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ヴィー 2

 ヴィーと名乗った少女は、本題を明かしたことで少し態度をやわらげた。

 居間とひとつづきのキッチンにパーシバルを招き、

「ずるい頼み方してごめんなさい」

と、ひっくり返した木箱を彼にすすめる。自分は立ったままで、細い腕をカウンターについて話しはじめた。

「ハイウェイに沿ってフェンスがあるでしょう、エカートは夜間補修員だったの。一昨日は昼になっても帰ってこなくて…… 探しに行こうとしたら、仕事場の人がここにきた」

 彼女の兄が倒れていたのは、都市の外周に近い歓楽街のはずれだったという。

 知らせを持ってきた同僚は、気まずそうに「ちょっと遊ぶつもりだったんだろう。運が悪かったな」と言ったが、ヴィーは信じなかった。

「エカートはああいう場所が嫌いだった、パパがケンカに巻き込まれたことがあったから。なにか理由があったはずなの」

 家に父親の気配はない。パーシバルは、水の入ったグラスを両膝のあいだで支えた。


「遺体は見たのか。現場には清掃が入るだろう」

「つれていかれちゃうところになんとか間に合った。お腹を二発も撃たれて、目が開いたままで……」

「所持品は」

 ヴィーが首を横にふる。

「工具までぜんぶ盗られてた。たいしたお金もないのに」

 黒い瞳がいっそう沈み、床をさまよう。

 くたびれたブーツのつまさきをとらえると視線をあげた。青年は穏やかな顔つきをしていて、色素が薄いほかに大きな特徴はない。ヴィーは相手のうす青い目をじっと見つめた。

「安心して。お礼はちゃんとできる」

 しかし彼は考えた末に首をかしげた。

「俺は適任じゃないと思う」

「危ないから?」

「この手の仕事に慣れた者の方がいいということだ。代理を探すなら手伝おう」

 実際に彼が考えていたのは、残された時間のことだった。

 約三ヶ月、あるいはもっと短いかもしれない。終わりの見えない仕事を遂げられる保証はなかった。


 だが、食品の乏しい棚を背にしたヴィーははっきりと返した。

「パーシバル、私はあなたに頼みたい。エカートの書いたものを見つけてくれたから」

 キッチンには窓がない。ヴィーの姿は暗がりに溶け、声だけが確かな輪郭りんかくを持っている。

「どうして選んだの?」

 影の少女がつぶやく。

「しわがついていて気になった」

 彼の答えに、弱い笑い声があがった。

「ぐしゃぐしゃにしたのは私。エカートの字が好きだった、見てるとつらいから……」

 これを聞いたとき、パーシバルの頭に青色の封筒が浮かんだ。

 だがそこまでだった。俺に執着はないのだとあらためて思い、心が空虚に軽くなる。その空間をヴィーの言葉が満たした。

「でも思いなおしたの。これで終わらせちゃいけない、エカートのために最後にできることがあるって」

 ひそやかな火に似た口調でなぞられた“最後”。

 自分の最後のはたらきはどのようなものだろう、とパーシバルは思った。

 十三年間の締めくくりに俺はなにを選ぶだろうか。買い出しや荷受、今まで引き受けてきた仕事の―― 再現リプロダクション



 彼は伏せていた目をあげた。

「わかった。これから現場を見にいく」

 そう言ったとたん少女はパッと存在を取り戻し、立ちあがった彼に並んだ。

「ありがとう、私も一緒に……」

「いや、二人だと目立つ。明日報告する」

とドアに向かった彼は、ふと思いついてふり返った。

「薬の受け取りはどうする。母親のものじゃないのか」

 不意をつかれたヴィーは目を丸くしたが、一瞬のちに「あなたがきてくれてよかった」とかすかな微笑みを見せた。


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