第149話 未来へ、もう一歩踏み出そうよ
「……そうだ、皆は2年の選択科目、結局何にした〜? サラ嬢は魔法騎士科でしょ〜?」
いつもの間延びしたルネ様の声で、私は我に帰った。
「そりゃな。そういうルネは魔法師科なんだろ? お前に聞くより先に、一緒の科だって騒いでた女子が教えてくれたぞ。ルネも魔法騎士科にすればよかったのに」
「えぇ〜? 運動とか自主訓練で時間が削られるのは、遊ぶ時間が減るからちょっと無理かなぁ〜」
「あの、シェリーナ様っ! 僕、自分だけ魔法薬学科だと思っていたので、一緒で嬉しいです」
「ふふ。私もラウル様と一緒の科で嬉しいし、授業もすごく楽しみにしてるわ。あ、そういえばアリスはギリギリまで悩んでたみたいだけど、結局どうしたの?」
「私は最終的に、錬金術科にしたんだ」
「え〜、アリスちゃん魔法師科じゃないの〜?」
「え〜……? そんなに残念がらなくても、ルネ様の周りには女子がいっぱい集まるからいいでしょ?」
「ならアリスは私と一緒ね」
「うん、ミレーユよろしくね。新魔法もそうなんだけど、魔法石だったり、物を生み出すのが楽しいなって思って。私自身やっぱり攻撃魔法は苦手だから、皆を守れるような物を作りたいって思えたんだ」
「一緒の授業を取れないのは残念だけど、アリスらしい選択ね」
シェリからそんな風に言われて、ありがとう、と笑った私なのだった。
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卒業式当日は、まだ少し寒さの残るよく晴れた空だった。おかげで今夜は、月も星もよく見える。
「夜に学園にいるのって、不思議な気分だなぁ……」
私は珍しく食べ物に手を付けず、空色のしゅわしゅわしたノンアルコールジュースをチビチビと飲んでいた。
というのも卒業式の後は、夜に学園の生徒だけが参加できる、ちょっとした卒業パーティーがあるのだ。パーティーといっても、後輩が先輩を見送る会みたいなもので学園内で行われる為、制服での参加である。
昼間の卒業式典は、終始厳かな雰囲気で行われ、長いような短いような……不思議な感覚だった。
寂しさを感じたあの日から、卒業式当日まで。私のボンヤリとした気持ちは、心の何処かにずっと残っていた。
それはいざ卒業式が終わっても変わらないままで、私はフォルト様に、面と向かって挨拶が出来ていないままだった。誰にも分からない位、そっと小さく溜息をつく。
「……嫌な子だな、自分」
「アリスティア?」
「フォルト、さま」
「……? どうした? そんな顔して」
フォルト様は、空いたグラスを私の手から取ると、窓辺にコトンと置いてくれた。今にも泣きそうだと言われて、思わず私は言葉が溢れた。
「……私、余裕がなくてワガママだったみたいなんです。自分が思っていたよりも、ずっと」
「そんなの、別にいい。そもそもアリスティアのワガママは、ワガママに満たないくらい可愛いものだろう」
「……そ、卒業おめでとうございますって……私、本当に、心から思ってるんですよ……?」
フォルト様の顔を見上げると、いつもと変わらない瞳と目が合った。まるで、大丈夫だから続けてと言われているかのようで、私はポツリと正直な気持ちを洩らす。
「……なのに、寂しくて」
もうずっと会えないとか、他国に行ってしまうとか。別にそんなんじゃないのに。
確かに今の私は、前世の私よりまだまだ大人になりきれていない年齢だけど、こんなにも感情ってコントロール出来ないものだったっけ?
笑っておめでとうございますって、言いたい気持ちも本当なのに、何で上手く笑えないんだろう。
そんな風に思いながら俯いた私の頭上に、フッと影がかかる。
「……何でそんなにやることなす事、可愛すぎるんだ?」
周りには沢山の人がいるのに、関係ないと言わんばかりに、ギュッと抱きしめられた。会場内のあちこちで歓声やら悲鳴やらが聞こえる。
「な、え、フォルト様……!?」
「……俺と離れるのは寂しいか?」
「……っさみしい、ですよ……!」
「うん。なら、ずっと離さないから」
そう耳元で囁いたフォルト様の声が、優しく甘く響いて、私の心臓がビクリと跳ね上がった。
「末長くよろしく、婚約者殿?」
「……こ、婚約っ!?」
フォルト様の腕の中で、私は目をまん丸くさせた。
何にも知らされてないんですけど!? という顔をしていたんだろう。そんな私を見た氷の騎士様は、まるで雪解けを知らせるあたたかい太陽みたいに、くしゃりと笑った。
その表情を間近で見た私は、何故かストンと心が落ち着いた。モヤモヤした霧が晴れていくみたいに、だ。
「何でここで泣く? 嫌か?」
「嫌な訳……ないじゃないですかっ……!」
気が付けば私は、驚きと嬉しさとで感情が迷子になりながら、ポロポロと涙を零していた。
泣くつもりなんてなかったのに。慌てて涙を拭っていたら、フォルト様にその手を奪われて、代わりに目尻へとキスを落とされる。
「んぇっ……!?」
「擦ると赤くなる」
……驚いて涙が引っ込んだのは、言うまでもない。
「ああああの、そもそも婚約者って、いつから……?」
「数年前から」
恐ろしい位にサラリと、なんて事はないかのようにフォルト様が言うものだから、私は思わずカタコトで聞き返した。
「す……すうねんまえ……?」
「侯爵に打診していたが、保留にさせてほしいと言われてからもう数年は経ったな。ここ最近、ちょうど1年前くらいにようやく侯爵から、アリスティアの方から俺に好意を持つ様になったら、そこで初めて婚約者として認めると条件を出してもらえて」
「そうだったんですか!?」
「侯爵としては、他の奴からの婚約希望が後を経たなくて、苦渋の決断をしたんじゃないか? アリスティアが可愛くて仕方ない侯爵の、嫁に出したくない気持ちもまぁ分かる」
「父様……」
カルセルク公爵家の次男に、なんて条件を出してるんだ。というか……だから私には長年、事実上の婚約者が存在していなかったのか。
実は私、縁談も来ない位すごい不人気なのかなって心配してたんだぞ。
「元々俺もアリスティアの意にそぐわない婚約はしたくないと思っていたし、この1年、意識してもらおうと努力はしたが……」
何かもう、この人にはやっぱり敵わないなって思う。
だって私はこの1年で、フォルト様との距離が縮まって、好きだということを自覚したから。
「ここでなら、皆に伝わるだろう? お前にどうしようもない喧嘩を売る女子生徒にも、お前を狙う男子生徒にも、この際見せつけておこうと思って。他の奴やアリスティアが思っている以上に、俺はお前が愛しくてたまらないから」
周りを見渡すフォルト様の瞳は、さっきとは打って変わって氷の様に冷たい瞳だった。ショックで悲鳴を上げていた女子生徒達の声も一瞬で黙らせていたし、一部の男子生徒も顔色を悪くし、何なら震え上がっている。
「もう、誰にも文句は言わせない」
フォルト様は再び私の手を取り直すと、真っ直ぐに私を見つめた。
また私は、深い藍色の瞳に捕らわれる。
いつの間にか、ざわめいていた周囲の声も聞こえなくなっていた。沢山の人に囲まれているのに、まるで2人きりの世界にいる気分だ。
「アリスティア・マーク侯爵令嬢。正式に私、フォルト・カルセルクの婚約者になってくれますか?」
「……っはい!」
精一杯の返事と同時に、また私は温かい腕の中に包まれる。会場内の拍手や歓声は、暫くの合間止まらなかった。
おめでとうの言葉とともに、皆が駆け寄ってくるのが見えて、私とフォルト様は顔を合わせて笑った。
いつまでも消える事のない、愛おしいと想う気持ちを抱えて。
これからも貴方と歩んでいくのは、不思議な事が沢山起きる魔法の世界。
ちょっぴり不安で怖くても、変わりゆく事が寂しくても。
未来に向かって一歩踏み出せば、春の訪れとともに、また新しい関係が始まっていく。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)
次回エピローグで、本編は最終話となります。本来の更新曜日ではありませんが、明日の夜(11/2)更新します。よろしくお願いいたします。




