国で自由にフラフラするとなると、素性を隠していた方が動きやすいからさ」
私の視線に気付いたのか、殿下は相変わらずのいい笑顔でそう語る。といっても殿下もシェリも有名人だから、側から見たらただのお忍びデートだと思うけども。
「アリスティア」
「フォルト様! ……あっ」
優しく響く声の持ち主の元へと駆け寄ろうと思った私の手には、食べかけのイカ焼きが。
「ふくっ……旨そうな物持ってるな」
「うぅ……お、美味しいですよ……?」
片手で口元を抑えながら、笑いを堪えたフォルト様。笑われてるけど、悔しい哉。そんな表情も好きだと思ってしまうのは、惚れた弱みな気がする。
「元気そうでよかった」
「……はい。お久しぶりです」
フォルト様が卒業してから、こうやって面と向かって話すのは久しぶりだ。何か……照れる。
殿下は、修羅場かななんて聞いておきながらも、我関せずと言わんばかりに、いつの間にやらシェリの元へと向かっていた。
ラウル君が殿下にペコペコと挨拶をし終えて、慌ててこっちに向かってくる姿が見える。うむ、懸命な判断だよラウル君。あの2人はこれからきっとイチャイチャするだろうからね。
「アリスティア嬢、いつものメンバーの中に見慣れない方がいるけど……誰かの知り合いなのかな?」
「えーっとですね……何から話したらいいのやら……」
エヴァン様からの不思議そうな問いかけに、私はこの現状をどう説明したものか、少し頭を抱えたのだった。
「……という感じですかね……? ラウル君、こんな感じで合ってる、かな?」
どうにか一通り経緯を説明した私だったけれど、頭がこんがらがってきて、思わずラウル君に確認する。
「大丈夫です。合ってます、アリス様」
「よかった。そして更に複雑な情報が追加されるんですけど……私達もつい先日知ったんですが、ルネ様とミレーユは親が決めた婚約者同士らしくて。当の2人にはその意思はないようで、それを知ったアメリア様がルネ様に詰め寄っていたところ……」
「ところ?」
「ル、ルネ様が好きな子がいるって言い出して、サラを名指ししたんです……」
「えっ!?」
こちらでの出来事は聞こえていなかったようで、ラウル君がビックリした声を上げるのは分かるけど、エヴァン様までそんなに驚くとは。
「ア、アリス様、そ、それ本当なんですか?」
「うーん……私としては、その場しのぎで言った感じがあると思うんだけど……」
でも何だかんだでルネ様とサラって仲良いし、嘘だとは断定も出来ないような?
私の手元にあったイカ焼きがグイッと引っ張られたかと思うと、いつの間にか横に見知らぬ人が居て、私のイカ焼きを齧っていた。
「うぇっ!? どちら様ですか……!?」
「俺だよ、お・れ」
何かチャラい見た目のその人は、掛けていた色付きのサングラスを下げると、いつか見た時と変わらない瞳がキラリと光った。あ。
「そーだな、あーさんの事は旅行中『お嬢』とでも呼んどくか」
あ、ニャーさんってここでは呼ぶなよ? そう耳打ちされてうっかり言いそうになった言葉を押し留めた。危ない危ない。
「アヴィニヨンでは変装してるんですか?」
「そ。あの格好じゃウロチョロ出来ねぇし。変装した姿なら、護衛のついでにフラフラ出来ると思ってな。流石に堂々と素顔ではいられねぇけど」
「近い」
フォルト様がニャーさんをグイッと私から遠ざけた。
「へいへい。だってよ、腹減ってるからこっちを早く食いてぇのに、熱そうで食べられねぇんだもん」
ニャーさんのもう片方の手には、出来立ての焼き帆立串が3本程入った袋が。イカ焼きを食わせてくれたお礼に1本やるよと、私の手元に帆立の焼き串が渡った。確かに熱々である。
……なるほど、ニャーさんは猫舌なんですね?
「……あ。どうやら進展がありそうだよ?」
エヴァン様は私達がわちゃわちゃしている中でも、ジッと様子を観察していたらしい。私達はそちらへと視線を向けた。
そこには、ぷるぷると小刻みに震えて、ショックを受けるアメリア様の姿が。
「〜〜〜アドルフーッ!!! 戻るわ!」
「えぇ!? 何だよアメリア急に……」
ぶつくさ言いながらも、アドルフ様はアメリア様を追いかけるようにして走り去っていった。
台風みたいだな、あの2人。殿下の存在に気付かなかったのは、幸か不幸かよく分かんないけど。
「嘘をつくにしても、ここまでしなくてもな……」
「……ごめんねぇ、巻き込んじゃって。でもアメリア嬢にはこれくらい言って見せつけないと、諦めてくれないかなって」
「私は別に、どうしても困ってるって言うなら、ルネの味方をするからいいけどさ。でもお前がそこまでしてあの子を遠ざける理由って何なんだ?」
何とも言えない顔で作り笑うルネ様に、ため息をついたサラは、ルネ様の腕を小突いた。
「1人で抱え込むなよ?」
「……サラ嬢って、やっぱりかっこよすぎ〜!」
あは〜っと、サラの腕にひしっと抱きつくルネ様である。
「えーと……あの2人って、やっぱりそういう関係なの?」
「えっ!? あ、あの、割といつもあんな感じかと……!」
エヴァン様とラウル君がそんな会話を続けているのを、ハフハフと帆立を齧りながら聞いていた私は肩をトントンと突かれる。
「ん?」
「あ」
振り向きざまの、フォルト様の無防備なあーんの顔は、心臓に悪い!
「へ!? た、食べかけですよ!?」
「ん、欲しい」
再び口を開けるフォルト様に、私はおずおずと最後の1口を口元へと運ぶ。ペロリと口元に付いたタレを舐める姿は、大変視界の暴力です。
そんなフォルト様からふいと視線を逸らしたところで、ミレーユがこちらに向かって来るのが見えて、ハッとした私は慌てて駆け寄った。
「ミレーユ大丈夫だった……!? ほったらかしにしちゃっててごめん……」
いくらカオスな世界だったとしても、傍観者はよくなかったかと、今更ながらに反省したのである。
「大丈夫よ、アリス。アメリア様が急に帰るって言い出してくださったから、丁度よくこっちも切り上げれたわ」
「でも……アドルフ様に何か言われたりしなかった?」
「……どちらかと言うと、私の方が、かしら。私も婚約が白いものなのかとアドルフ様に問い詰められて。あまりにもしつこいからイラッときて、そうですけど何かって正直に言ってしまったわ……」
「ミ、ミレーユ……ね、あの2人も引き下がってくれたんだし、今は気兼ねなく海で遊ぼう? 仕切り直し!」
私はニコッと笑って、元気よく提案した。
2人を元気づける為に、私は何が出来るんだろう。そう考えたけど、目の前にはアヴィニヨンの綺麗な海が広がっているんだもん。今は楽しんだ方が勝ちな気がする。
私達の修学旅行なんだから、楽しまなきゃ損だ。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)




