第103話 魔法陣にはご用心
「え、えっと……?」
そんなに可笑しな事を言ったつもりはないんだけどな……!?
「……つまりアリスティアは、その空間認識阻害の魔法がかかっている所を特定して、尚且つ解除ができれば、証拠が見つかる可能性が高いと考えたんだな?」
フォルト様は私に目線を向けると、そう確認を取った。
「は、はい! そんな感じです!」
コクコクと慌てて頷く私だったが、あっ……と、この案の問題点に突き当たった事に気が付いてしまった。クルッと振り向いて、ソファーの背もたれに肘をついていたニャーさんに問いかける。
「あの、ニャーさん。前に話してくれましたよね? ステファニー様の家を探索した時、怪しいものは見つからなかったって。そうなると、ザクナ公爵の屋敷を探索しても同じ結果になっちゃうかと……」
私の問い掛けに、一瞬間が空いたニャーさんだったが、ハッとする。
「……うっわ、そうじゃん! 俺フィゾー家で隠し部屋を見落とししてたって事だよな……最悪だ……」
そう言いながら、あぁぁ……と、背もたれを掴んだまましゃがみ込んで、しおしおと項垂れるニャーさんである。
「……アリスがいない時に色々と事情は聞いたけど、この人って本当に王家の間諜なんだよな……?」
いや、見た目は完璧だけどさ、とサラが不思議そうに、ニャーさんをまじまじと見つめていた。
「うん。ニャーさん、すごく強いと思うよ? 今度魔法の手合わせしてもらったら?」
「おっ、それならニャー殿、是非ともお願いしたい」
「手合わせは別にいいんだけどよ……俺のあだ名がどんどん可笑しくなっていく……」
恨めしげな声でボヤくニャーさんから逃げるように、ささっと正面に向き直した私である。
「うーん……闇魔法で探知が出来ないとなると、どうやってその隠し場所を見つけ出すのかが重要だね……」
静かに話を聞いてくれていたエヴァン様が、少し困った様に呟いた。
「あるはずの部屋がなくなっている様に見えるのなら、ザクナ公爵家の見取り図があれば、何とかなるものか?」
「それも見つかれば使えるかもしれない。ただ、用意周到なザクナ公爵なら、そういった類の物も隠しているか、細工してる可能性もあると思う」
殿下の考えに、フィリップ王子も独自の見解を述べる。
「あ〜そこら辺は、闇属性持ちの俺らに任せとけって。滅多にないと思って、最初から新魔法の可能性を視野に入れてなかった俺も悪かったわ」
「俺も同意見ですね〜 そうと分かれば、徹底的に粗探ししてあげましょ〜?」
「おうよ。屋敷がちょっと破損したって……なぁ?」
わぁ、ニャーさんの低い声色と、ルネ様のいい笑顔からドス黒いオーラがめちゃめちゃ放たれている……
この2人、空間認識阻害の新魔法に気付けなかったの、絶対根に持ってるな……
「……まぁルネはともかく、お前は他国の公爵家であんまり騒がないようにしてくれよ?」
殿下が額に手を当ててため息をついたのは、言うまでもない。
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緊急事態ということで、最速で陛下の許可を貰った後、研究所の地下実験室で魔法陣を展開する事となった。
初めて踏み入れた地下実験室は、実験に支障をきたさない様に、元々灯りのない部屋になっているらしい。魔法陣を展開させても、ようやくうす暗いかなと思える程度の明るさだった。
結局、帝国とエタリオルのそれぞれの間諜であり、闇属性持ちのルネ様とニャーさんが、ザクナ公爵家の(前世の言葉を借りるなら)家宅捜索に向かう事になり、2人は魔法陣の中へと移動する。
シルヴィオ王子とダニエル様をこちらで拘束している以上、ザクナ公爵側にこの状況を知られると先手を打たれてしまうかもしれない。とにかく、善は急げだ。
それに夜で寝静まった時の方が、忍び込むのも楽かもしれないもんね。
私はそんな事を考えながら、滅多にお目にかかれないだろう魔法陣を、もう少し近くで観察させていただこうと、一歩前に足を踏み出した、その時。
「ひょわっ!?」
床に何か液体が溢れていたのか、うっかり滑った私は勢いがついて、思っていた以上に前へと飛び出してしまったのである。
幸いにも、夜会用のヒールから低いパンプスに履き替えていた私は、何とか転ばすに堪えたのだった。
すぐ目の前には魔法陣があり、既に陣の中にいたニャーさんとルネ様が、ビックリした表情を浮かべていた。お、驚かしてすみません……
「危なかったぁ……って、え?」
急いで後ろに下がろうとした私の意に反して、グイッと前に引っ張られる感覚。気付いた時には、私の身体は魔法陣の中に入っていたのである。
「ア、アリス!?」
「……アリスティアッ」
皆の慌てた声や、フォルト様の珍しく焦ったような声も聞こえたけれど、あれ!? と思った時には既に遅し。ドジ過ぎる私は、何故か意図せず転移魔法を体感する事になったのだった。
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ひとまず転移魔法は成功したようで、私が恐る恐る目を開けると、そこは灯りのない暗い一室だった。目が慣れてくると、家具が一揃い置かれている事が分かった。ここ、客室か何かなのかな……?
部屋の観察してから、ふと自分の腰辺りが何となくあったかいなぁと思い、手で確かめようとすると、よく知っている手が私の腰に回されていた事にようやく気付いた。
「へ……フォルト様っ……!?」
私が頭を後ろに向けると、すぐ近くでフォルト様らしき人影と気配が感じられた。
付いてきてくれたんだ……と私が心底ホッとしているのも束の間である。
「お前……アリスティアを魔法陣の中へ引っ張っただろう」
フォルト様は物凄い低音ボイスで、ルネ様に言い放ったのだった。
わぁ……あったかいのに、寒いという不思議な感覚に包まれている私である。
「いや〜すみません。アリスちゃんの足、少し魔法陣に踏み入れちゃってたんですよね。魔法陣が起動している状態から離れてもらう方が、逆に危険かなぁと思って」
そう話すルネ様に、私はなんで返せばよいのか分からず、ドジしてごめんねと、とりあえず自分の失態を謝っておく。
「まー、来ちゃったもんは仕方ねぇだろ。フォルトだって来る予定じゃなかったんだからな? つーことで……あーさんの護衛は、お前に任せた」
ニャーさんはポンッとフォルト様の肩を叩くと、ニカッと笑った。ニャーさんの臨機応変な対応力すごいな……と、ちょっと尊敬した私なのである。
「うげー……何この屋敷の中。闇魔法のオーラがプンプンじゃん。しかも罠がそこらじゅうに蔓延ってるし……」
「前に侵入した時より、厳重になってるっぽいなぁ〜」
扉をほんの少し開けて、廊下の様子を確かめた2人は、この屋敷の罠の多さにウンザリしているようである。
「いつもの隠匿の魔法は使っても大丈夫か? これ……」
「う〜ん……逆に、使うと罠に引っかかるかもですねぇ。やめときます〜?」
「でもよ、ルネは間諜だってバレたらマズイんじゃねぇの?」
俺は元々顔隠してっからいいけど、とニャーさんがルネ様に声を掛ける。
「俺はその為の二面性がありますから。今回は、パタナーシュ公爵家のルネとして振る舞いますね。同じ公爵家として立場は一緒ですから、ズバズバいきます〜」
「オッケー。んじゃ、あーさんとフォルトはこの部屋でひとまず待機しててくれ。何か手掛かりか、隠し部屋を見つけて事が済めば、この部屋に一旦戻ってくるからよ」
「あ、はい」
「分かった」
「誰も来ないとは思うけど、念の為隠れておいて〜。あと、変な罠があったら危ないから、部屋の物にも一応気をつけてね?」
じゃ、いってきますと、2人は音を立てないように扉を閉めて、探索へと向かったのだった。
なんだかんだで待機組となった私とフォルト様だけど……これってもしかして、もしかしなくても2人っきりなのでは?
数分後、私はこの事実に気づくのである。(遅い)
いつもありがとうございます(*´꒳`*)




