第117話 家族のカタチ
のんびりとした夕食の最中、カチャーン……とフォークとナイフが音を立てて、メインディッシュのお皿の上に落ちた。
「アアアアリスにパートナー……だと……!?」
「そう。でも、あのね? 父様ももう知ってるよね、舞踏会でシェリの婚約内定発表があるって。私もシェリの晴れ舞台を直接見たいし、お祝いしたいの」
いいでしょ? と手を合わせてお願いしますのポーズをしながら、父様をチラリと見上げた。
そんな私の姿を見て、うぅ、と明らかに狼狽える父様である。娘のお願いに弱いのは、もう皆が知っているのだ。
「そりゃあカルセルク家のご子息なら、昔からよくあれだし……いや、反対する理由もないんだがな? だけど、父様はちょっと寂しい……! ただそれだけ……!」
くっ……と一口大にカットしていたお肉に、思いっきり真上からフォークを刺した。いや、お行儀が悪すぎるよ父様。ユス君の教育によろしくないじゃないか。
そう思っていたら、隣で母様がユス君に、あれはやっちゃダメよ? と教えていた。
「荒ぶる、侯爵……」
ポツリと呟きながら、うんうんと頷いている様子を見るに、ユス君なりの解釈が進んでいるみたいだ。
……きっと変な侯爵だと思われているに違いない。
「荒ぶるなんて難しい単語、よく知ってるね……」
「あら、ユス君は家に来てからもお勉強頑張ってるもの。帝国語での日常会話は、ほとんど問題なさそうよ?」
私が帝国語について教わる事になる未来が、もうすぐそこに来ている……と感じたのだった。
「冬の王宮舞踏会は、夏と違った雰囲気が楽しめると思うよ」
アリスにはまだ早いと思ってたけど、ついに参加か、と笑うクリス兄様である。
「そういえば兄様は行かないの?」
「あぁ〜……仕事が忙しくて、パートナーとかすっかり忘れてたからね……」
そう呟きながら、兄様はふっと遠い目をした。
我が兄ながらイケメンなのに、婚約者や恋人がいないのも割と不思議に思っていたけれど……仕事が激務なのも原因の1つだったのか。兄様、ドンマイです。
「……舞踏会の事は分かった。仕方あるまい……ご子息とは適切な! そして適度な距離感を保ちつつ、他の面倒な男からは守っていただきなさい。いいね?」
「えーと……はい」
ありがとう父様、と言いつつもよく分かってない私だったのだが、ひとまず許可が下りたからよしとしよう。
「それで? アリスの友人はいつ頃家に来るんだい?」
「えっとね、冬の舞踏会の後、すぐにしたよ。舞踏会前だと、シェリが準備で忙しいみたいだから」
あとサラとミレーユも来るよ、と私が言うと、クリス兄様が首を傾げた。
「サラ嬢は赤髪のポニーテールの子だろう? ミレーユ嬢って?」
「あれ? クリス兄様はミレーユと面識なかったっけ……? ルネ様と同じ、帝国からの留学生。うーんと、本が大好きな眼鏡美少女で、学園や王宮でその名を馳せてる」
「あぁ……研究員たちが噂してたな。長期休暇の時にだけ王宮に滞在する、綺麗な留学生がいるって」
なるほど、その子がアリスの友人だったのか、と納得した様子の兄様なのだった。
夕食が終わるとアリス、と父様から声が掛かった。
さっきの父様とは打って変わって、真剣な表情に、私も大事な話だなと察する。クリス兄様がユス君に付き添って部屋に送っていってくれ、私は父様と母様と、その場に残った。
「ユス君の事だが……彼は貴族の家で虐待まがいの監禁をされていたんだろう? 普通の子どもなら、気持ちも追いつかないだろうし、不安や寂しさ、ストレスだってあると思うんだ。しかも全く知らない他国に1人でやってきて……」
「うん、もし自分だったら絶対挫けちゃうと思う。だからこそ、側にいれる時は構い倒してあげたいと思っちゃうんだけどね。ユス君、家に来てから大丈夫そう?」
見たところ元気そうだけど、無理してないかな。
「緊張はしていると思うが……まぁ、うちは色んな意味で貴族らしくないからなぁ……」
他の貴族の中には、あまりいい顔をしない家もあるかもしれんな、と言いながら、父様はちょっと困った顔をしていた。
「そうね。うちの使用人たちは平民だからと差別するような人はいないし。ある意味、ユスちゃんはうちにいれば安全よ。それにアリスに1番懐いているのは、今日一緒にいる様子を見て、よく分かったわ」
母様にそう言ってもらえて、私はえへへ、とつい嬉しくなる。
「今の現状がユス君の心の負担になってないか、アリスからもさりげなく聞いてみてくれないか? 勿論、無理に聞き出さなくていいからな」
「うん、任せて」
私はそう、力強く頷いたのだった。
────────────────
私は枕を片手に、寝間着で客間だった一室の前に(今はユス君の部屋)やって来ていた。
勿論、メイドのデイジーに許可取りは済んでいる。これこれこういう訳で、今日はユス君の部屋で寝るからと伝えると、何を考えてるんだろうかこの方は……って顔をされたけれど、気にしたら負けである。
そう、有言実行とは、まさにこの事なのだ。
私がコンコン、とノックしながら声を掛けると、パタパタと慌てた様子の足音が聞こえ、その内に扉が開いた。
「……!? アリスお姉ちゃん?」
「えへ、来ちゃった」
私は枕を抱きかかえながら、にぱっと笑いかけたのだった。
ユス君のベッドにお邪魔して、2人並んで布団に入る。うちに来てからの様子や、感想を少しずつ聞いてみると、思いのほか楽しげだった。
「アリスお姉ちゃんのお家は……悪い人がいないって、何となく分かるから」
「うちって他の貴族の家よりも、ダントツで貴族らしくないからね。それが功を奏したのかも」
「楽しいし、安心する。ルニマダータや帝国より、ずっと」
目を細めて幸せそうに笑うユス君に、私は胸がいっぱいになる。
「……っユス君が沢山話してくれたから、私もちゃんと言っておこうかな!」
何を? と言わんばかりに、不思議そうな顔で私を見つめるユス君。私はちょっぴり声を抑えて、こう囁いた。
「さっきは皆がいたから言えなかったんだけど……フォルト様の事、好きなんだ。ユス君が聞いてくれた言い方に直すと……えっと、特別仲良し、だね」
「やっぱり」
キラキラしたユス君の表情に、私はウッと恥ずかしい気持ちになった。
「これね、今度遊びに来るお友達と、ユス君しか知らない秘密なの。だから内緒にしておいてね」
「分かった、内緒」
ヒソヒソと顔を寄せ合って、思わず笑った。隠し事があるのって、なんだかドキドキワクワクする。
──すっかり寝入ったユス君の顔を見つめていたら、私もウトウトとまどろんできた。朝から準備や移動で慌ただしかったし、疲れもあったのだろう。
「あったかいなぁ……」
おやすみなさい。今日は、いい夢見れそうです。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)




