第114話 クラクラ
私は研究所から王宮に戻る途中で、護衛の騎士様に断りを入れて、少し庭園に寄らせてもらう事にした。
前回は双子の王女様が一緒だったけど、今回は1人だしちょっとお邪魔するだけだからと思い、護衛騎士様には庭園の出入り口で待っててもらう。
何だか残念そうにされたけど、花好きだったのかな……
「いつ来ても素敵だなぁ……」
きょろっと辺りを見渡すと、沢山の花々の中に、手入れの最中の人が1人居た。私はその見知った背中に、こんにちはと声をかける。
「おや、お嬢様は……」
「いつぞやかの時もお邪魔しました」
そう言って私は、庭師の方にニコッと笑いかけた。
「冬の花が一段と綺麗ですね。寒いけれど、澄んだ空気に花がとても映えていて……」
王宮庭園は魔法のおかげもあって、365日四季折々の花が咲いているのだけど、私は春夏秋冬の花のイメージが、どうも抜けきらない。
「夏にいらっしゃった時は、確かアガパンサスの花を見てましたなぁ。お嬢様はいつも、その時期の花を見つけるのが得意なんですねぇ」
「あ〜……すっかり花毎にその季節のイメージがついてしまっていて」
私はアハハと笑って誤魔化した。前世じゃ同じ空間に、こんなに沢山の四季折々の花が咲いている状況なんて、見た事ないもんね。
少しだけ庭園内を回らせて貰いますね、と挨拶をしてから庭師の方と別れる。さて、折角来たのだから、花を堪能させていただこうっと。
「──あ、そろそろ行かないとかな」
寒い中、ちょっと夢中になり過ぎちゃったな……と苦笑いを浮かべて、ささっと立ち上がりコートを直す。私が庭園の出口へ向かおうとした時、最初に見た小さなピンク色の花に、再び視線がいった。
どの花も綺麗に咲いているけど、やっぱり冬の花に目がいくんだよなぁ。
カランコエ……
「幸せを告げる、だっけ」
花の形がベルに見える事から、そう言われてるんだったかな……?
可愛いなぁと思いつつ、チョンッとカランコエの花を優しくつつく。
「その花、気に入ったのか?」
よく響く、聞き慣れた声のする方をふっと見た。
「……フォルト様?」
嘘、なんでここに? 私はポツリとそう呟いて、目を瞬かせた。
「王宮に来てると、さっき耳に挟んだ」
待機していた護衛騎士と代わったから、学園寮まで送る。そう言って差し伸べてくれた手に、私は無意識に手を重ねていた。
氷の騎士様なんて呼ばれているけれど、フォルト様の手袋越しに伝わる手の暖かさに、私は幸せな気持ちがしたのだった。
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手配してもらった馬車に乗り込んだ私とフォルト様は、お互いに向かい合って座った。
乗ってすぐは、ユス君の話で持ちきりだったのだけれど、話がひと段落したところでフォルト様が口を開く。
「冬の王宮舞踏会の事なんだが……」
「? はい」
何だか真剣な表情で話し出すフォルト様に感化されて、私もピシッと背筋を伸ばす。
改まって言うくらいだから、シェリの話かな。
「……アリスティアは、もうパートナーが決まっているのか?」
パートナー……パートナー!?
「いえっ、あの、すっかり忘れてました……! 夏はクリス兄様にエスコートをお願いしていたので……」
ど、どうしよう。
というのも、夏と違って冬の王宮舞踏会は、家族以外の人とパートナーを組まないと、参加出来ない謎のシステムなのだ。夜遅くまで開催されるのもあってか、小さな子は参加出来ないし、ワイワイとした夏の雰囲気とはかなり異なっている……らしい。
何故曖昧なのかというと、私は今まで冬の方に参加した事がないから。話で聞く限りでは、パートナーは婚約者だったり友人だったり、人によってまちまちなのだそうで。
……考えてみたら舞踏会まで、あと1ヶ月くらいしかない……!?
慌てる私を見て、やっぱりなという表情をしたフォルト様は、手のひらをスッと私の前に出した。
「落ち着け。元々アリスティアが舞踏会自体にあまり興味がない事は知ってるから、大丈夫だ」
「うぅ……ポンコツですみません……」
待って、となると……誰にパートナーを頼もう?
ルネ様は女の子がほっとかないだろうし、ラウル君は……この前の仮面舞踏会でお腹いっぱいだろうしなぁ……
うぅん……と俯きながらあれこれ考えていると、アリスティアと向かい側から声が掛かった。
「隣に行ってもいいか?」
「えっ? あ、はいっ!」
断る理由もないので、私はどうぞ、と端に寄った。静かに隣に腰を下ろしたフォルト様との距離は、ピッタリとはいかないまでも、やや近い。
……好きって自覚をしてから、こんなに距離が近いのは初めてだ。
「なら、俺がパートナーに立候補しても?」
「……っひゃい?」
……私は緊張と驚きのあまり、思いっきり噛んだ。
「フォルト様なら、他にお誘いが沢山あったんじゃ……」
「アリスティアに断られたら舞踏会には参加しないで、警備にあたるつもりだった」
……私以外とは、パートナーを組みたくないって解釈してもいいんだろうか。どうしよう、嬉しい。
「パートナー、よろしくお願いします……!」
「よかった。当日は迎えに行くから」
優しく微笑んだフォルト様に、私もはにかんだ。
「それと……選ぶ楽しみを奪ってしまうのは悪いと思っているんだが……当日着るドレスは、俺に贈らせてくれ」
「フォルト様がですか?」
「嫌か?」
「いえ、家族以外の男性にドレスを選んでもらうのは……は、初めてなので」
しかもそれがフォルト様だなんて。普段ドレスにそんなに興味がなかったけど、想像しただけでときめく。頬が熱くなった私が、片手を頬に当ててそっと視線を逸らした時。
フォルト様は、スルリと私の手を引き寄せて、自身の手に絡めた。
「……っ!?」
「パートナーとして、その権利は譲れない。それに……」
真っ赤になりながら、カチンコチンに固まった私を覗き込む。久しぶりの至近距離に、私は更に固まった。
「忘れたのか? 分かりやすく口説くって言った事」
同じ事、しようか。そう言って、握った手をそのまま口元に近づけたフォルト様の吐息が、私の指にかかる。
「っひゃ……覚えてますっ……!」
「じゃあ、寮までこのまま」
私がコクコクと首を縦に動かすと、フォルト様は満足げな様子で近かった顔を離して、私の手を握ったまま正面に向き直した。
馬車の中で隣に座っていた事なんて、帝国の時でもあったけれど、その時は皆も一緒だったし。
平常心、平常心……と思いつつも、暗闇の中、2人っきりになった時の事を鮮明に思い出した私は、恥ずかしくて爆発しそうになる。
あぁ、私、このまま知恵熱を出すかも。
もう少し距離を取ってもらいたい気持ちと、このまま学園に着かなければいいのにと思う気持ちが、クラクラと私の中でせめぎ合うのだった。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)




