ラッキーボーイ 1
石づくりの階段をのぼりきると視界が開け、乾いた風と太陽の光がふりそそぐ。
パーシバルは、ピラミッド状の都市の中ほどの階層まで上がってきていた。柵のない突端を見下ろせば穴だらけの側面が広がり、だらしなく伸びた裾を断ち切るように一本の巨大な道路がそばを通っていた。
二重のフェンスに守られたハイウェイだ。
堅牢な道を追って顔をあげた先に、天をつくような都市がかすんでいる。荒野を百キロメートル以上へだててもそのシルエットは洗練されていた。メガロポリスと呼ばれる巨帯繁栄圏の、ほんの一部分だった。
かつてメンテナンスを受けにあそこまで行った。今となっては記憶すら遠く、夢だったようにも思えた。
あれからヴィーの部屋を辞した彼は、いったん自分の居室へ戻った。
古いソファーのひじ掛けをはね上げ、中を探る。
銃は変わらずそこにあった。伸ばした手のひらと同じくらいの大きさだが、ずしりとした重みがあり、護身用にはじゅうぶんだった。
問題は、弾薬がないこと。
それを解決してくれるのが、とある変わり者の再現体だった。
「中身はいいんだ、ガワだけで。武器があるぞって見せつけりゃばっちり効果的、なあ俺に騙されてくれよ!」
と、がちゃがちゃした声を思い出す。
退役してこの都市へ送られてきた時、まだ勝手のわからないパーシバルをいち早くつかまえた抜け目ない売人。名前はアロンソと言って、戦地戻りの再現体とは思えないほどよくしゃべる男だった。
「必要かって? 当たり前だろう兄弟、見ろよこのピラミッドを! 抱えられないくらいでかくて人であふれて、つまり悪いヤツが多い。管理局も冷たいもんだ、もったいぶったお別れ会より都市サバイバル教育をプレゼントしてくれりゃいいのに……」
「退役セレモニーは廃止された」
パーシバルが口をはさむと、アロンソの浅黒い顔が「知ってる知ってる。俺の時代にはあったのさ」と笑った。
「なにを隠そう俺はラッキーボーイでね、ちょっとドンパチやって返品された。あんた軍歴は?」
「十年と一ヶ月」
「おーやおや、あと三年あたりで稼働停止か。先払いしてくれりゃ手を回してやろう、スクラップあつかいはまぬがれるぜ」
彼はおおげさに両手を組み、にやりとしてみせた。
民間人としての暮らしを送るパーシバルが弾を求めることはなかったが、アロンソとはそれから数度顔をあわせた。
彼は身ぶりも表情もくるくると動き、いつでもうまく立ち回っていて、パーシバルからすればほとんど人間のようだった。
実際、本人にそう言ったことがある。路地裏の壁へ小意気にもたれかかったアロンソは、その瞬間だけ芯から再現体に戻った。
「ああ、俺は人間を目指してる。やつらにどれだけ溶け込めるかってな」
パーシバルは、急に鏡のようになった相手へいぶかしげに尋ねた。
「君は人間になりたいと?」
「そうです、そしてリプロをハエ同然の横目にして暮らします。なんてまさか、死んでもごめんだね! 俺にとってこれはゲームなんだよパーシー」
そこまで答えたアロンソは、ようやくいつもの顔で笑った。
巡視艇の飛ぶ音が回想を散らす。
パーシバルは遠景から目をそらし、道を引きかえしてゆく。入り組んだ壁をぬってアロンソの住処を目指したが、いつまでも響くプロペラ音に追われている気がした。