第104話 もっと?
「おい」
音を立てずに扉を閉めたティーグルは、ルネの方を向いて小声で声を掛けた。
「ルネ、お前なぁ。あーさんの事を指摘された時、フォルトにさり気なく刺々しい言い方してたろ」
「えぇ〜? 俺、嘘は言ってないですよ〜?」
ただ……と続けると、ルネはニッコリと笑った。
「こうも目の前で、沢山面白い魔法を見せられたら、そりゃ俺だって期待しちゃいますよね」
「期待ぃ?」
ティーグルは胡散臭げに言葉を返す。
「アリスちゃんなら、事件解決の糸口を見つけてくれるんじゃないかってね」
「まぁ、それは考えなくもないけどよ……万が一、怪我でもさせたらフォルトは勿論、侯爵家もあーさんの友達も皆、黙ってないからな?」
「怪我なんてさせない為の俺ですよ〜? それに、お姫様を守る騎士は、沢山居たっていいでしょ?」
お前の主はあーさんじゃなくて、帝国の王族だろうが……と、心の中でツッコミを入れつつ、ヤレヤレと溜息をついたティーグルなのだった。
「……氷の騎士よりあーさんに近づいた日にゃ、お前の全身が凍ってるだろうから気を付けろよ……」
「は〜い」
「ったく、あーさんの無自覚人たらしめ……」
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ようやく暗闇に目が慣れてきた私達は、こちら側からは部屋の扉が確認しやすくて、逆に部屋に入って来た人からは死角になりえそうな場所へと、ひとまず移動する事にした。
部屋の左奥にある、大きめな鏡台の横に身を隠す事で落ち着いた。
「なるべく気配を消した方がいいから、座って身を潜めておこう。あの2人がどの位で決着を付けるか、時間も読めないからな」
床に座ってもらう事になってしまうが……と、申し訳なさそうに話すフォルト様に、私はブンブンと首を横に振った。
「全然問題ありません……! 床は絨毯が敷いてありますし、立ちっぱなしより有難いです!」
公爵家の客室なだけあって、手入れの行き届いたフカフカとした床に、私は躊躇う事なく腰を下ろした。
「フォルト様、あの、巻き込んでしまって申し訳ありませんでした……」
「気にするな。心配で慌てて飛び込んだのは、俺の意思だから」
もし私だけ来てしまっていたら、どうなってたんだろう。他国の知らない人の屋敷で1人、真っ暗な部屋で待機なんて……考えただけでゾッとしてしまう。
「居てくれて、凄く安心してます。本当にありがとうございます……」
「お前はいつも1人で立ち向かって行ってしまうから。俺も今回は、側で守れそうでホッとしてる」
フォルト様は、私の頬に手を伸ばし、以前レベッカ様の魔力暴走を止めた時の頬の傷があった所を、人差し指でスリ、と撫でた。
ニコラ先生のおかげで、もう傷なんて全く残ってないのに。何だかくすぐったい。
「まさか今度は、他国で2人きりになるとはな」
フォルト様の一言で、ようやくこの状況に気付いた私は、忽ちピシリと固まった。
ふ、不謹慎だけど、こんなのドキドキしない方が可笑しいと思う。
「それより、怪我は? ヒールだったら足を捻っていたかもしれなかったな……」
「どこも怪我してないです。パンプスに履き替えておいたお陰で何とか」
夜会ドレスから簡易ドレスに着替えておいて正解だったなぁ。
しかも、たまたま選んだドレスは、紺色のシンプルなドレスで、夜に紛れやすくて、この状況に丁度良かった。何かあった時の為に、少しでも動きやすい方がいいしな……そこはラッキーだったと思おう。
「「……」」
静まり返った部屋で、音を立てずに過ごすというのは、時が経つのも遅く感じるものである。
あまり喋らないでいた方がいいって事は重々承知なのだけど、黙っていると私の心臓が持たない。
うわん、と心の中で荒ぶっていた私に、フォルト様は上着を脱いで、私の肩にふんわりとかけてくれた。
「この状況じゃ暖炉も使えないし、夜は冷えるだろう」
「いえっ、私だけこんな……悪いです!」
私はあったかくても、これだとフォルト様が更に寒くなっちゃうじゃないか……!
「なら……もう少しだけ、傍に行ってもいいか?」
「え」
気付いた時には、1人分開いていた私たちの距離は、0になっていた。
お互いの肩がほんの少しだけ触れ、何だかそこだけが熱を帯びているように感じて、むず痒い。
距離はこんなに近いのに、触れているのは肩だけで、私は──
「もっと……」
「ん?」
そう言いかけて、慌てて両手で口を閉じた。
もっと……何て言おうとしたんだ私は……!?
「も、もっと、気温が高ければよかったですよねっ」
「……? そうだな。だいぶ冬に近づいてきたから、中々気温も上がらないしな」
何とか切り返した私は、ふぅ、と小さく息を吐いた。危ない事を口走りそうになった……!
私のフォルト様との距離感は、バグっているんだ。それに慣れてしまった私だからきっと、変な事を口に出そうとしたんだ、よね?
──もっと触れてもいいですか、なんて。
「……ぅぅ」
まるで私、変態みたいじゃないか。
ボボボ、と顔が熱くなる。頬に手を当てて、熱を覚まそうとしていた私をいつから見つめていたのか、フォルト様の視線を感じた。
「な、何でしょうか……」
部屋が暗くてよかったと、これ程までに思った事はないだろう。いや、下手したら顔が赤いのバレてるかなぁ……
「……アリスティアは本当に可愛くて、見てて飽きないな」
「にゃ、な、何を突然……」
私がどもりながら言いかけた時、カタン、と微かに音が鳴った。ニャーさん達が出て行ったきり、扉は開く事がなかったこの部屋の中でだ。
私とフォルト様は、すぐ息を潜めて、お互いに目を合わせる。
この部屋、私達以外にも何かいる……!?
いつもありがとうございます(*´꒳`*)




