07 人形の街
そこは迷路。
一歩細い路地に足を踏み入れてしまえば複雑混迷無秩序なダンジョンである。
建物と建物の隙間は薄暗く日の光はろくに入らない。
地面に溜まる水たまりを跳ねながら、黒髪揺らすはつらつな少女についていく。
建物が子供の妄想を具現化した見た目ならば、この街の細道はきっと奔放さを表しているのだろう。
自由に適当に思うがまま行ったり来たり。
そうしているうちに上へ下へと絡まってしまったに違いない。
事実、狭苦しい通路を縫うように階段を昇って降って、さらにはトンネルを通って、なぜか建物の屋上近くにまで道がある。
橋のように渡された木製の通路。
前を歩く少女の歩幅に合わせながら外を見れば、青空を背景に街の屋根が連なる景色。
もくもくと煙突から煙が昇る。
遮るものがなく、穏やかな風が髪をなびかせた。
視界にチラチラ映る白い髪の毛に慣れないものを感じつつも広い視界に解放感。
「うわー、綺麗ですねここ!」
「確かに……そうなんだけど……」
その景色を感じ入るものがあったのかコスケさんは感動しているようだった。
それに頷きつつも……しかし……。
いったいどうなってんだここは。
そう思わず口についてしまうほどおかしな場所だった。
元の世界では意図して作らない限りまずお目にかかれないだろう。
建築法度外視、利便性無視の迷路である。
「すごいですねぇここ、ダンジョンみたいで面白い街じゃないですか。アーさん、時間があれば探検してみましょうよ」
「えー……やだよ……」
そんな道にテンション高く興奮気味なコスケさんは顔を寄せてくるので少々暑苦しい。
今にもマッピングしながら突き進もうとする姿には少し呆れてしまう。
そもそもここで探検など間違いなく迷う自信があった。
今の姿で道になど迷ってしまえばそれこそただの子供だ。
きっと僕が迷子になればあのオオカミは腹を抱えながら笑うに違いない。
そんな姿がありありと想像できてしまうのがまたなんとも腹立たしい。
前を進む少女は振り向き、僕たちを見ては意味深な笑顔を浮かべていた。
「もう少しだよ、ちゃんと付いてきてる? ここで道に迷ったら本当に出られなくなっちゃうからね」
まるでここまでの道のりが試練であるかのような口ぶりだ。
いったいここの住民たちはどうやって生活してるんだか……。
高い場所を降りてようやく石畳の地面。そこから少し進めば大通りの賑わいが感じられる近くへたどり着いた。
もしかして今まで回り道していたのではないのだろうか。
そうは思った所で狭い小道がわずかに広くなった程度。
右を見ても左を見てもどこへ向かうのか分からない道ばかり。
干し草積まれた荷車やタルなどの雑貨が小さな路地裏の生活感を出していた。
人の賑わいが近いというのに大通りから直接アクセスできないほどぐるぐるした道とはいったい……。
あまりにもあんまりな道事情を勝手に憂いていると、少女はお店らしき建物の前で振り返った。
そこには満面の笑み。
「ここだよ」
そう言った店先には看板が吊られ、トンカチと人……? だろうか。そんな絵が描かれていた。
窓は開かれ、しかし店内は暗く中は覗けない。
そう店先を観察していれば、ガタンと大きな音が響く。
シンシアが手加減なく扉を開いのだ。
ビックリした……まさかお店のドアを壊したのでは……。
そう思えるほど勢いづき、ドアベルが扉を打ちつけるのも構わず猛然と駆け込む少女。
「お父さーん! お父さんが探してた人たち連れて来たよー!」
「えっ、なんだって……?」
軋む扉をしり目に部屋を覗いてみれば、そこには驚きのまま唖然としている男。
男はまだ状況が呑み込めず、僕もまたさっぱり分からないなか見つめ合ってしまう。
視線を下げれば男にくっつくシンシア。
まさに親と子の団らんである。
どうも割り込むようで気が引けてしまうが……。
あー……えっと……。
「お……おじゃまします……」
「あ、あぁ……いらっしゃい……」
気まずい……。
◆
薄暗い部屋の中、窓から差し込む光はテーブル周りだけを明るくしていた。
仕事の途中だったにもかかわらず男は親切にも迎え入れてくれた。
片付けられたテーブルを囲むように僕たちは座り、正面にはシンシアとその父親。
室内を見渡せばたくさんの作りかけの人形がぶら下がり、立て掛けてあったりと、この街の人形に関わった仕事をしているのは一目瞭然だ。
木の温かい香りが鼻をくすぐる。
そんな中コスケさんは感心していた。
「なるほど、つまりここは人形の街というわけですか」
「そうなるね。かくいう私もこう見えて人形技師でね。驚いてくれたのならなによりだ」
そう語るこの男、シンシアの父親は工房を営む一流の人形技師だと言う。
名はアレクシア。
人の良さそうな温和な笑顔で僕たちを受け入れてくれていた。
なんというか……すごく普通で良い人なイメージしか浮かばない。
そんなアレクシアさんは詳しくこの街を説明してくれた。
街で見かけた動く木の人形。
あれは自動人形と呼ばれ、この世界で広く知られる技術らしい。
とりわけこの街はその技術力が高く、他じゃ見ないほど人間らしい動きを実現しているそうだ。
ゲームでは存在しないその技術に僕もコスケさんもしきりに感心しっぱなしだった。
というのもアレは人の命令を忠実に聞いてくれるという。
命令を受け、その内容通りに行動し、人々の負担を和らげてくれる。
聞けば聞くほどロボットとそっくりである。
それを実用化し運用できている点で想像以上にこの世界の技術水準は高いのだろう。
何でも完璧にとはいかないらしいが……ある程度融通の利く命令もできるらしい。
そういった面も含めて本当にロボットのようである。
コスケさんはどうやら自動人形の虜になってしまったようで、大絶賛していた。
身を乗り出し熱く語っている。
「あれは本当に素晴らしいと思います! まるで人間みたいに動いてこの街の技術の高さを思い知らされてしまいましたよ!」
「そう褒めてくれると嬉しいな。街全体で伝統を受け継ぎ、技術を昇華してきた証明にもなるからね。自動人形はこの街の誇りさ」
そう気分よく語る男アレクシアさんだったが、ふと思い出したように話題を変えてくる。
「……そうだ、君たち泊まるところを探しているんだって? うちで良ければ部屋を貸してあげるよ」
まるで不気味なくらいとんとん拍子に話が進んでいく。
驚くほど親切だ。
あまりにもこちらが望むものを気前よく与えられるなんて……なにか裏があるのでは……?
そんな疑心を胸に僕は思わず聞き返してしまった。
「いいんですか? 見ず知らずの僕たちですけど……」
「もちろんだとも。……というより、たぶん娘がそれを目的で君たちを案内したんだと思うよ」
アレクシアさんがシンシアに目を向けると彼女は誇らしそうに胸を張っていた。
目的……?
そんな疑問を感じつつ少女の顔を見てみれば、誇らしげな表情そのままに答えてくれる。
「だってお父さん言ってたでしょ? 働いてくれる人が欲しいって。シロちゃんとオオカミさんお金がなくて困ってたし、ちょうど良かったね」
…………。
「あー……ははは……。えっと、なんだか……すみません……」
いや……もはや何も言うまい。
向こうには向こうの事情があるのだろう。……やむを得ないなにかが。
でもやっぱり気まずい……。