第118話 キラキラ
「アリスお嬢様! カルセルク様からドレスが届きました!」
ユス君と勉強デーと称して、モリモリと課題に勤しんでいた私は、メイドさんの慌てた声かけに、ひょわっと身体をビクつかせた。
「ちょっと勉強は休憩タイムにして、ユス君も一緒に見てもらってもいい……?」
うん、と頷くユス君と、早く早くと言わんばかりの興奮気味なメイドさんとともに、私は衣装合わせなどに使われるドレッシングルームへと向かったのだった。
どんなドレスなんだろうかと、ドキドキとした緊張感。
贈ってくれたドレスが自分に似合うといいんだけどな……そんな不安が入り混じって、色々と考えてしまう。いつものドレスを確認する時とは自分の心構えが全然違う事に、はたと気が付いた。
皆、好きな人からの贈り物って、毎回こんな気持ちになってるのかな……?
「私はもうお腹いっぱいかもしれない……」
「アリスお姉ちゃん、お昼ご飯まだ食べてないけど……?」
私は曖昧に笑うと、不思議そうにしているユス君の頭をポフポフと撫でるのだった。
「ぅわぁ……!」
部屋に入った瞬間、ドレスが視界を独占する。私は思わずそっと手を伸ばした。
それは、ベーシックなAラインのドレス。背の低めな私でもスタイルが良く見える形で、よく普段着ているタイプだ。
いつもと違うのは、光沢のある生地にスパンコールレースやチュール生地を更に上から重ねた、キラキラが倍以上増した、青いドレスだという事。
チュール生地にもビジュー刺繍が施されていて、シンプルな形のドレスなのに、とても華やかだ。
いつもより大人っぽいデザインで、だけど可愛らしさが残る、そんなドレス。
「とっても素敵ですねぇ……」
「うふふ、やっぱり色は予想していたので正解だったわね」
うっとりするメイドの方々と、満足げな母様である。
「あの……ドレスに詳しくないから聞きたいんだけど、これって既製品でこんな素敵な物って、あるものなの……?」
自意識過剰と思われるかもだけど、こんなのまるで、私の為に作ったと言わんばかりのドレスだ。
「そうねぇ……」
何やら考え込んでいた母様は、フォルト様にお礼を言った時にでも聞いてごらんなさい、とニッコリと笑ったのだった。
「綺麗。透き通った、青色」
「うん……私には勿体ないくらい綺麗だね」
私、こんなに素敵なドレス、着こなせるかな。うぅ……段々不安になってきた。
「大丈夫。似合うと思う、絶対」
「そ、そう思う? 本当?」
「だって、フォルトお兄ちゃんの瞳の色だから」
ぴゃっと顔が赤くなる。意識しないようにしてたけれど、やっばりそう見えるよね……!?
一応正式なパートナーだから、パートナーの色を身に付けるのは間違ってない。むしろ正しいマナーなんだけど、1番目立つドレスがフォルト様の瞳の色になるとは。
……私、ものすごくフォルト様の事好きだって、公言してるみたいじゃないか。
「アリス、とにかく一度着てみないと。脇をつめたり、微調整するわよ」
こうなったら、ドレスに見劣りしない位、自分が出来る最大限の女子力をかき集めて、当日に挑むしかない……! と、心に誓った私なのだった。
試着もようやくひと段落ついた私達は、少し遅れて昼食を摂った。
「舞踏会、ユス君が一緒に行けないのは残念だなぁ……」
「年齢制限あるから、仕方ないよ」
「う〜……まぁ、夜も遅いしね……」
むむむ、どうしたものかと私は考え込む。舞踏会も大事だけど、折角の冬季休暇だし、ユス君と冬の思い出も沢山作りたいのだ。
「そっか、昼間ならいいのか……」
「?」
「舞踏会が無理なら、一緒にアンジェリッカ通りにお買い物に行こう!」
キョトンとした顔で、アンジェリッカ通りって? と聞かれた私は「行けば分かるよ」と笑ったのだった。
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「すごい」
ユス君の瞳が、飾りに負けず劣らずキラキラしている。ちょうど休暇中という事もあって、街もキラキラした可愛い飾りつけがされていて、見て回るだけでも楽しい時期なのだ。
ただ、寒いので私もユス君も、風邪を引かないようにとモコモコとしたコートにマフラー、帽子などを着させられて、逆にちょっと動き辛い。
雪だるま姉弟かな……
「アリスお姉ちゃん、こっち、行ってみたい」
珍しく興奮気味のユス君が、私を振り返りながらテケテケと走り出す。
「はーい。走ると危ないから、ちょっと待って。……って、あっ!」
そう言ったそばから、ポフッと、前から来た人にぶつかってしまった。
私はユス君に駆け寄って、しゃがみ込む。すみませんと謝りながら、ぶつかってしまった人の顔を見上げると、紺色の短髪に、スッとしたグレーの三白眼が印象的な人であった。
「ごめんなさい」
ユス君もシュンとしながら謝った。
そんなユス君の頭にポン、と手を乗せると、私に対してサッと手を上げて、気にしないといった仕草をした。その人はすぐにクルリと向きを変えて、スタスタと足早に、反対方向へと歩いていく。
「む、無口な人なのかな……?」
ひとまず、悪い人じゃなくてよかった。私がホッとしていると、その人の後ろ姿をジッと見つめていたユス君が、ポツリと呟いた。
「……猫の、お兄ちゃん?」
「え? 猫のお兄ちゃんのプライベートは、完全非公開らしいよ? まさかそんな」
あはは、と笑いながら手を横に振っていると、耳が良いのか、その人は盛大によろめいた。
「……ユス君ビンゴ?」
確かに前、休みの日は素顔で街を歩いてるって言ってたけども。
ツカツカツカと下を向きながら、こっちに向かってすごい勢いで歩いてきたかと思うと、ガシッと私とユス君の肩を思いっきり掴んだ。
「ひょぇ」
「やっぱり、猫さ……モゴモゴ」
「ちょっと付き合えお前ら……」
ドスの効いた低い声で、そう囁いたのである。
わぁ〜……この声、ほんとにニャーさんだぁ……
一緒に来ていた護衛騎士の方が、敵か……? と腰に下げた剣に手をかけ、ピリッとした緊張感を漂わせる。
「あ、大丈夫です。この人、人攫いじゃないですよ」
「アリスティアお嬢様、となると失礼ですが、この方はどちら様で……」
私は困った表情を浮かべた護衛騎士の方と、素顔を大公開しているニャーさんを、交互に見た。
……王家直属の間諜です、だなんて絶対言えないし、何て説明したらいいんだろう。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)