第107話 瞳の色
「お前……! よくも呪われた子どもの分際で……!」
呪われたって、何……?
声を荒げてそう叫んだ公爵を見るなり、さっきとは打って変わって急に怯えた様子になったユス君を、私はギュッと側に引き寄せた。
その時、玄関の扉が外から思い切りこじ開けられた。
バキバキッと、絶対にしてはいけない音がしたのは、気のせいではないだろう。
「そこまでだ、ザクナ公爵」
「……えぇ〜? 陛下まで来ちゃったの……?」
ルネ様のコソッとした呟きに、私は思わず目を見開いた。帝国の陛下が、騎士団と共に自ら乗り込んできたの……!?
そういえば前にミレーユが、帝国の男性は強さや力を求める的な事を言ってたっけか。
陛下も自ら戦場の先頭に立つタイプなんだな……
「へ、陛下……!? こんな所までいらっしゃって何を……」
陛下は、慌てふためきながら必死で笑顔を取り繕う公爵を一瞥する。
「何を、か……」
ハハ、と嘲笑したその顔は、獲物を刈り取る一歩前の獰猛な眼差しで、ゾワッとする。
「私が何も知らないで、お前を野放しにしてたとでも思っておったか? シルヴィオやエタリオルの研究者を唆し、帝国とエタリオルとの亀裂を生もうとしたなど、愚かな事よ……」
低い声で語られるその声は、確かな威厳が肌で感じられ、ホール全体へと唸る様に響き渡った。
公爵にだけ向けられた非難の重圧は、耐え切れる筈もなく、公爵はウグッと息を荒げながら、膝をついた。
「なぁ、公爵? 後はゆっくり牢の中で、全てを明らかにしてもらおうじゃないか」
……あ、陛下、すっごく怒ってらっしゃる。
陛下は、連れて行けとだけ、騎士団に声を掛ける。その一声で騎士団員達は、公爵を拘束し搬送したり、家宅捜索を開始したりと、テキパキと動き出す。
「ルネ、急な事だったが、ご苦労だったな。それに君達は、エタリオルの……?」
陛下からスッと視線を向けられ、私達はすぐさま礼をとった。
「エタリオル王国、第一王子の側近魔法騎士であります、フォルト・カルセルクと申します」
「同じくエタリオル王国から参りました、アリスティア・マークと申します」
ひぃぃ、と内心ハラハラしながら、フォルト様に倣って、緊張しつつも何とか挨拶をする。
「あ〜、俺はエタリオル王家直属のモンなんで、怪しい奴じゃないっす」
ニャーさんは、ほい、とエタリオル王家の紋章を見せて、それで終了している。
……挨拶が軽く済んで、大変羨ましいです。
「本来の計画だと、俺とこのフード被った猫先輩だけで、こちらに転移する予定だったんですけど、うっかりさんがいまして〜」
ルネ様はくるりと私の方を振り返って、とてもいい顔で笑った。
あっ、助けてくれない感じなのね……!?
クッと思いつつも、まずは謝罪をせねばと、私は再び重たい口を開いた。
「……私が誤って魔法陣に足を踏み入れてしまったが故に、本来ならば来る予定のなかったカルセルク様も巻き込んでしまいました。無許可で入国した事、お詫び申し上げます」
「横からの発言となり、失礼を承知で申し上げますが」
私が再度深いお辞儀をして、陛下からの言葉を待っていると、側にいたフォルト様が突然話し始めた。
「アリスティア嬢が魔法陣に踏み入れてしまったのは、不慮の事故です。それに私自身は、心配で勝手に付いてきたものですから。責任は自らにあります」
フォルト様は、私にだけ責任がいかないようにと、庇ってくれたのだろう。優しさが身に染みて、ちょっと泣きそうになったのは内緒だ。
「ふむ、今回は急を要したのだから、そのくらいの事は気にせんでよいぞ? 寧ろ協力に感謝する。ただ、エタリオルの方で皆が心配しているだろうから、早急に連絡を送っておこう。それに……」
「?」
不意に陛下にジッと観察されて、私は首を傾げた。さっきのような重圧はないから、全然怖くはないけれど、何だろう……?
「そちらの重要参考人は、どうやら君達に懐いているようだ」
ユス君は私たちが礼を取っている時も、私のドレスの裾と、フォルト様のズボンの辺りをしっかりと握っていたようだ。
「詳しくは……ここじゃ話せないな。皆、夜も遅い。王宮へはそれ程距離もないから、転移魔法は使わずに用意した馬車で戻るといい」
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用意されていた馬車は、見た目は装飾などなく目立たない造りで、何の変哲もない馬車だった。
夜中に煌びやかな馬車が走ってたら、そりゃビックリするか。
ユス君、私、フォルト様の順で座り、向かい側にはルネ様とニャーさんが座った。4人乗りの馬車のようだったが、中は思ったよりも広々としていて、フカフカの座椅子は座り心地も最高である。
「そうだ、ユス君。今ならあれを出して、闇魔法の専門のお兄ちゃん達に見てもらってもいいかな?」
コクンと頷いたのを確認してから、私はポケットにしまってあった、魔法石の入った小さな巾着袋を取り出した。
向かい側に座っていたルネ様とニャーさんに手渡すと、2人は驚いた声を上げた。
「「これ……!」」
「ユス君が証拠として、隠し持っててくれたらしいんです。恐らくルネ様が前に使ってた魔法石と、同じ感じの物だと思うんですけど……」
「うんうん、正解! 君、これどうやって持ってたの〜?」
「あの人、闇魔法、詳しくない。闇魔法、重ねても、分かってない。だから、石、隠せた」
「お前ちびっ子なのにスゲェな」
「怖い人の所で1人で頑張って、偉かったね」
つい、弟がいればこんな感じなのかなと考えつつ、頭をなでなでしてしまう。
「……アリスは、赤い目、怖くない……?」
「怖くなんかないよ? ほら、前に座ってるお兄ちゃんも赤い目だし」
ルネ様がはーい、と向かい側で手を振る。ユス君はチラッとそちらへ視線を向けたが、すぐに下を向いた。
「全然、違う……」
「そうかなぁ……? 私には違いがあんまりよく分からないんだけど……でもユス君の瞳は、何かに似てるよね?」
私の何気ない発言に、ユス君の指先がピクッと小さく動く。
「そうそう、レッドダイヤモンドだ」
「……血、みたい、じゃない?」
ユス君の声が震えていた事に、私は全然気が付いていない。
「へ? 血? うん。ユス君の瞳は炎みたいに明るくて、キラキラしてて綺麗だから、ダイヤモンドに似てると思ったんだけど」
ダイヤモンドって色んな種類があるけど、どの色も綺麗なんだよなぁ……透き通ってるのに、色は鮮やかに発色して煌めくのだから、目を奪われるのだ。
「私、ダイヤモンドが1番好きかも」
へへ、と笑ってそう告げると、ユス君は無表情のまま、ぽとぽとと涙を零れ落した。
「あ〜、あーさんが泣かした」
「えっ、えっ!? 褒めたつもりなんだけど、ごめんね!?」
フルフルと首を横に振りながら、私にしがみついたユス君を、慌てて慰める。どどどどうしよう。
「あ! 帝国のお城で美味しい物、沢山ご馳走になると元気でるよ、きっと!」
「おいおい……慰め方もブレねぇな、あーさん……」
その内にユス君は泣き疲れて、私の膝の上に頭を乗せたまま眠った。そんな姿を見つめていると、馬車の一定のリズムの揺れが心地よくて、私も段々眠たくなってきたのだった。
お城に着くまで……ちょっとだけ、おやすみなさい。
いつもありがとうございます(*´꒳`*)




