第100話 光は、もっと輝くから
私はシェリの代わりにはなれないけれど、出来る事はある。それが、シェリの光魔法のサポートだ。
「魔力を人に送る……さっきの魔法陣の塗り替えと発想は同じだと思うんだ」
魔力を纏ってシェリに触れながら、その魔力をそのまま送ればいいのだから、原理は一応単純な……ハズ。
ただ、魔法陣の時みたいに全てを塗り替えるんじゃなくて、私の中で一定量をしっかりと決めて受け渡す事が大切なんだと思う。
魔力を送りすぎても私が魔力不足になってしまうし、シェリにも負担がかかってしまうのかどうかが、正直なところ、ちょっと分からない。
基礎属性の上級魔法の時に使う魔力量がこれくらいで、特殊属性はその倍以上の魔力量を消費すると言われているから……と、私は脳内でシュミレーションをする。
フゥ、と息を吐いて、私はシェリの手のひらに自分の手を重ね合わせた。
閉じた目をゆっくりと開ければ、いつもより視界は鮮明になる。
魔獣と対峙した時もそうだったけれど、創り出したい魔法の言葉は、いつだって自然と浮かんでくるから不思議だ。
『思い連なる魔力を、君に捧ごう』
届けたいんだ、この力を必要としている大切な人に。
『名もなき4色の贈り物』
私の紡いだ新たな魔法が、淡く光り出す。
クルクルと円を描く様に漂っていた魔力は、私の手のひらからシェリの手のひらへと、ふわりふわりと移っていく。
これは、成功……?
「えぇ……? 本当に出来ちゃったんじゃない、アリスちゃん……」
唖然とするルネ様を横目に、私はシェリに声をかけた。
「どうかな? 対象者をシェリにして、一時的に魔力一定量送った感じなんだけど……」
「えぇ、魔力は大丈夫そうだわ。でもアリス……もしもこれで出来なかったら……」
不安げなシェリを励ますように、私は合わせていた手を、そのままギュッと握って微笑んだ。
「もし出来なかったとしても大丈夫だよ。また違う方法を考えればいいだけだもん」
最悪……力技で、ね……と遠い目をした私を見たシェリは、フフッと思わず笑みを溢す。
「ありがとう、アリス」
「そうだ。その光魔法の呪文、私にも教えて? 私が唱えても意味はないだろうけど、一緒に言えば少しはシェリの気が楽になるかも」
教えてもらった光魔法の言葉は、1つ1つがとても綺麗な単語だった。紡ぎ言葉も魔法古語も長文だけど、不思議と頭にスッと入ってくる。
光は、もっと輝くから。
暗い心の想いを消し去るように。
そっと空へと還れるように、私達は祈りを込めて言葉を紡いだ。
『『煌めきの欠片となる星たちは、瞬く間に闇を空へと導くだろう』』
『『女神が奏でる、楽園への鎮魂歌』』
言い終えたと同時に、部屋中をキラキラと、雨のように光の粒が降り注ぐ。それは、淡く光っては溶けて、消えてを繰り返す。
「で……出来た……?」
「綺麗……」
「わぁ……これってかなりの歴史的瞬間〜……」
私達は暫くの間ぽかんとしながら、流れ落ちる光の粒を、ただただジッと眺めていた。
これが、光の浄化。
ステファニー様のお兄様が纏っていた障気も、霧が晴れるかのように全て取り払われた。そしてフラッと身体が傾き、意識を失ってそのまま床に倒れ込んだところに、ルネ様が闇魔法をかけて捕縛する。
「あれ〜?」
部屋を侵入不可にしていた闇の魔法石を壊そうと、しゃがみ込んで確認していたらしいルネ様が、不思議そうな声を上げた。
「もしかしてなんだけど、この男が持ってた魔法石も浄化の対象になったみたい?」
本来ならば真っ黒な闇の魔法石が、深く輝きを放つ、魔力を失った元の黒い宝石に戻っていたようである。
「初めて唱えた上級治癒魔法だったから、さじ加減が正直分からなかったのよね……効果が強すぎたのかしら?」
「アリスちゃんの魔力と、シェリーナ嬢の光魔法が混ざった事で、何か新しい反応が生まれたのかなぁ……」
「え。そんな可能性もあるんだ? やっぱり光魔法ってすごいんだねぇ……」
魔法の可能性は無限大……と、私がしみじみとしていると、後ろからものすごい勢いでバーンッと扉が開いた。
ぴえっと飛び跳ねる私。
し、心臓に悪いんですけど……!
血相を変えて駆け込んで来たのは、殿下にフォルト様、フィリップ王子と、それからサラとニャーさんだった。夜会はきっとまだ終わっていないだろうから、他の皆は会場に残って、対応をしてくれているんだろう。
サラは一目散に、私とシェリの所に駆けて来ると、ギュッと抱きしめてくれた。
「2人とも、大丈夫だったか……!?」
「大丈夫よ。私は眠らされてただけで、気が付いた時にはアリスが傍にいてくれたから」
「えへへ。最初はどうなる事かと思ったけど……ルネ様もこっちの味方だって分かってからは、精神的にも楽だったよね」
そんな私達の様子を見て、サラは苦笑いを浮かべた。
「さすがだな。こっちの王子様方は、扉の前でずっとヤキモキしてたぞ」
そう言って私達を抱きしめていた腕を離すと、クイ、と頭を傾げた。
私達の会話が途切れるのを待っていたのか、殿下はシェリの前に足早にやってきて、人目も憚らず、ギュッと抱きしめた。
「シェリ、無事でよかった……! 夜会は1人で行動しないようにと言ったはずだろう?」
「はい、申し訳ございませんでした……」
「悪いのはシェリじゃなくて、帝国の王子と狂った研究者だからね。もしシェリに何かあったなら、この2人をどうしてたか分からないよ」
シュンとしたシェリの頭をポンポンと撫でながら、いい笑顔で話す殿下を、フィリップ王子は青ざめた様子で見つめていた。
……何だかもう、情報量が多くて私はパンクしそうなのですけれど?
「今のところ脳内整理が全然出来てないんだけど、誰が何をどこまで知ってるんだろう……」
「この後、全部ユーグが説明する」
振り向くとフォルト様がいて、私の疑問に答えてくれた。
「……怪我はないか?」
「もちろんありません! 元気ですっ!」
ふぅん……と疑わしい目で見てくるフォルト様から、私は居た堪れなくなって、そっと視線を逸らしたのだった。
いや……怪我はしてないし……うん。嘘はついてないし……
私がフォルト様と無言の攻防戦を繰り広げていたすぐ近くでは、ニャーさんがルネ様と話し込んでいた。
「おいおい、ルネやい。この件、お前に任せるとは言ったけどさぁ……何であーさんまでいるんだよ……」
「いや〜アリスちゃん勘がいいみたいで〜。ふらふらしてるアホ王子を見つけちゃったんですよ〜」
しかもまだ起きやしないんですよ、と床に寝っ転がったままのシルヴィオ王子に視線をやって、ヤレヤレと首を振った。
「あ、俺の魔法石にこの2人の、ご令嬢方に対する犯罪未遂の状況証拠が押さえてありますので、ご確認お願いしま〜す」
こっちが音声で、こっちが映像です〜と、両耳に付いていた魔法石付きのピアスを外して、殿下に渡していた。
おっと、何だって……?
「ル、ルネ様……? そ、それって、もしかしてだけど、私が色々やらかしてるのも入ってたり、する……?」
「勿論! アリスちゃんの活躍もバッチリだよ!」
いい笑顔で頷かないでほしい。
「いやいやいやいや! そこはカットでお願いします!」
「……アリスティア……?」
「っひゃい!」
頭上から冷気が溢れているのを感じ取った私は、思わず身を硬くする。
「……ちょっとおいで」
言葉掛けは優しいけど、今は逆にそれが怖い……!
フワッと私を抱えると、そのままスタスタと出口へと向かうフォルト様。
あの、本当に、ちょっとで済みますかね……!?
いつもありがとうございます(*´꒳`*)




