第146話 試験の後日談
「おいおい、面白そーだから俺も混ぜろよ」
仕切りのカーテンがシャッと開いて、現れたのはニャーさんだった。
「また騒がしいのが来た……まぁ、今回の試験の協力者だったから仕方ないか」
殿下の言葉に、そうだろうと言わんばかりにウンウンと頷くと、私のベッドの上へ遠慮なしによいしょっと腰掛けた。
ちょ、足踏んでます。
「よぅ、あーさん。暫く様子見てたけど、目が覚めてよかったな」
ニカッと口角の上がったのを見るに、フードの中では大層いい笑顔をしているんだろう。素顔を見た私は、もう余裕で脳内再生可能なのだ。
そういえば……暫くっていつから保健室に居たんだろうなぁ……
……私はもしもを考えて恐ろしくなったので、考える事をやめた。
あの時、私とフォルト様は確かに2人きりだったと、そう信じようじゃないか。
「ニャーさんは試験のお手伝いさんだったんですか?」
「おうよ。実技試験の為にかけてあった闇の幻影魔法、あれ俺の功績な」
「おぉ、それは壮大な……お疲れ様です」
「お前だけじゃなくて、研究所の協力もあってだろう。ユスも手伝ったと聞いたぞ」
フォルト様の冷めた目線もなんのその、ニャーさんは気にもせずにぷらぷらと足を動かしている。
「だってアイツ、天才ちびっ子なんだもんよ。手伝いたいって言うから、ついつい仕事頼んじゃったわ」
まさかのユス君までも協力してくれてたのか。偉いなぁ……そしてありがとう、と心の中でお礼を言っておく。
「そうだっ……! あのっ、ラウル君の怪我は大丈夫だったんですか? 私、試験中はいっぱいいっぱいで、全然怪我の具合を見てあげられてなくて」
「アリスティア……またお前は人の事ばかり心配して……」
「う」
フォルト様に、久しぶりにジト目で見下ろされている気がする。だ、だって気になるんですもん。
「大丈夫だったわよ。2人が倒れた時すぐにグレイ先生から指示をいただいて、救援が来るまでの間、私が付き添って状態確認をしていたの。ラウル様の背中は打撲痕をいくつか確認したけれど、足の傷の方はアリスの手当てが効いていて、問題なかったわ」
「そっか……シェリも試験で疲れてたのに、ありがとう」
「もう。アリスも手のひらや膝に、いくつか擦り傷が出来てたのよ? ニコラ先生が手当てしてくださったみたいだから、今は大丈夫だと思うけど」
サッと手のひらを見ると、ヒリヒリしていたのが嘘のように治っていた。
「ホントだ」
あまりにも綺麗に治りすぎていて、言われるまで全然気が付かなかった。またしてもこんなに綺麗に治して下さって、有り難すぎる。今度またお菓子を作って持って来ます……と心の中で再び念じておく。
「……あれ? ラウル君の背中の怪我とか、私が手当てをした事とか……なんでシェリも知ってるの?」
私達はゴールしてからすぐ、ほぼ同時に倒れちゃったから、他の人にそんな話もしていない。それに実技場の倉庫内での出来事なのに、何で?
私の発言に、ベッドを囲む皆の顔が、何とも言えない表情になった。
「これは……君にとっていい話になるのか、少し怪しいのだけど……」
「え、え? なんでしょう……」
こんなに言いにくそうにしている殿下も、何だかちょっと珍しいな。
「アリス、私もゴールしてから知ったのだけどね? ……室内実技場のアリーナ部分って、試験中は何故か立ち入り禁止だったじゃない?」
「うん。扉にテープまで貼られてあって、不思議なくらい厳重な感じだったよね」
その点についてはよく覚えてる。
だって倉庫へと向かう際、室内実技場に入ってアリーナへと続く扉を見た時に、違和感を感じながら横切ったから。
「あの時は、試験中に覗いちゃいけない物でも置いてあるのかな、なんて思ってたんだけど」
「……物ではなくてね、人がいたの。どうやらそこで、私達の試験の様子が中継されていたらしいのよ」
「…………んん? ごめん、シェリ、今なんて?」
中継?
え、中継ってテレビ中継的な? はたまた生配信……?
私の脳内で、アレコレ中継という言葉がグルグルと駆け回る。
「私も後から知ったから、詳しくは……」
シェリが言い淀んだところで、殿下がバトンタッチする。
「試験中、教師の目視だけでは確認出来ない、学園内のいくつかのチェックポイントに魔法石が設置してあってね。それを確認しがてら、上級生が1年の試験の様子を観戦してたんだ」
「だから、アリスティアが突き飛ばされて倉庫に閉じ込められたのも、ポトリーが倉庫内で暴力行為を受けていたのも、全部分かった」
あの時は会場がキンキンに冷えたぜ……と、ニャーさんが身震いしながらポツリと呟いた。
「勿論試験中は、基本的に介入禁止なんだけどね? ポトリー君への暴力行為は危険、尚且つ即失格に値する行為だとみなされて、映像が映し出された時すぐに教員が向かおうとしてたんだ」
なるほど。不正行為が行われた時の為の対策を、ちゃんとしてくれていたのか。
「だけど、そこでアリスティア嬢がタイミングよくやって来たから、また話が変わってね」
「いやーあの瞬間、まじ大盛り上がりだったよなぁ」
よっ、ヒーロー、と続けざまに言われたけれど、何とも言えない私である。
「まぁ、つまりは最終的に、君が4大魔法の魔力譲渡を使ったのを……会場内の生徒達がリアルタイムで見てしまったって訳だ」
「なるほど……」
だからゴールした時に、あり得ない程の大きな歓声が聞こえたのか。どういう魔法の仕組みなのかは分からないから、またクリス兄様にでも今度聞いてみよう。
とにかく、私は思っていたよりも大々的に、4属性持ちを公表してしまったようである。
「アリス、大丈夫……?」
「大丈夫だよ、シェリ。ラウル君のサポートをする時に、覚悟は決めたから」
私は殿下の方へと目を向ける。横になってしまっているから、キチンとした体勢で言えないのは申し訳ないけど……
「殿下。王家にお願いをしてまで秘匿させていただいていた事なのに、この様な形になり、申し訳ありませんでした」
「別に構わないさ。こればっかりは君の気持ちの問題だからね。4属性持ちとして過ごしていく決意は、自分の納得できる答えが見つかるまで時間がかかるって事、僕自身も知ってるから。それに父上も母上も、寧ろ王家として、やっと君を大々的に守れるって喜ぶと思うよ」
「あ、有り難いお話ですが、そんなに厳重に守っていただかなくても多分大丈夫かと……」
王家より先に、父様の過保護っぷりが増す様子が目に浮かんできた。これ以上過保護になっても困る。
「まぁ公表だったり理由付けとか、その辺りの事はこっちに任せて? 悪いようにはしないから」
いい笑顔の殿下に私は、はぁい……といつも通りの返事しか言えなかったのだった。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)