第108話 モーニングは帝国風オムレツ
──馬車の中で、アリスティアとユスチノヴィチが眠った頃。
「この子の事、アリスちゃんはユス君って呼んでましたっけ?」
あぁ、とルネの言葉にフォルトが頷いた。
「だが本当は、もっと長い名前だ。確か……ユスチノヴィチと言っていたな。アリスティアはピンとこなかったようだが……」
「……その名前っていうか、イントネーションって、大陸西部にあるルニマダータ国の発音じゃないですか〜?」
「ありゃま。帝国出身じゃなかったのかよ、このちびっ子」
どうりで独特な話し方をする奴だなと思ったわ、と納得した様にティーグルは呟いた。
「それに、瞳の色を大分気にしていた様子と、先程の公爵の発言からして……今までに、何かしら差別的な待遇を受けていたんだろうな」
「瞳の色……あぁ、西部地方では【血の様に見える赤い瞳を持った者は呪われる】っていう、古い言い伝えみたいな話がありましたっけ?」
でもそれって、かな〜り昔の話じゃありません〜? と、不思議そうに首を傾げるルネである。
「あの国が今もその言い伝えを信じているかどうかは、正直分からない。ただ、ユスの怯えた様子を見ると……きっとそういう信仰があったんだろうな」
「ルニマダータ……ねぇ」
ティーグルは、ふぅん……と呟きながら、ルニマダータの情報を、脳内で引っ張り出しているようだった。
「そもそもルニマダータの子が公爵家にいるのも、謎ですよね〜? 子どもが闇の魔法石を普通に扱えてるってのも、不思議ですし」
「あー、それだわ。思い出した。俺、ルニマダータには稀に、魔法発現が極端に早い奴が生まれるって聞いた事あるわ」
「やっぱりそうか。ただ、魔法属性に関してもだが、独自の発展を遂げている国として有名だから、謎も多いな」と、フォルトはため息をついた。
くぁ〜っと伸びをしながら、ティーグルは背もたれに寄り掛かり直した。
「辛いかもしれねぇけど、詳細は本人の口から聞くしかないだろーな。あの公爵じゃ、自分に少しでも非がないようにペラペラ喋んだろうから、アテになんねぇし」
「確かに〜。もし闇属性持ちだったとしても、そもそもこの子は被害者ですもんね〜? とりあえず今日は2人とも、このまま寝かせてあげた方が良さそうかと〜」
証拠の方は預かったので、一先ず問題ないですからね〜と、ルネは手元の巾着袋をチョイと軽く持ち上げた。
「あぁ。2人とも、緊張の糸が切れたんだろうな」
フォルトは眠るアリスティアの頭をそっと傾けて、自身の肩に持たれかけさせたのだった。
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「……リス……」
フカフカの感触に包まれながら、ぽふぽふと優しく揺すられる。その度にぽふん、と柔らかくベッドが沈み、私はいいベッドだなぁ……と、呑気に夢の中で考えていた。
「アリス、朝ご飯、食べよ」
「ん〜…………うん!?」
ここ、どこだ……!?
ガバッと起き上がると、ベッドの端っこにはユス君がちょこんとしゃがんでいて、私を見上げていた。どうやら私を覗き込みながら、声を掛けてくれていたようである。
「おはよう……! 起こしてくれてありがとう」
うん、と頷くユス君を眺めると、髪の毛を少し切って整えてもらったようで、前髪は相変わらず後ろ髪と同じくらいの長さだったが、昨日とはだいぶ雰囲気が変わっていた。
ただ毛先は癖があるのか、ピョンと色んな方向に跳ねているのも、また可愛いらしい。
洋服も清潔感のある暖かそうな物を着せてもらったようで、すっかり小さなイケメン君になっていた。
「そっか、昨日……」
寝起きの頭も段々と冴えてきた。昨夜馬車ですっかり寝てしまった私は、お城に着いてからメイドさんの手を借りて簡単に寝支度をし、すぐさまベッドにダイブしたのだった。
……部屋まで歩いた記憶がないんだけども、深く考えるのはやめておこう。
朝の支度は普段から学園でも1人でやっているので、メイドさんに断りを入れてから、ささっと済ませる。
扉の外で待っていてくれたユス君と一緒に、隣の部屋へ移動すると、そこにはフォルト様とニャーさんが既に席に着いていた。気を利かせてくれたのか、どうやら個室でゆっくり食べるといいと、お達しがあったようである。
ちょこんと席に着いたユス君は、ニャーさんの格好が気になるのか、時折チラリと視線を送っている。
「あ、そういえば全然説明してなかったよね? このフードを被ったお兄ちゃんは、事情があってこんな格好をしてるんだよ」
「……世の中には色んな人がいるから、な」
「おい、フォルト。さり気なく変な奴だって遠回しに言うの、やめろ?」
「それ、ずっと、被ってるの……?」
ユス君の素朴な疑問に、そのまま過ごしていたら健康に悪そうだなぁ……と、私も今更ながら思った。
「ニャーさん、たまには日光を浴びたほうがいいですよ……?」
「あのなぁ……俺だって勤務時間外は、流石にこんな格好してねぇかんな?」
「えっ、じゃあニャーさんって、休日はフードを外して素顔で街をフラフラしてたりするんですか……!?」
衝撃の事実に、思わず声もちょっと大きくなる。
「そりゃするわ!」
「そんなニャーさんを是非見かけてみたい……」
「俺はあーさんと街中で目が合ったら、一瞬でバレそうだから怖ぇよ……」
うぅぅ……ぜってー嫌だ……と、ぶつくさとボヤいていた。そんなに嫌だと言われると、ちょっと傷つくんですけども。
そうしている内に、サラダやスープ、パンなどがワゴンに載って運ばれてきたので、会話は自然と食事の話になる。
「ユス君は、あの部屋にいた時、ご飯は……?」
どう見たってユス君は痩せすぎだし、身体の線が細いから心配だ。
「パンとか、スープ、食べてたけど……最初にいた所より、多く貰えたから、大丈夫。でも、マナー? よく分からない……」
話を聞くと、スプーンやフォークは使えるとの事だったので、そんなに心配はしていなかったのだけど、ユス君は不安そうにしていた。
「じゃあ、ちょっと見えづらいかもだけど、私の真似をしながら、ゆっくりやってみよう?」
運ばれてきた料理に、ゆっくりと手を付けていく所作は少しぎこちないけれど、難しいものじゃなければ特段問題なさそうだ。
ふむ。なんならニャーさんより丁寧だぞ……?
「絶対マナーを守らなきゃって思わなくても大丈夫。自分が誰かと一緒にご飯を食べる時に、嫌だなぁって思うような事を、自分もしないように気をつけるだけでいいんだよ」
私の言った事に対して少し思案していたようだったが、コクンと頷いた。
偉いなぁ……と思いながら、ユス君の頑張りを見つめていると、フワフワとしたオムレツの乗ったお皿が、そっと目の前に置かれた。実に美味しそうである。
「こちらは帝国風オムレツでございます。とても柔らかいので、ナイフではなく、スプーンやフォークでお召し上がりください」
ほうほう。私は説明を聞いてから、目の前のオムレツに何気なくスプーンをスッと入れると、ハッとした。
「ユス君、このオムレツの中に入ってるの、チーズだ……!」
美味しい……と、顔を綻ばせた私を見ると、ユス君も慌てて私の真似をして、スプーンとフォークを手に取った。
スプーンで1口分を掬うと、卵の中から溶けたチーズがにょーんと伸びる。あわあわと少しもたつきながらも、フォークでチーズを押さえて、パクリと頬張った。
「……っ」
口に入れた瞬間、ユス君の目がパァッと輝いた気がした。
そんな顔を見たら、こっちもつられて笑顔になっちゃうなぁ……と、私はニコニコしながら問いかけた。
「美味しい?」
「アリス、大変……! これ、美味しい……!」
出会ってからあまり表情が変わらなかったけれど、キラキラした目で頷くその顔は、何とも可愛らしい。
私は沢山食べて大きくなるのだよ……と、思いながら、微笑ましく見守るのだった。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)




