表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/34

06 人形の街





 まさかの少女から放たれた痛恨の一撃。

 それは見事にプライドという壁を吹き飛ばし、剥き出しの精神力をガリガリと削ってしまった。


 それはもう哀れに……そして素直に頷かざるを得ない。

 まるで情けない。

 いや、少女のお遣いを穴が開くほど凝視している時点で残念な人だけど……。


 目の前には具材ゴロゴロ具沢山のスープ。

 親切な少女はなんと見ず知らずの僕たちにご飯を恵んでくれたのだ。

 なぜ、と野暮なことは聞くまい。

 粛々(しゅくしゅく)とありがたく頂戴してこその恵みだ。


 具材と具材で囲めてしまうほど山盛りのスープはこれ一杯でお腹が膨れるだろうと簡単に想像できる。

 しかしオオカミはそんなご飯を目の前にしても表情が晴れることはなかった。


 あの一言がよほど効いたのだろう。


「私は……いつからこんなダメな人間になったんだろう……。子供に奢られるなんて……」

「それはともかく、勿体ないしちゃんと味わって食べようぜ。おいしいよ」

「アーさんの心臓はオリハルコンかヒヒイロ製ですか」


 図太いとは言われたこともあるけどその例えは新鮮だ。


 木製のスプーンでひとすくい。

 大きな野菜と独特なミルクの風味を利かせたコクのあるスープだった。


 それにしても。

 視線を目の前に向ければ少女がニコニコとスープを口にしながら僕たちを眺めている。

 その恰好はこの街の人たちとそう変わらない。くすんだ色のエプロンドレスといえばいいのだろうか。

 長く艶のある黒髪は少女ながら大人のような風貌を感じなくはない。


 しかし衝撃的で認めたくない事実がひとつだけあった。


 少女と僕の身長がほとんど同じなのだ……!

 これほどの衝撃があっただろうか……!


 まだ10を超えて間もないような見た目の相手。

 しかし子供だからと一歩引いてみれば僕もさして少女と変わらない身長差。

 なにより自分自身がお子様サイズに収まってしまうという事実。


 なんてことだ……。


 悔しさとも悲しさともつかない感情を押し殺しつつ、なんだか久しぶりに感じる食事をじっくりとよく噛んで味わっていく。

 口をもぐもぐと噛みしめながらも、『ダリオン』のアバターをこの身長にしてしまった後悔が渦を巻いていた。


 ゲーム中は気にならなかったんだ……。ただ視点が低くなるだけなんだから……。


 そんな言い訳の言葉は誰に対してのものなのだろうか。

 そもそもこんな事になるだなんて誰も予想できるはずがない。

 そう分かってはいるんだけど……なんだかなぁ……。


 名も知らぬ少女に目を向けるとニコニコと笑顔で返してくれる。

 そんな彼女に僕も笑い返した。


 ちゃんと笑えているだろうか。

 口元が引きつっていなかっただろうか。


 気づけば黙々とスープを減らしていたオオカミは調子を戻したのか顔を上げて言う。


「そういえばお礼がまだでしたね。わざわざスープを頂いてしまって申し訳ありません。ありがとうね」

「ううん、いいよ。だってお祭りだから、みんな楽しまなきゃ楽しくないでしょ?」


 意外と子供相手にも礼儀正しいオオカミさんに対し、少女はさも当然のように言い切った。


 確かに僕たちからしてみればありがたいが……。

 だからと言って少女のお小遣いで見ず知らずの野良ネコとオオカミに餌をやるのは……、いや餌をやる気持ちだからこそなのか……?


 せっかくだからとこの街のことについて質問しようとしたのだが、その前に少女が意気揚々と口を開いた。


「そうだ、まだわたし自己紹介してなかったよね? わたしシンシアって言うんだ。あなたたちは?」

「私はコスケと言います。気軽に親しみを込めてコスケさんと呼んでくださっても構いませんよ。それでこっちの小さいのが――」

「あっ、待って、わかった! ――シロちゃんでしょ!」

「えっ」

「しッ――ゴホォッ!!」


 うわっ、コスケさん吹きやがった!

 というかシロちゃんってなんだ!?


「く、くふふふ、アハハハハハハッ!! そうです、そうですね。シロちゃんで行きましょう。よく分かりましたね」

「おい、ちょっと」

「だってアーさんの名前呼びづらいでしょう」


 他人事だと思って好き放題笑いやがって……。


 僕が否定する間もなく「シロちゃん」と少女シンシアが笑顔で呼んでくる。

 ますます違うと言いづらい状況に追い込まれてしまった……。


 だがしかし、コスケさんの言った通り呼びづらいのも事実である。

 シンシアの言葉に渋々ながらもこっくりと頷き、その場を濁してしまった。


 コスケさんの呼ぶ『アーさん』というのは、実を言えば僕の正確な名前ではない。

 ただの愛称だ。

 ギルドメンバーにも、周囲からも気づけばその呼び方が定着し、僕もまたそれを受け入れていた。


 だって僕自身プレイヤーネームが呼びづらいと思っているのだから。


 『ダリオン』における僕のプレイヤーネーム、いわゆるアバターの名前は"あ"だ。

 あ。

 『あ』。


 もちろん本名とは一切関係なく、早くゲームを始めたいばかりにいい加減に付けた名前だった。

 そのせいで色々苦労するとはその当時思わなかったのだが……。


 確かにここで適当な愛称を考えるよりも雰囲気に流されてしまう方が楽だろう。

 "あ"などと、名前なのか閃きなのかビックリしただけなのか判断付かないようなものはここで封印してしまうに限る。


「シロちゃんと……オオカミさんだね。わたし獣人さんとお話するの初めてなんだ」

「あ、いや、コスケです」

「そうだ……! お金がないってことはもしかして寝るところもないの?」


 オオカミさんのさり気ない訂正を聞いているのかいないのか、そのまま話し続ける少女シンシア。


 どうやらこの子は遠慮と言うものを知らないらしい。

 しかしその推察は見事なものだった。


 これからどうしようかと悩んでいたところに降って湧いた助け船。

 彼女がこうして口にしなければ、僕の方から土下座してでもタダで泊まれそうな場所を聞いていたに違いない。


「そうですね。私たちそれで今困ってまして。シンシアちゃんはいい場所知っているんですか?」


 まるで童話のオオカミさんのようにたずねてみれば、少女は顔に手を当てて考え込む。


「うーん……そうだ! ならわたしに付いて来てよ、ちょうどいい場所があるんだよ」

「本当ですか」

「うん! お祭りだからね」


 お祭りだかららしい。

 あまりにも都合がよすぎる。

 若干疑いの疑念を持ちつつも、子供だからこその穴場があるのかもしれないと考えをあらためる。


 さっそくとばかりにスープを食べ終えた彼女は僕たちを待ちきれない様子。

 そわそわと周囲を歩き回り、ついには強引にも僕の肩を揺らし始めてしまう。


「今から案内するね。付いて来て! はやくはやく!」

「ちょ、ちょっと待って!」


 スープをかきこみ少しむせて、なんとか食事を終えたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ