第129話 冬の過ごし方1
「クリス兄様。朝からいないと思ったら、ここにいたんだ」
「……うん? あれ、もう皆来てたんだね? 気が付かなくてごめん」
持っていた本をパタンと静かに閉じて、兄様がこちらへと歩み寄る。兄様の事だから、休みの日でも研究に関連する本を読んで過ごしていたのだろう。
「いらっしゃい、ゆっくりしていってね。見慣れない子がいるけれど……もしかして君が、帝国からの留学生のサリソン嬢かな?」
「はい、ミレーユ・サリソンと申します。お見かけした事はありますが、こうして直接お会いして挨拶させていただくのは初めてですわ」
初めましての2人がお互いに自己紹介を済ませると、ミレーユの視線が兄様の持っていた本へと向かったようだ。
「……差し支えなければ、そちらにお持ちの本は……もしかして【応用魔法における組み合わせの多様性と魔法構築論について】ですか?」
「うん、そうだよ。もしかして読んだ事ある?」
兄様は少し驚いたように目を見張った。
というのも、恐らく専門的な学術論の本だからなのだろう。私に至っては図書室にあっても読んだ事なんて勿論ない。でもミレーユはパッと見ただけでタイトルも覚えているみたいだし、本当に本が好きなんだなぁ……と、しみじみ思った。
「あるにはあるのですが、表現で少し分からない点がありまして……」
「あぁ。エタリオル語で書かれているし、専門用語が特に多い本だから、かなり難しかったでしょ。どの辺り?」
──暫くの間、会話に置いてけぼりの私達である。というか、難しすぎて2人の会話に入れない。
「えーっと……何か、意気投合してるなあの2人」
サラの、ぽかんとしながらの呟きに、ユス君が真顔でうん、と頷いた。
「アリスのお兄様も研究熱心な方だものね」
「シェリったら、笑ってる場合じゃないよ……? も〜……兄様、あぁなると話が長いんだから……」
コホンと咳払いを1つして、私はちょっと大きめの声を出す。
「2人ともっ、話をするならここじゃなくて、おやつを食べながらにしようよ〜!」
こういうタイプの人間の談議が長引く事は、重々承知なんだからね……! しかも、こっちの話は右に聞き流してるのも知ってるんだぞ。今も「うん」「えぇ」と返事はしているのに、談議は終わりそうにない。
もう2人は放っておいて先に行ってようかな……
「……手作りの、苺カスタードタルト、待ってるよ?」
ユス君のその一言で、2人の会話がピタリと止まったかと思うと、同じタイミングでグルリとこちらに目線を向けたのだった。
あ、そんなに食べたいんですね……?
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という訳で、図書室から場所を移して、一旦休憩を兼ねてのティータイムだ。勿論兄様も一緒にである。
カスタードクリームを濃厚な甘さに仕上げたタルトなので、飲み物は甘さをほんのりと抑えてくれる無糖のストレートティーが丁度いいだろう。
皆から美味しい、と好評いただき、私もユス君もホッと一安心だ。
「よかった〜……学園にいる時はあんまり作る機会がなかったから、作り方を忘れてなかったか心配で。ユス君が手伝ってくれたから、失敗はしなかったけどね」
「ぐるぐる混ぜるの、お手伝いしただけだよ?」
私はチッチッチ、と言いながら、立てた人差し指を小さく横に振る。
「何事も土台、基本が大事なのだよユス君。つまり、ユス君の頑張りがあったからこそ、美味しいタルト生地が出来たのです」
「えぇ、2人のおかげでとっても美味しいわよ。この休暇中で体重が今より増えるのは間違いないわ……そうそう。この前家に帰った時のお土産も持ってきたから、後で皆に渡すわね」
勿論ユス君にもあるわよ、とミレーユが笑いかけると、ユス君は小さく嬉しそうに頷いていた。
「お、わざわざありがとな。ミレーユは舞踏会直前まで、一度帝国に帰ってたんだっけか?」
「えぇ。夏は色々あって帰れなかったから、年に一度は顔を見せようと思って。移動に時間が掛かるから、あんまり家には居られなかったけどね」
「普通に帰るとなると、国を跨ぐから流石に遠いよなぁ」
「転移の魔法陣って、本来使えない物だから仕方ないけども、魔法陣の便利さを知っちゃった身としては、通常の手段で地方や国外に帰るのは大変だよねぇ……」
空とか飛べたらいいのに。
私はそんな事を思いながら、風魔法にそういうのってないのかな……でも長時間空を飛ぶのって、魔法の消費量凄い多そうだしなぁ……なんて思案しつつ、タルトをまた一口頬張った。
「……アリス、魔法陣は王族の許可がないと使えない、物凄く貴重なシロモノだからね? それにあんな短期間で転移を体験してるのなんて、ほんの一握りの人間しかいないんだよ……?」
僕も体験してみたかったなぁ、と兄様がボヤいていた。途中まで真面目に話してたのに、心の声が漏れてますって。
ティータイムの後は家の案内を再開して、それから夕食まではのんびり過ごした。父様も今日は定時で上がれたようで、夕食の時間に無事間に合い、ワイワイとした時間になった。
「いやぁ〜、今日はアリスの友達が沢山いて、いつも以上に賑やかでいいなぁ」
……主に私の幼少期の自慢話をして、1番盛り上がっていたのは父様だけどね?
後々、皆に付き合わせてごめんねと謝っておこう……
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入浴後はサラとミレーユの部屋に集合しようという話になり、私とシェリ、ユス君は寝る支度を済ませて、2人の部屋へとお邪魔した。
「さてと……準備はオーケーだな? 皆にこの部屋に集まってもらったのは他でもない。お泊まり会のお楽しみはこれからだ」
あっ! もしや今夜も、恒例の女子会が開催されるのでは……!?
「そうか、会の名前は女子会じゃないな……」
「うん?」
「今回はユスも一緒に参加するから、報告会だな。アリスの」
流石に私達と同じだけ夜更かしをさせるのはあれだから、ユスは途中で寝ないとだけどな、とニカッとサラが笑った。
「なっ、何で今回私だけが報告する側なのっ……!?」
「あら……顔が赤いわよ? アリスは舞踏会の件で、何か私達に言う事があるんじゃないかしら?」
何もなかったなんて言わせないわよ? と、ミレーユが眼鏡の奥の瞳をキランと光らせた。うぐ、勘が鋭いっ……!
「あぅ……」
私はシェリとユス君に救いを求めるのだが、シェリは困った様に笑って、観念した方がいいわと、トンと肩を優しく叩かれた。
それは慰めというより、もはや諦めを促してるのでは……?
「ユス君……」
「アリスお姉ちゃん。もっと舞踏会の話、聞きたい」
「あ、はぁい喜んで……」
そんなキラキラした純粋な瞳で期待されたら、私、勝てないです。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)




