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万年越しのフィーニスと  作者: まろまろまろん
邂逅編
3/10

ミルティオーナ2

長いです。

 魔人族の起源とは一体何なのか、


 それは歴史家達にとって人魔大戦の謎に並び、最難関と目される命題である。


 この世界には大きく分けて人族、獣人族、長耳族、亜人族、魔人族の計五種族が存在していると言われ―実際には精霊族というのもいるのだが人族はその存在を否定している―人族は二足歩行型、獣人族は四足歩行型の動物を、長耳族は植物を起源とし、また亜人族は異種族の混血を始祖とするという話はよく知られた一般論であり、事実である。


 しかし、魔人族の起源というのは未だに解明されていない。


 「魔」という言葉が付くことから、悪魔の成れの果てであるとする説。神話の記述から、堕ちてきた神の子孫であるとする説、昆虫の進化とする説や、他の種族の突然変異とする説など、様々な説が提唱されてきたのだが、どの説にしても歴史学上の矛盾があったり、明確な根拠を持ち合わせていなかったりしているので、否定されている。


 だがそもそも何故これ程多種多様な説が生まれてきたのか、

 それには大きくわけて2つの理由がある。


 一つは彼らの容姿に統一性がないということだ。

 彼らは長命である為に数が少なく、その希少さに過去には彼らを神聖視する集団もあったという話さえある。

 数が少ないのであれば余計容姿は似通って来るのではないかと考えがちだが、彼らにそんな常識は通用しない。

 悪魔のように恐ろしい姿をした魔人や、蟷螂のような魔人、果ては普通の人族と見分けが付かなかった者も居たという。


 そしてもう一つは彼らが他の種族よりも圧倒的な力を持つというところだ。

 およそ500年程前に王族主体で推進された魔導究明政策によって、魔術のメカニズムは殆ど解明され、全ての魔術は第0階層魔術から第7階層魔術の8つに分類された。

 基本的に人族、獣人族、亜人族は産まれた直後から第0階層魔術を、長耳族は第2階層魔術を使えるが、今まで人族の前に姿を現した魔人は最低でも第5階層魔術―正確に言うと彼らの場合魔術ではないが―を使っていたという記録が残されており、その個々の力は計り知れない。

 また、魔人族はほかの種族に敵対的なので、彼らが出現した時に被害が出ないなどということはなく、人族にとって魔人族は絶対悪であって、解明のための協力をするなど以ての外である。


 そんな訳だからこれほど多くの説が提唱されているというのも仕方の無いことなのかもしれない。









「ルルス、あとどのくらいかしら?」

「もう半日もかからないかと。」

「こんなに時間を掛けていたら陥ちちゃうんじゃないかしら、あの砦。」

「ちょ、ミルティオーナ様、滅多なことは思ってても言ってはいけません!」



 何だかんだでルルスもひどいことを言っているのだが本人はよっぽど焦っているのか気づく様子はない。

 ミーナはそれを見て1人微笑んだのち、2日前、自室に駆け込んできた女性士官の報告を思い返した。



―――ペルグランデ要塞が魔王軍の強襲を受け苦戦中!直ちに救援をとの要請によりミルティオーナ中佐には司令部より即刻出陣せよとの命令が出ています!―――



 今代の魔王が出現したのは今から約8年前の事である。


 それまで人前に姿を表すことのなかった魔人達を一手に纏めあげ、宣戦布告無しにグランツ共和国に攻め入り、たったひと月で21の街と7の城を陥とした。

 この横暴に共和国軍総司令部は激怒、魔王軍に対してバリエンテ戦線を編成、配置し、第1~第9戦線と名付け徹底抗戦した(第一次人魔大戦)。

 その中でも第1、2、3戦線は戦略的価値が高く、また極めて戦死率が高いので、軍人たちからは「トレス‐セメンテリオ」と呼ばれ恐れられている。現在ミーナたちが向かっているのもその「トレス‐セメンテリオ」の一つである第2戦線である。


 第2戦線はグランツ共和国の中でも最大の平野、グランデ平野に位置する。グランデ平野は「グランツの食料庫」という名が着くほどの広大な農耕地を持つことで知られるが、同時に、第一次人魔大戦で最も被害を受けた地としても知られている。


 そのため現在、グランツ共和国は平時の収穫の約30%しか得られず、深刻な食糧難に陥っていて、国庫を開放した異種族との外交政策や、農地開拓により未だ死者は出ていないものの、予断は許されない状況だ。


 もしもう一度魔人族による被害に見舞われる事があれば、それによって出る死者の数は計り知れない。そのため総司令部はグランデ平野の東部を囲うように3重の防衛線を敷き―魔王軍は基本的に東部から現れる―それらの補給線の交地にペルグランデ要塞を築いた。



「それにしても、2日も休まずに進軍だなんて本当についてないわね、最近。このまま着いても返り討ちにされる未来しか見えないんだけど。」

「そう、ですね…。1度休憩を挟んだ方がいいかもしれません。」



 ペルグランデ要塞が陥ちている前提で話を進める主の姿にルルスは頭痛を覚えるが、前半部分については彼女も懸念していた事であったので、肯定を返した。


 現在ミーナが率いる軍人は総勢217人、政敵の多い勇者―本人は全く気にしていないようだが―の下に集まるだけあって、軍部から疎まれているようなアクの強い者が殆どだが、誰もが魔人族と一体一で渡り合えるような猛者達だ。

 しかし、流石に2日も休み無しとあってはそれも確実とは言えない。


 自分の世界に入ってブツブツ言っているルルスに引き攣った笑みを浮かべそうになりながら、ミーナは誰も居ないはずのルルスとは反対側に意識を向け、言った。



「ところでシアーノ、貴方はこんな所でずっと何をしてるのかしら?」

「おや、やはり気づかれておりましたか、流石は姫でございますな。」



 シアーノ・レイエンダ、第一次人魔大戦に平民の出ながら義勇兵として参加し、200以上の魔人を1人で討ち取り「狂犬」と恐れられた。戦後軍属となったが、勧誘の貴族を斬り殺したり、命令違反を繰り返したりして、軍人達だけでなく、貴族たちからも「狂犬」と恐れられるようになった変人である。53歳になった今でもその強さは健在で、()()()からとある理由でミーナの部下となり、他の軍人達からはリーダーとして慕われている。



「そうやって気配を消す癖どうにかならないのかしら?

ほら、()()()の心臓に悪いわ。」



 そう言って2人が()()()に顔を向けるとルルスはあんぐりと口を開けたままこっちを見て固まっていた。

 いつもであれば憤慨するであろう言葉にも反応出来ないほど驚いているようだ。

 暫くして彼女は2人に見つめられていることに気付いたのか顔を真っ赤にしながらもコホンと貫禄のある咳込み―ミーナ曰くルルスの最も可愛い行動らしい―をして、咎めるような声色でシアーノに尋ねる。



「これはシアーノ殿、一体いつからそこに居たのですか?

ここがいくら戦場とはいえミルティオーナ様はこの国の王女、少々無礼が過ぎますよ?」



 残念ながら顔が真っ赤のままなので全く怖さは無かったのだが、どうもルルスには必要なことのようだったらしく、顔色も少しずついつも通りに戻ってきている様子だ。



「儂は先程来たばかりですからの、お二人の話は何一つ聞いておりませぬぞ。」

「あら、貴方にとっては15分が先程なのね、歳をとると時間にルーズになるとは聞いていたけど、ここまでとは思ってなかったわ。」

「ほっほっほ、そこまで気付かれていたとは、儂も衰えましたな。」



 話を最初から全部聞かれていたことを知って、ルルスは再び真っ赤になった。



「ルルス、そんな真っ赤になって、どうしちゃったの?」

「えっと、その…、ですね……。」



 シアーノはルルスが言い淀む様子を見て、今気づいたと言わんばかりにわざとらしく手をポンとたたいた。



「なるほど分かりましたぞ。ルルス殿は先程儂の部下達のことを軟弱の集まりと言ったことを気にしているのですな。」

「そんなこと一言も言ってませんよ!私は1度休憩を挟んではとミルティオーナ様に提案しただけです!」

「ルルスひどいわ、ここがいくら戦場とはいえ一国の王女を盾にするだなんて少々無礼にすぎるわよ?」



 ミーナがからかいに来てるのは明白である。その証拠にシアーノは蓄えてある髭を撫でながらほっほと笑っているし、彼の部下達も聞き耳をたてていたのか、周りからも笑いを堪えるような雰囲気を感じる。


 しかし、



「ミ、ミルティオーナ様!私は決してそんなつもりでは…!」



 どうやらルルスは気づいていないようで、

 さっきとは転じて顔を真っ青にしながら弁明している。


 流石にこれには耐えられなくて2人とも吹き出してしまった。周りからも堪えきれなくなったのだろうガサガサと音が聞こえる。


 ルルスはここにきて漸く自分がからかわれていることに気づき、今度は真っ赤な顔で恥ずかしそうに俯いてしまった。



「まあ、最近魔王軍との大規模な衝突はありませんでしたからの、日頃の鍛錬を疎かにしているようなこ奴らにはいい薬になりますわい。ところで…、」



 いかにも好々爺然とした笑みを浮かべていたシアーノだったが、自分が何をしに来たのか思いだし少々強引に話を戻した。



「お二人は"亡霊"をご存知ですかな?」

「"亡霊"?名前は聞いたことあるけど…、詳しいことは知らないわね。」

「あっ!私知ってます!なんでも第一次人魔大戦時に…、」



 "亡霊"と聞いて突然元気になったルルスはややしたり顔でミーナに説明する。


 "亡霊"とは、第一次人魔対戦が始まった直後、突如として戦場に現れ、目につく魔人を片端から全て殺して回った正体不明の存在である。最も多くの魔人を伐ったといわれるが、軍部の沽券に関わるためその存在は一部の高級軍人以外には隠蔽されている。

 もっともシアーノのようにある程度従軍経験のある軍人の間では有名な話だそうだ。


 ここまでルルスが詳しいとはシアーノも予想しておらず―ルルスは今回を含めてまだ三度目の戦場だ―髭を撫でながらほう、と感心している。



「何でそんなことを尉官の貴女が知っているのよ?」



 しかし、ミーナは自分より小さい少女(24歳)に自慢気に説明されたのが悔しかったのか、面白くなさそうな顔だ。



「前お父さんにお願いしたら教えてくれたんです。お父さん、優しいですから。」

「ほう、確かルルス殿の父殿は六芒貴族でございましたが、一体どんな手を使って軍事機密を聞き出したのか、全く想像がつきませんな…。」



 六芒貴族とは共和国軍総司令部が一年に一度選ぶ、優れた魔術技能を持つ6人の貴族の事である。

 ルルスの実家アロッサ家は雷電魔術の名門として知られていて、中でも今代の当主(ルルスの父親)は歴代最強と言われる程の実力を有している。

 実際、4年に一度行われるグランツ魔術祭では初出場から全戦全勝で、「無敗」の異名を持つ。


 本人曰く"娘以外"と但し書きがつくそうだが…。



「あぁ、あなたのお父さんね……、なんだかすごく納得できるような気がするわ…。」



 ミーナは娘に甘々の彼女の父親が断りきれずに機密を漏らす姿を容易に想像できて、だんだんいたたまれない気持ちになってきた。


 それを見たシアーノもなんとなく察したのか、微妙そうな顔をしている。



「ま、まあ、その"亡霊"なんですがな、儂は()()()の第二次人魔開戦直後に奴と戦場で言葉を交わしましての、儂の記憶違いでなければこの辺りに住み処を置いてるはず、と言うことを伝えに来たのですわい。」

「え、"亡霊"と話したことがあるんですか!?よっぽどのことがない限り口を開くことは無いって聞いたんですけど…。」

「ほっほ、ルルス殿の言う通り、そのよっぽどのことがありましてな。」

「!あぁ、そういうことね。」



 どうやらミーナはシアーノが何のために"亡霊"の話題を出したのか気づいたようだ。



「シアーノ、どうせ貴方のことだからその"亡霊"とやらと何か賭けで決闘をしたのでしょう?そしておそらくは負けた。

その内容、細かいことまでは分からないけど私に関わることなのではないかしら?

貴方の様子からしてそんなに物騒な内容では無いと思うのだけど。」



 最後の言葉はシアーノに対して構えるようなそぶりを見せたルルスを制するという意味もあったが、ミーナはルルスが思っているようなことにはならないと半ば確信していた。

 そしてそれは予想通りで、



「ほっほっほ!さすがは姫、まさにその通りにございますぞ。

儂は以前奴と戦って負け、一つ要求を飲まされたんですわい。」

「やっぱりね、おかしいと思っていたのよ、誰の下にもつかないことで有名な貴方が部下にしてほしいって言うんだもの。まあ、貴方が戦い方を教えてくれたからここまで強くなれたって側面もあるわけだし私としてはその"亡霊"さんに感謝したい気分だけど。」



 そう言ってシアーノに目で続きを促す。


 当のシアーノは愉快そうに髭をひと撫でし、ミーナにとっては予想外の言葉を放った。



「実はですな、その要求が今姫の仰ったことと関係してましての、奴は儂を降した後、儂にこう言ったんですわい。」



―――勇者の部下となって彼女に戦い方を教えてやって欲しい。―――



「…?」



 確かにシアーノへの師事はミーナの()()のための大きな一歩になった。だかそもそもその内容を知っている者は殆どいないのだ。

 即ち"亡霊"はミーナと近しい仲にあるものということになるわけだが、ミーナにはそれらしい人物は思い当たらなかった。



「"亡霊"ってどんな見た目をしているんですか?」



 ずっと蚊帳の外にいたルルスもミーナと同じことを考えたらしく、思考の海に沈んでしまった主の代わりに尋ねた。



「普段はフードで顔を隠しておりますからな、顔を知られていないのも無理のない事ですわい、儂は一度だけ奴の顔を見たことがありますがの、今まで見たことがないくらいの美少年―――」



 それを聞いた瞬間ルルスは今までにないくらい顔を輝かせシアーノに詰め寄る。



「え!美少年!若い殿方なんですか!?そんな方がペルグランデ要塞にいるんですよね!?」

「いや、儂は奴が近くに居るかもとは言ったがあの要塞に居るとは―――」

「っ、これはチャンス…ッ!ルルス・アロッサの人生で最初で最後の好機!これを逃したら女じゃない…っ、まずは―――」



 かなり怖い。


 あの"狂犬"とまで恐れられたシアーノですら髭を撫でる手を止めてひきつった笑みを浮かべている。気づけば辺りにあった気配も一つ残らず無くなったいるようだ。

 本来ここまで歴戦の猛者たちを恐怖させるというのはどんな事であれ称賛に値する筈なのだが…、あまりにもルルスが不憫すぎる。


 異様な空気を感じて深い思考から浮上したミーナも自分より深刻?な問題に直面している少女の姿を見てどうせ会えば分かることね、と切り替えた。



         

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