ミルティオーナ3
およそ8時間後、ミーナ達の姿はペルグランデ要塞の前にあった。
あったは良いのだが…、
(静か…、ね……。)
戦闘の気配が、いや、人の気配が全く無いのだ。
「ルルス、どうかしら?」
ルルスは要塞に向けていた手を下げミーナに向き直る。
「ええと、"電磁感知"を使ってみたんですけど…、」
「何も反応がないのね?」
そうミーナがそう言った途端、
「はぃ…、申し訳ありません、私の力不足で…。」
ルルスは目をうるうるさせてしゅん、となってしまった。
ミーナも彼女に軽く確認する気持ちで尋ねただけだったので、彼女の予期せぬ反応に吃驚してフリースしてしている。
部下達に指示を出していたシアーノがこの惨状?に見かね、
「儂も探知系統が得意な者達に探させてみましたが、魔人どころか人の気配すら無いようですな。」
だからルルス殿の力不足では無いですぞ、と言外に伝える。
ルルスもそれを察して幾分か元気になったようだ。
そんなルルスの様子にミーナはほっと胸を一撫でしたが、今自分達が過去に類を見ない程の緊急事態に際していることを思いだし、気怠そうにはぁとため息をついた。
「恐らく中で潜伏しているでしょうね、魔人ならそれぐらいのことできるでしょうし、私、帰りたいのだけど駄目かしら。」
「駄目ですよ!そんなことしたらろくなことになりません。」
「でしょうね……、はぁ…。」
誰かは分からないが明らかに陰謀の臭いがする。ルルスの言う通りこのまま帰っても、ミーナ達にとって都合の悪い事が起こるのは確かだ。
自分一人だけならまだしも、主第一で考えてくれるルルスや自分を慕って着いてきてくれた軍人達の居場所を失くしてしまうような真似は出来ない。
仕方が無いと突入の指示を出そうとしたその時、
――ズガァン!――
と、すさまじい轟音が要塞から鳴り響いた。
それと同時に何かが要塞からこちらに向かってくる気配を感じる。
だが、流石と言うべきだろうそれを遅かれ早かれ全員が感じとり、戦闘体勢をとった。
程なくして先程よりも大きな音が鳴り、何かが入り口を破壊しながら吹き飛んできた。
それはミーナ達の足元まで来て止まった。人型の生き物のようだが、体は損傷だらけでどうやら既に息絶えている。
丁度一番近くにいたルルスがその死体の顔を覗いて声を上げた。
「ミ、ミルティオーナ様!こいつ魔人です!」
それを聞いて、儂も儂もとその魔人の顔を覗いたシアーノが珍しく驚いた顔をする。
「こやつは…!"煉獄"ですぞ!」
「え!あの八魔将ですか!」
八魔将とは、名前の通り魔王の側近ともいえる、八体の魔人のことだ。既に八体のうち二体は"亡霊"とルルスの父親に倒されていて、この"煉獄"は残りの六体のうちの一体だ。
「見間違いと言うことは無いのね?」
「それはあり得ません、こやつは何度も殺し合った儂の宿敵ですからな、見間違えるはずもありますまい。」
シアーノ以外にもその魔人に見覚えがあるのだろう何人かの軍人たちが驚きの声を上げた。
「でもここまで一方的なんて、並みの使い手じゃありません。しかもそれを八魔将相手に…。」
魔力の残滓は一人分しか感じないので、複数人で伐ったとは思えない。さらにこの魔人の死体の損傷が激しいことから、かなり一方的にやられたことが見て取れる。ルルスの言う通り並の使い方ではないようだ。
しかし、この場に現れないと言うことは少なくとも友好的では無いということになる。
最悪自分達と事を構えるかもしれない。
もしそうなれば、かなりの犠牲が強いられることは想像に難くない。
だからそれは本当に偶然だったとしか言いようがない。
勇者の自分が弱気になってどうする、と気持ちを切り替え、ルルスに再び索敵をさせようと周りに意識を向けたときだった。
(ッ!後ろに誰かいる!?)
「術式励起!」
厳しい修練を積んできたきただけあって、振り返るのと同時にすぐさま術式を構築する精度の高さは勇者の名に恥じないだろう。
尤も相手にミーナを害するつもりがなかったのでその行動は徒労に終わったわけだが。
「誰…、なの?」
ミーナの後ろには黒いコートを纏い、フードを深く被った男が立っていた。背は自分よりいくらか小さい(ミーナの身長は170前半だ)、サイズの合っていないコートとのアンバランスさが、余計に彼の不気味さを引き立てている。
ミーナの問いかけにも答える様子はない。
代わりに返ってきたのはこんな呟きだった。
「…、36秒、まずまずといったところですか。」
彼自身誰かに向けて言ったつもりでは無かったのだろうが、生憎と近くにいたミーナには聞こえてしまった。そしてそれが意味することを彼女は理解した。
(全然気づけなかった、もし向こうがその気だったら確実に殺られていた!?)
ミーナが戦慄を覚えるのも仕方のないことだろう、彼女は母親が殺されたその時から周囲への警戒と言うものを絶やしたことはない。シアーノが気配を消して近づいてきてことにすぐ気づいていたことがその証拠だ。そんな人間の背後に約半分潜み続けるなど尋常ではない。
ましてや彼女は勇者で、その実力は18と言う若さで共和国十指に入る程、そしてその事を彼女も客観的事実として理解している。一体どれ程の強者が自分の背後をとることが出来るのだろうか、そこに考えが到った時、彼女は戦慄を覚えずにはいられなかった。
ここまでくると、この目の前で何かを考え込むようにしている人物の正体もおよそ見当がつくわけだが、確認の意を込めて、もう一度彼に問う。
「貴方、何者なの?」
その言葉で彼は我に帰ったようで、顔を上げミーナに視線を向ける。
なぜかミーナにはその視線に温かいものが含まれているように感じた。
しかし、彼が言葉を発する前に別の方向から声がかかった。
「おお!やはり貴殿か!」
「五年ぶりですね、シアーノさん。」
「まさかとは思っておりましたが、やはり貴殿の仕業でしたな。実力は全く落としていないと見た、これはもう儂に勝ち目はありませんわい。」
「シアーノさんは少し皺が増えましたね、ですが貴方が五年前よりも強くなっているように見えるのは俺の考えすぎでしょうか。」
「ほっほ、そう見えるのでしたらこの五年も無駄では無かったと言うことですな。どうですかな、儂と一戦――「お話のところ悪いけど良いかしら?」」
いきなり始まった二人の会話が終わりそうになかったのでミーナは少し強引に話に割って入る。
「シアーノ、彼のことを紹介してくれないかしら。」
「そうでしたな、久々のことで少々舞い上がってしまったようです。しかしこの際ですからの、紹介は本人にしてもらいましょう。」
全員の視線が"本人"に突き刺さる。
大勢の視線にさらされることに慣れていないのか、彼は気圧されたようだったが、意を決した様子でフードを脱いだ。
「お初お目にかかりますミルティオーナ・グローリア様、俺の名前はフィスタ・エテルノ、"亡霊"と呼ばれる者です。」