第148話 幸せと寂しさ
話がひと段落した頃、研究室の扉がノックされた。
「頼んでおいた迎えかな」
兄様、いつの間に。私が扉を開けると、そこにいたのは騎士服に身を包んだフォルト様だった。
嬉しいやら驚きやらで、あわあわと私が退出しようとした時。兄様はポンと私の肩を軽く叩くと、こっそりと耳打ちした。
「アリス、さっきの話だけど。心配しなくても、カルセルク様は僕と同じ気持ちだと思うよ」
ね、と微笑んだ兄様にまた勇気をもらった私は、ありがとうと笑って別れたのだった。
帰り道、王宮庭園に立ち寄った私とフォルト様は、庭園内にある2人用のベンチに腰掛けた。
「まだ少し肌寒かったか?」
「いえ。風もないですし、ちょうどお日様が当たっていて暖かいです」
それに今日は、制服の上に外出用の軽めのコートを羽織って来ているので、外に居ても全然苦じゃない。
「あの……フォルト様って、私が研究所か王宮にいる時、ほとんど迎えに来てくださいますよね」
我ながら自惚れてるとは思うけど、わざわざ私の護衛に出向いてくれてるのかな、なんて。
「嬉しいですけど……殿下の護衛を優先してくださいね?」
「アイツには見えない護衛が沢山いるから気にしないでいい」
「……ニャーさんみたいな人がいっぱいいるんですか?」
「まぁ、あそこまで可笑しな奴はいないけどな」
「フォルト様、あの……私のちょっと可笑しな話、聞いてくれますか……?」
「可笑しな話?」
はい、と小さく頷いて、私は深呼吸をする。
大切な人に隠し事をするのはもうやめて、少しずつでもいいから変わっていこうと思えたから。
フォルト様に身体を向けて座り直し、私は先程まで兄様と話していた事を、ゆっくりと語り始めたのだった。
──話し終えてふと気が付けば、私の手をフォルト様が握ってくれていた。
「……ありがとな、大切な事を話してくれて」
私に向けるフォルト様の眼差しは、いつもと変わらず優しいものだった。
「変な事を言ってるとか、そんな話信じられないとか思わないんですか……?」
「いや? アリスティアの規格外な魔法について、これなら逆に納得がいく。アリスティアの兄上はすごいな」
本当に気にしていない様子のフォルト様を見て、私はくたっと一気に肩の力が抜けた。よかった……
「それに、嬉しかった。アリスティアが俺を頼ってくれて、気を許してくれているから話してくれたんだと伝わったから」
うぅ、その目を細めて笑う顔、好きだなぁ……
「私も、嬉しいんですよ? フォルト様が最近沢山笑ってくださるので」
私も負けじとそう言い返して、イタズラっぽく笑う。
その次の瞬間。
頬に柔らかいものがふ、と触れた。
私の脳内が、それがフォルト様の唇だという事を認識するまでにやや時間差があったのだけども。
「……ひゃっ!? なっ、こ、ここ王宮ですよっ!?」
「うん。だから頬で我慢してるんだが」
「そういう問題ではなくてですねぇ……」
「中々会えない分、アリスティアを補給したい。……ダメか?」
うぁ。
普段キリッとかっこいい人が、こういう時にだけ甘えてくるのは狡い……!
でも、誰が見てるか分からないのに……と私は片手で頬を押さえながら、うにゃうにゃと言い淀む。
その間に、フォルト様の腕の中に引き込まれて、すっぽり収まってしまった私は、今度は反対側の頬にキスされた。
「……保健室でしてから、アリスティアを見ると歯止めが効かないんだよな」
「ちょ、わ、フォルト様っ……!」
歯止めが効かないって、え!? これ以上は待ってくださ──
「「見ちゃった」」
私はピシリと固まった。
この幼い2人のハモった声……もしかして?
「アリスちゃまとこーりのきしちゃま、チューしてた!」
「ラブラブしてた!」
「あぁぁ、レティ様、リリィ様っ!? ち、違っ、お願い、ちょっと待っ……!」
私の叫びも虚しく、双子の王女様達はテッテケテーっと庭園の出口へと一目散に駆けていった。
……あの2人がきっと今日中にでも、ありがたくも王宮にこの事を広めてくれるだろう。
「もう……また王宮内を当分歩けないです……」
なんなら父様のところまで噂が流れていったら、恥ずかしすぎて家にも帰れないかもしれない。
「いっそ広めてくれれば王宮騎士の奴らへの、いい牽制になる」
何なんですかそれ、と私はポカポカとフォルト様の胸を叩いたのだった。
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学期末に近づくにつれて、徐々に授業数も少なくなってきた。そんなある日、私達はいつものメンバーで、午後の空き時間にカフェテリアへ。
何だか久しぶりの、のんびりタイムである。各々、食べたいスイーツやドリンクを選んで席に着いた。
ラウル君が私達を避けていたあの一件も、訳を話して無事に解決し、すっかり元通りの平和な世界だ。
事の発端である、ラウル君に当たっていた男子生徒達は、実技試験中の暴力行為が主な理由として、謹慎処分と2年次のクラスの降格が言い渡されている。
あんな事していたのを、まさかリアルタイムで見られていたなんて思ってもみなかったのだろう。その事実を知った時の男子生徒達の顔は、酷く絶望していたよと、サラがとてもいい笑顔で話していた。
試験の総合順位も貼り出され、私達は皆、無事に特Aクラスへの進級が決まった。
ちなみに実技試験でワンツーフィニッシュを決めたのはルネ様とサラだったのだが、サラは筆記試験の出来がよろしくなかったので総合順位はガクッと落ちた。見事総合1位となったルネ様に、めちゃめちゃに笑われていた。
シェリとミレーユは、実技試験の順位こそ1桁台は取れなかったらしいが、筆記試験で高得点を叩き出し、総合順位は1桁台になった。
私とラウル君はというと、実技試験がギリギリラインの合格で、筆記試験の得点が上乗せされ……仲良く同率12位に。来年こそは1桁順位を目指そうと、ラウル君と心に誓ったのである。
「1年ってあっという間ね。もう春から2年生だなんて……何だかまだ実感が湧かないわ」
「だよね〜? 後輩が出来るのかぁ。可愛い子が沢山入ると嬉しいよね、ラウル君」
「はいっ! 僕は飼育場のお手伝い係が増えてくれると嬉しいですっ」
ラウル君からの予想の斜め上をいく返事に、ルネ様は、えぇ〜? とぶーぶー言っている。
「私は2年の夏に行く修学旅行が楽しみだな。来年は何処の国に行くんだろうな」
「サラは何処がいいの? 私は夏といったら定番の、海に面したリゾート地に行きたいな〜」
そう言って、私はプチパンケーキにホイップクリームを乗せて1口頬張った。もったりとした生地のパンケーキと甘めのホイップクリームがガツンとして、堪らない美味しさである。
「あら、意外にもアリスは元気そうね?」
「んぇ? ふぁんで?」
飲み込みが間に合わず、ついモグモグしたまま口元を押さえてそんな風に返した。
「シェリとアリスは寂しいんじゃないかと思って。もうすぐ殿下やフォルト様が卒業される訳だし」
「先に卒業されてしまうのは……正直に言えば寂しいわ。学園で会える時間がなくなるも事実だし……」
「向こうが学園に来るって言っても、よっぽどの用事がなきゃ無理だしなぁ」
学生とはちょっと訳が違うもんな、とサラがオレンジジュースのグラスに刺さったストローをクルクルと回した。
「サラもエヴァン様に会えなくて寂しいんじゃないの?」
「? 最近シェリまでミレーユみたいな事言うよな……なんでそこで未来の宰相殿が出て来るんだ?」
皆の話に相槌をうちながら聞き入っていた私は、もう1口食べようと意気揚々に伸ばしていたフォークを、そっとお皿の上に置いた。
「そっか……私が進級するんだから、フォルト様が卒業するのは当たり前だよね……」
ポツリと言葉を漏らす。
……寂しい?
そんな感情が、忘れていたのを思い出させるかのように、私の心に小さく響いた。
──卒業式は、もう間近に迫ってきている。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)




