第109話 自由の、その先へ
朝食を終えた私達は、陛下とルネ様の元へと案内してもらった。
昨日はどうやらユス君も朝まで眠ってしまったらしい。ユス君は疲れも溜まっていただろうし、全然問題ないけれど、私は皆が深夜に話し合っている最中に、何を呑気に寝てたんだ……
そんな事を頭の中でグルグルと考えていた私は、どうやらそれが顔に出ていたようである。
陛下に、君も疲れていて当然だ。気にしなくてよいぞと慰めてもらい、帝国の陛下にまで気を遣っていただく私って……と、なんとも言えない気持ちになったのだった。
「昨夜少年の持っていた証拠を確認して、公爵の罪を確定出来る物だと判断した。携わった君達には、改めて礼を言う」
陛下のその言葉を聞いて、私はよかった……と、ホッとする。
「色々と気になる点は残っているのだが……主に君の事だ」
陛下の目線は、真っ直ぐにユス君へと向かった。
「ユス君……」
「大丈夫、言える」
そう言うと、私の手をギュッと握ったまま、真っ直ぐ見つめ返した。
「名前は、ユスチノヴィチ、です。ルニマダータの平民で、多分……10歳。産まれてすぐ、この目を呪いだと怯えた親が、施設に捨て置いた……そうです。それからは、孤児として、施設にいました」
ユス君の境遇については、皆ある程度予想していた様で、驚いた様子はなかった。年齢が思っていたよりも上だったのにはビックリしたけれど、成長に必要な栄養が全然足りてなかったんだろうな……
「でも、ある日、闇属性があるって、分かってから、突然……公爵に引き取られて、この国に来ました」
「んだよ……そんなのまるで、人身売買じゃねぇかよ……」
ニャーさんが物凄く低い声で呟き、怒りを露わにしていた。
「昨日、闇魔法が使えるけど使えないって言ってたのは、もしかして……?」
ユス君は私の方を見ると、コクリと頷いた。
「あの人には、とにかく、帝国語を学べと。それから、石に闇の魔力を入れろ、とだけ。だから、それ以外の事は……何も知らないし、出来ない」
「ユス、お前な……石に魔力を込められるだけでも、充分優秀だぞ?」
フォルト様は、俯く姿に優しく話しかけていた。
「ですよね? 私だってまだ授業で、小さな宝石でしか魔法石を作った事ないですよ」
私も思わず口を挟まずにはいられなかった。
「そうか……言いたくなかった事もあるだろうに、話してくれて感謝する。そうだな……君にはひとまず、魔法属性の再確認の検査を受けてもらう事になるな。ルネ」
「は〜い」
陛下から声が掛かったルネ様と共に、ユス君は適性検査へと向かったのだった。
「少年がいた部屋を見つけてくれたのは君達だったそうだな」
「あの、私達は何も……ユス君が内側から開けてくれたので……」
「いや、君達なら大丈夫だと信じて、彼は部屋を開けたんだと思う。あの公爵の事だ。タイミングが悪ければ、彼もどうなっていたか分からなかっただろう……本当に、何度お礼を言っても足りない位だ」
ふぅ、と息を吐くと、そのまま言葉を続けた。
「それから……この件が落ち着いたら、再度リバーヘンへ、エタリオルからの大事な客人として、正式に招待させてほしい」
そう話す陛下は、公爵を捕らえた時の怖さなんて全く感じない位の、優しい声と表情だった。
「ありがとうございます。今度はきちんと正規の手順を踏むので、是非訪問させてください」
私達は陛下に感謝を込めて、再び深くお辞儀をしたのだった。
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部屋を出て、テクテクと廊下を歩きながら、はぁ……と、小さく溜息をついてしまった。
「まぁ、あーさんのしたい事は、何となく察してるけどな……」
ちょっと申し訳なさそうに呟いたニャーさんに、私は慌てて手をブンブンと横に振った。
「あっ、ちゃんと分かってますよ、ニャーさん。私自身、自立している訳じゃないですし、私の勝手な感情で、ユス君を無責任にエタリオルに連れて行く、なんて無理ですよね」
元々ルニマダータに居たのに、リバーヘンに連れてこられて、更にはエタリオルになんて。捉え方によっては、まるでたらい回しにしているみたいだ。
「ユス君には、好きな事をして、楽しく元気に過ごしてもらいたいなぁ……」
そうだな、と隣にいたフォルト様が相槌を打ってくれた。
「陛下もユスの事を心配して、親身になって考えてくれているから、きっと大丈夫だ。平民といえど、稀少な闇属性持ちだし、本人の気持ちを汲んだ上で、今後を決めてくれるだろう」
──そして。
エタリオルへの連絡は既に済んでいるそうなのだけど、早く戻って姿を見せた方が安心だろう、という事で、当初の予定メンバーにいなかった私とフォルト様は、ニャーさんと共に、急遽先に帰る事になった。
今度は帝国側から、再び転移の魔法陣を発動してもらう。
「俺は後からそっちに行きますね〜? フィリップ王子がシルヴィオ王子を連れて、こっちに向かってるそうなんで、入れ違いになっちゃうと困りますし。2人も交えて諸々が済んだら、エタリオルに戻ります〜」
ルネ様の言葉に、私達は分かった、と頷いた。
パッと見は無表情だけれど、寂しげにしているユス君に、私は敢えてニコッと笑って話しかけた。
寂しさをこれ以上募らせないように。それに、悲しいお別れは性に合わないから。
「落ち着いたら、エタリオルにも遊びに来てね?」
「……ん」
「ユス君はもう、自由に生きていいんだよ」
「自由、に……?」
だからどうか、ユス君の心の中に在る呪いから、解放されますように。
「うん」
私はそんな願いを込めながら、ギュッと抱きしめた。
「それと、バイバイじゃなくて、またねって言おう? また会える、約束になるから」
ね、と覗き込むと、私の腕の中でユス君はほんの少しだけ微笑んだ。
涙目の赤い瞳は、キラキラと輝いていた。
「「またね」」
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アリスティア達が魔法陣で転移し、姿が消えるのを見送った後。
「また、アリス達に、会えますか……?」
今にも泣き出しそうな顔をしたユスチノヴィチを見た陛下は、フッと口元を緩めて身を屈めると、ゆっくりと語りかけた。
「君はどうしたい?」
「……会いたい、です……! アリスにも、お兄ちゃんにも、フードの、猫さんにも……」
やっとの思いでそう言い切ったのだろう。ユスチノヴィチの目尻には、ジワッと涙が滲んだ。
そんなユスチノヴィチの頭に、陛下は大きな手のひらをポン、と乗せると優しく微笑んだ。
「だ、そうだ。ルネ、エタリオル王家に手紙を送るだろう? そこにまた1つ追加で依頼文を入れてくれ」
「は〜い。不幸中の幸いは、あの最低な公爵が、最低が故に養子縁組とかをしてなくてよかった……ってところですよね〜」
手続きが楽だな〜と、ルネの足取りは軽やかだった。
「?」
よく分からない展開に、ポカンとした表情を浮かべたユスチノヴィチへ、陛下はこう告げた。
「今回の件を片付けるのに、流石に君にはもう少しだけ待っていてもらう事になる。ルネを待つ間、魔法の勉強を頑張れるか?」
彼女達を追いかけるなら、基本的な魔法の使い方や知識くらいは学んでおかないとな、と言って笑った。
「……っ! はい……!」
「それにしても、彼女達は……いや、特に彼女は不思議な子だな。君も初めて会った時、そう感じたんだろう?」
「壁伝いで、声が聴こえた時、この人なら……大丈夫って、思い、ました」
「ふむ……実に変わったお嬢さんだ」
窓の向こうに広がる青空を見つめながら、またゆっくりと話したいものだな、とカラリと笑ったのだった。
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「っくしゅ」
「風邪でも引いたか?」
心配そうに問い掛けるフォルト様に、大丈夫です、と私は笑って答えた。
転移魔法陣の起動が終了し、魔力が漂う中。駆け寄ろうとしている皆の姿がボンヤリと見えた。
ただいま、エタリオル。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)




