05 人形の街
周囲には森。
しかし明らかに不釣り合いで不自然な大きな壁があり、そこへ続くように一本の道があった。
舗装もされていない茶色い土がむき出しの道。
僕たちはその壁の門へと来ていた。
ふたりの門番が物々しい雰囲気を放ち、目を光らせている。
守っているのは巨大な門だ。
石のアーチに鉄で補強された木製の門。
とても重そうだ。
だがそんな門番相手にコスケさんは気さくな雰囲気で話しかけていた。
詳しく聞いてみればその壁の向こうは街があるという。
とんでもなく厳重だと思ったが、しかし考えてみれば当然だろう。
森に少しでも踏み込んでしまえば狂暴な野生動物がエサを求めて血みどろの争いを日々繰り返している。
過剰とも思える巨大な囲いもまた納得だ。
「それで……私たちお金を持っていないんですが……」
恐る恐る告げるオオカミ。
だが門番の男はたいして気にした様子もなく気楽に返してくれる。
「金なら気にする必要ないさ、今はちょうど祭りの時期でね。浮かれた気前のいい連中が奢ったりしてくれるだろうよ」
「というと、このまま素通りして中へ入ってもよろしいんですか?」
「もちろん悪さをしないならな。そもそもここは獣が多いんだ、この壁はむしろ外の獣対策用さ」
ずいぶんと気前がいい。
お金がなく途方に暮れていた僕たちだったが、門番の気楽な言葉に安堵の息をつくのだった。
この世界のお金に限定しないのならゲーム内金貨を出せば困らなかっただろう。
しかしそれを現実に持ってくるには一度メニュー画面を通す必要があった。
荷物には重量制限があり、貴重なアイテム枠を消費してしまう。
わざわざそんな物を持ち歩く理由もないのだ。
メニューが完全に使えない現状、数十兆とあった『ダリオン』金貨は永遠に電子海の藻屑となって消えてしまったようだ。
門番の言葉に甘え、そのまま中へ入っていく。
分厚い壁。
やや距離のある暗い道を通り、足音が壁に反響する。
ひらけた先には――人々の賑わう声。
先ほどまで静かな森を歩いていたのが嘘のように一変した景色が目に飛び込んできた。
華々しく彩られ飾られた建物。
目に映る全てに活気があり、祭りに相応しく笑顔の絶えない人たち。
建物の背は高く、競い合うように密集し並んでいる。
まるで小さな積み木から段々状に子供が積み重ねたようなアンバランスな建物。
魔女の家とも呼べそうな不思議な建物がそこかしこに並んでいた。
その下でお祭りを楽しむ様々な人たち。
子供が紙吹雪を散らし、世間話に興じながらお酒を飲み交わし、音楽に踊りと大騒ぎ。
服装は『ダリオン』のNPCとあまり変わらない。
様々な色合いに西洋の絵画に描かれていそうな古臭い恰好。
頭巾や帽子をしている人も多く目立つ。
そんな色とりどりの人々に交じって騒ぐ獣人種族も見て取れた。
獣人の恰好もそう他と変わらない。
しかし体型に合わせてところどころアレンジしているのがなんだか面白い。
僕のように半獣人の人もいれば、コスケさんのように完璧な獣人もお祭りに参加している。
「ハハハ、すっごいですよ、視線がたかーい!」
そんなオオカミはすでに祭りの空気に当てられたように浮かれていた。
いや、僕もすでに祭りの賑わいに呑まれるように気分はまさに子供だった。
だって視点低いもん。
しかしそんな視点はある一点で留められる。
獣人や人に紛れて……なんだかよく分からない人間のような物が平然と歩いているのだ。
「木の人形が歩いてるんだけど……」
「アーさんにも見えますか? 私の見間違いじゃなかったんですね……」
それはどう見ても人形。
木で作られた人と変わらない背丈の人形だ。
それが人に交じるように呑気に街を歩いている。
見ればそこかしこに木の人形がいるではないか。
人と変わらない動きで店番する人形。
荷車を引きながら仕事をする人形。
芸の横でただジッと箱を持ち着飾られた人形。
様々な人形が当たり前のように馴染んでいる。
それも見事に人間と錯覚してしまいそうな自然な動きで。
中に人でも入っているのでは? そう思わせる人形が視界に入るだけでも相当な数。
完全にこの街にありふれた光景のようだ。
ほー。
へー。
物珍しさを通り超しそんな言葉しか出てこない。
辺りをキョロキョロと、おのぼりさんよろしくなにもかもが珍しい。
建物の間に渡された飾旗がひらひらとはためき僕たちを出迎えてくれる。
大きな通りを歩けば色々な人の楽しむ声が耳に届いていた。
まるでテーマパークのようだ。
遊園地のように子供が喜びそうなものを詰めこんだ世界がずっと続いている。
物珍しく観光もいいのだが、そんな余裕は残念ながら今の僕たちにはのだ。
それを指摘するようにコスケさんが口を開いた。
「色々と観光したいところですけど、まずは宿ですね。それに稼ぎ口として冒険者ギルドに登録しなければなりません」
「宿と……なんだって?」
「冒険者ギルドですよ。常識でしょう」
「いや、待って、なんでそんなものが出てくるの?」
あれはフィクションの世界の……というよりただのゲームシステムだろう。
僕の疑問に答えるようにオオカミは饒舌に語り始める。
「モンスターを狩って冒険者ギルドで売ってお金を得るんです。要は『ダリオン』のギルドクエストと同じです。大丈夫、たった二人でも『あの新人……できる!』とか『まさか天才と言われた俺達でも勝てねぇだとッ!?』とか、そう言われるようになるまで私たちなら一瞬ですから! まぁ安心してくださいよ。私、こう見えて知識もバッチリ集めてますし、ゲームの知識も経験もあるんです、任せてください!」
「はあ……」
何を言っているのか半分以上理解できなかった。
そもそもゲームみたいな組織が実在するだろう自信はどこから湧いてきてるんだ?
……こんな根拠のない言葉で安心できるだろうか。
僕はむしろ不安だ。
◆
かくしてそんな不安は的中する。
「冒険者ギルド? 聞いたことないねぇ」
街の通りすがりの男に話しかけてみればこの通り。
存在しないものは逆立ちしようとも出てきたりはしないのである。
隣のオオカミさんは魂が抜けてしまったかのように大口開け間抜けな顔をしていた。
これは……先行き不安だ……。
何度か別の人にも話しかけてみるも、やはり冒険者ギルドなる組織や場所は存在しないようだ。
「そんな……! どうやってこれから生活していけば……」
「別に狩猟で生活しなくたって、堅実に働いていけばいいだろうに」
「それはそうですが……。いえ、アーさんダメですよ! 私たちには元の世界に帰らなければならないんですからこんな場所で留まっているわけにはいかないですよ……! なのでやはり……」
「そうは言うけど、存在しないんだったらどうしようもないでしょ」
どんだけ冒険者ギルドにこだわりがあるんだ……。
とは言ったものの、確かにお金の問題解決は急務だ。
いつまでもこの世界に留まるつもりはないし、早めに解決してしまいたいところではある。
それに、これだけ美味しそうな香りが漂うなかお預けというのも辛い話だ。
祭りで浮かれた大通りには露店が並び、おいしそうな料理や食材、薬草やチーズなども売られている。
人が店番しているところもあるが、そのほとんどは無機質な人形だった。
足を動かせば、ぼんやりと釣られるように屋台の前に来てしまう。
だが僕たちにはお金などなく、木目が浮かぶ無機質な顔がジッと僕たちを見るだけ。
顔の細工は意外と繊細に彫り込まれ目鼻がくっきりしている。
色がついていないのがやや勿体なく思えた。
美味しそうな料理の香りから目を逸らすように、ただなんとなく空を見上げた。
「今何時なんだろうな……」
「お昼くらいじゃないですか?」
僕が空を見ると釣られてオオカミの鼻先も上を向く。
広く感じた道だったが、突き出た建物が屋根になるように空を覆っていた。
おかげで線のような隙間しか青空が見えない。
「宿泊できるところ、探さないとね」
「結局そこですよねー……。冒険者ギルドがあれば……」
「それはいいって」
なかば現実逃避のように呟く。
だがそこへ幼い声が割って入ってきた。
「あ、あの。買うんですか? 買わないんですか?」
慌てて視線を落とせば少女が困り顔を浮かべていた。
僕たちが店の横でぼうっとしているのが悪かったのだろう、そのおずおずとした仕草がどいてほしいと訴えかけている。
「あぁっ、ごめんよ」
慌てて場所を譲ると少女が小さく会釈して露店の前で料理をもらおうとしていた。
いったいどういうシステムなのかと興味深く見守る。
ぼうっと突き出される人形の手のひら。そこに少女は硬貨を何枚か置いた。
すると人形はそれを箱の中へ。
まるで硬貨で人間に戻れる魔法でもかかっているかのように自然な動き。
あとはもう流れ作業のようにバシャバシャと器の中に注がれる具材ゴロゴロスープ。
それを器用に少女のもとへと差し出せば一連の流れは完了だ。
露店の前で少女はスープを口に運び……僕たちと目が合った。
目をぱちくりと視線がスープに向き、露店に向き、そしてあらためて僕たちを見る。
「お金無いの?」
その一言が痛烈に心を抉った。