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ラーメン日和

作者: 窪宮彩

ときどき、どうしてもあの店のチャーハンが無性に食べたくなる。

店の名は、ラーメン日和。

ラーメン屋なのに、何故かチャーハンの方が抜群に美味い。

ここのチャーハンは、ぱらぱらではなくべとべと。

卵とハムしか入ってないのに、家では全く再現できない。

秘密は調味料にあるのか、作る人の腕前なのか。


お店は、狭くて小汚く衛生的にも疑問が残る。

だいたい5人ぐらいのカウンター席で、

不思議なことにいつ来ても満員だ。

客は、男性が多いが時々女性もいる。

年代は、40、50代くらいのサラリーマンが多いかな。

やはり、おじさんはおいしい所を知っている。

店員は、2名で多分ご夫婦だろうか。

作る人は、ちょっと頑固そうな無愛想なおじいさん。

それに引き換え料理を運ぶのは、笑顔がチャーミングなおばあさん。


初めて来たのは、会社の先輩に連れられてきた。

ここのチャーハンおいしいんだよ。

でも場所がね、すごい分かりにくくてね。

知る人ぞ知る店だからね。

みんなに知られたくなくて、ネットには載ってないんだよ。

えーとどこだっけな。

何度も行った事のある先輩でさえ、毎回迷う始末。

細い路地裏をあっちに曲がったり、こっちに曲がったり。

当然私には、ついて行くのに必死で覚えられない。

何度も同じ道に出て「あれ、おかしいな」という先輩の声に聞き飽きた頃、

「お、あそこだ!」と言ってようやく辿り着くのである。


もちろん私も何回か連れて行ってもらったが、

毎回毎回先輩が道を間違えるものだから、正確な場所は全く覚えられなかった。


そして月日は流れ、あの先輩はいつの間にか転勤になり、

私は転職をして別の土地で働いているのでしばらくあのお店から遠ざかっていた。


帰りの電車でふとチャーハンが食べたくなり、冒頭にお話は戻る。

よし久しぶりに行ってみよう。

私1人でちゃんと辿り着くかなぁ。

そもそもあの店はまだ営業しているのか。

いろんな不安が頭の中をよぎるが、私の食欲が既に勝っている。


たしかここの細い路地裏を曲がって、あそこに行ってと。

私の曖昧な記憶を何とかたぐり寄せて、見覚えのある場所をひたすら歩いた。

だけど何度も同じ道に出てしまう。

「あれ、おかしいな」

気がつくと、あの時の先輩の言葉を私はつぶやいていた。

そこで私は確信する。もうちょっとで到着するぞと。

何回目かの「あれ、おかしいな」のつぶやきが、

ようやく「お、あそこだ!」に変わった瞬間、私は何とも言えない達成感を味わった。

流行る気持ちを押さえて私は、あの店にかけよる。

「ラーメン日和」の見慣れた看板に懐かしさを覚えつつ、店内に入るとあの頃の老夫婦がいた。

やったこれでまたあのべとべとチャーハンが食べられる。

お店の中は、相変わらず狭くて汚いけれど何故か客が1人もいない。

思わず私は聞いた。

「今日は定休日ですか」

「いえ、実は今日でこのお店閉めるのです」

「えっ」私は衝撃の事実に何も言葉が出なかった。

「私たちもう年だしね。ここのチャーハン気に入ってくれる人は多いんだけど後継者がいなくて。だからあなたが最後のお客様です。あの頃よく来てくれましたよね」

「なぜ、そんなに覚えているのですか」

「死んだ息子にそっくりだったからよ」

「そうでしたか」

「あ、しんみりさせてしまってごめんなさい。

そのかわりに今日は特別にあのチャーハンをごちそうしますね」


そんな事実があったなんて。でも今日が最後でよかった。

何となく行こうと思った私の直感に感謝しなくては。

そして私は、最後の客として極上のチャーハンを食したのであった。

たぶんこれが最後の晩餐でも悔いはないと思ってしまうぐらいに。


だけど、味はいつもよりちょっとしょっぱい。

私が泣いてしまったせいでせっかくのチャーハンが台無しだ。

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