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ラッキーボーイ 2

 様子が違っている。

 そう気づいたのは、見覚えのある小屋の前にたくさんの洗い物がはためいているのを見た時だった。嬌声が聞こえたと思えば、裏手から幼い兄弟が追いかけっこをして現れ、さらに後ろから洗濯カゴをかかえた女性が歩いてくる。

「転ばないでよ」

と子どもに声をかけた彼女は、道にたたずむパーシバルを見とめてハッと身をすくめた。

 彼は両手を少し広げ、敵意のないことを示す。

「アロンソという男を知らないか。ここに住んでいたんだが」

 訪問者に気づいた子どもたちが母親のスカートにまとわりつく。三人の視線を受け、パーシバルは一歩も動かず立っていた。

 相手は硬い表情のまま、

「あたしたち、うつってきたばかりよ。空き家だったとしか聞いてないわ」

と言うや、子どもたちを家の中へとせきたてた。

 それ以上けることもなく、パーシバルはその場を離れた。アロンソならこの変わった仕事の力になってくれると思っていたのだが、期待と入れかわりに不吉な予感が忍び寄っていた。



 外から戻ったヴィーは、しっかり鍵をかけるともどかしげに帽子をはぎ取った。

 以前から掲示板を介した雑用を引き受けてはいたが、兄をうしなったことでより頻繁に通う必要があった。重たいシャツも脱ぎ捨てて顔を洗う。ひび割れた鏡をのぞくと、伸びかけた髪が首すじにはりついていた。

 彼女は「短くしなきゃ」とつぶやき襟あしを引っぱる。一度暗がりに引きずりこまれかけて以来、ひと目では少女だとわからないようにしていた。

 危なかった時に助けてくれたのも、この洗面台で髪を切ってくれたのも、兄のエカートだった。

 こっちが長い、ここが短いとあれこれ注文をつけられても、彼はいつも楽しそうだった。「ヴィーはこの町で一番うるさい客!」と声をあげて笑ったのを思い出し、彼女は目のはしをぬぐった。

 陽がかげりだした部屋は灰色がかっている。その中を横切ったヴィーは、ベッドのカーテンをそっと割って内側に入り込んだ。

 床にひざまずくと、

「ママ」

とささやき、手を伸ばす。

「大丈夫。ぜんぶ大丈夫だから」

 ふれた頬にかすかな笑みが浮かぶのを見て、少女は母のとなりに頭をもたせかけた。やがて彼女も目を閉じる。カーテンは母子を守る膜に変わり、世界が急激に遠のいた。



 現場から逆方向に離れた商業区は雑然と混んでいて、通りの端々に小さな店がある。

 パーシバルは人の波をよけ、なにかの配達ロボにつまづきながら、ようやくひとつの入口をくぐった。シガレットやパイプが申しわけ程度に並ぶ煙草屋もどきだ。

 彼は細長い店の奥まで進み、紫煙がたちこめるカウンターに声をかけた。

「LSホーネット、カートリッジ」

 煙の中から不機嫌な老人の顔が浮かびでて、肉の厚いまぶたの下からじろりとにらんでくる。客を見定めると、店主は「1400テリ」とうなった。パーシバルが差し出した紙幣をわしづかみ、バックヤードにむかって古びたベルを鳴らす。

「外から裏にまわれ」

 それだけ言った老人は、もうお前とは永遠に口をきかないからさっさと立ち去れというようにむっつり押し黙った。

 店の脇にすき間があり、身体をななめにしてやっと抜けると、開けたドアを肩でささえた若い女が手まねいた。

「ホーネットさん、こっちです」

 だらしなくひっかけたストールの下にしっかり武装しているのが見える。弾薬を受けとったパーシバルは、引っこみかけた彼女を呼びとめた。

「君はアロンソを知っているか。以前、彼にこの店を聞いたんだ」

 顔だけ出した相手がそっけなく答える。

「ラッキーボーイなら死んじゃいましたよ、どなたかの怨みでもかったようで」


 うっすら予測はしていたが、「いつのことだ?」と返すまで少しの間があいた。

「ええっと、ひと月くらい前かな。お客さん耳が遅いね」

 取引にむかったはずのアロンソは、路地で銃撃され倒れていたという。彼女が口にした場所は、パーシバルが初めてアロンソにつかまった区画の一端だった。

「ここは釣堀さ、あんたみたいなほやほやのヒヨコの。シャトルから吐き出されたら、目についた道をまっすぐ入るだろ? ちょっと歩いて配られた住所を確かめたい、おおあそこに広場と椅子が! で、今のあんたとまったく同じ姿勢になる。明察だろ?」

 調子のいい顔が浮かび、彼はスイッチを入れるようにまばたきを一つした。


 思い出しついでに興が乗ってきたのか、女は「あれリプロだったでしょう。本人は隠してたつもりですが、知ってますよね?」と面白がってつづけた。

「リプロは血がないじゃないですか、だから撃たれても穴が開くだけ。酔っぱらいが寝てるのかって、しばらくほうっておかれたそうですよ。幸運を気どってましたが、最後には勘定が合うようになってるもんですねえ」

と、赤い唇で皮肉に笑う。

 濃い化粧のせいでごまかされるが齢は十代の終わりごろだろう、エカートとそう変わらない。ヴィーに言わせるところの“そういうことができる”女へ、パーシバルは最後に尋ねた。

「本体の買い換えを考えている。いま出回っている型を教えてくれ」

「あ、そっちの情報は別料金ですんで。カウンターにどうぞ」

 唇と同じ色の爪がひらひらと軌道を描いたあと、扉がすばやく閉められた。

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