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第一章九 居場所

「この世界に来て気失いすぎでしょ……俺」


 目覚め。日が落ちかけ橙色に染まった部屋の中で、ソウジの口から寝ぼけた声が飛び出す。

 前の経験を生かし、血を失いすぎたと思われる体を、目眩がしないようにゆっくりと起こした。


「失敗から学ぶ男だからね、俺は」

 

 学ばなかったせいであの夜またぶっ倒れたのだが。

 両足を床に下ろし、ベッドから立ち上がろうと左腕を支えにし、――付いてるとは思わなかった左手を見下ろす。グーチョキパー。指の一本一本を動かしてみるとちゃんと動く。


「すげえ、ちゃんとくっついてる。……ロカの治癒法術、取れた腕までつけられるのか」


 あいつやっぱり凄いんだな、とソウジは呟く。お礼もしっかり言っておかないと。あまりかしこまって言うと何言われるか分かったもんじゃないが。えーもっとちゃんと言い方あるでしょ-、ここはもっと感きわまって泣きながらお礼言ったりするんじゃないの-。

 多分弄り倒される。話の流れでさらっと言おう、うん。

 そのままベッドから立ち上がり、ドアへと向かう。さて彼女たちはどこかな。ロカならこの時間厨房とかにいるかなと思いドアを開けると、ノックしようと腕を上げたまま固まっているロカと鉢合わせした。彼女も驚いているのか眠たげな瞳が少し見開かれている。


「あーっと……こんにちは? こんばんは? この夕方くらいの時間って少し挨拶に困るよな。おはようロカ」


 会話のとっかかりとして突っ込みどころを作るソウジ。


「あ、うん、おはようソウジ。リッタがソウジそろそろ起きるんじゃないかって言ってたから様子見に来た」


「おい待て、今何故羽ペンを背後に隠した」


「ちょっとしたいたずら心」


「そんなので体に落書きされたらさすがに目覚めるわ!」


 この世界でも寝ている人の瞳に落書きするいたずらがあるのだろうか。やはり世界が変わっても考えることはあまり変わらない。


「でも、起きられて良かった。私も切断された手首治すなんて初めてだったから、くっつかなかったら血が流れないよう、炎で傷口焼き固めるつもりだったから」


「ロカ様マジで治療してくださってありがとうございます」


 全力で頭を下げる。考えただけでも恐ろしい。

 彼女は、うむ、面を上げーいと間延びした声で言う。


「私に感謝の念があるというのなら、一生馬車馬のごとく仕えるのだ」


「想像よりも上の言葉が来た!?」


 ソウジの叫びに、ロカの口角が緩んだ。あ、笑ってるとこ初めて見た。雰囲気こんなに優しげになるのか。

 ソウジの心情は知らずに、彼女は体の向きを変え結構元気そうだね、付いてきてと言い歩き出す。


「これからご飯。普段より早いけど、最近リッタがお腹すいたーって何度も言うようになったから、ご飯の時間早めてるの。なんか食べられそう?」


「スープとかあるならそれでお願い。なんでリッタがそんなに腹減ったなんて言うようになったの?」


「私がやるって言ってるのに、リッタがソウジの世話をしたがるの。『こんないい匂いをする人、ロカにだって渡せません!』って」


「それだけ聞くと匂いフェチの女の子に好かれてる男だけど、ただの大切な家畜を譲らない牧畜主じゃねえか」


「そうとも言う」


 そうとしか言わねえよ。相変わらずの扱いに、ソウジはため息をつく。まあ理由が何であれ広義では好意を寄せられてることに悪い気はしないが。


「この前部屋で『ちょっとだけ……ちょっとだけならばれませんよね』って涎飲み込んでたよ」


 前言撤回。やはり好意への嬉しさよりも身の危険の方を感じる。


「食事の時間前倒ししなきゃいけないしたくさん作らなきゃいけないし、これに懲りたらもう無茶はしないでね」


 間延びした声でこちらに注意を促してくるロカ。わざわざ少し迂遠な言い方をする彼女に、こちらの気を遣わせまいとする思いやりが込められてる気がした。


「ありがとう、ロカ」


「特に感謝されることなんて言ってないよ」


 思いを看破されたのを恥ずかしいと思ったのか、ちょっとふてされたような声で返してくる。そんな彼女に頬を緩めながらついて行く。エントランスを横切り、食堂へ。


「目、覚めましたかソウジさん。臭いも薄くなってきたのでそろそろかと思ってましたが、無事で何よりです」


「世話してくれてありがとうリッタ。……食わないでくれてほんとありがとう」


 きゃーもうロカったらなんでそういうこと言っちゃうのー、と身もだえるリッタ。そこは恥ずかしがるとこじゃなくて申し訳なく思うとこじゃないの。相変わらず恥ずかしがるポイントが分からん。


 席に着き、食事を開始。すべての命に感謝を。

 いつもの早飲みマジックを見せながら、リッタが話しかけてくる。


「ソウジさんが気になっているでしょうあの男は、呼んでおいた王都の憲兵団に身柄を引き渡しました。今頃はどんな種族にも壊せない特別仕様の馬車で、王都に向かっているはずです。……憲兵団が来るの遅すぎですけど」


 彼女は語気に不満を滲ませながら言う。そうか、あいつも無事お縄になったのか。これで安心できる。


「あいつの目的聞き出せた?」


「いいえ。あれからずっと気絶したままでしたし、私たちに捕虜を尋問する技術なんてありません。後は憲兵団が何か聞き出してくれたら、こちらに連絡が来る手はずになってます」


 結局あの男の目的、今は分からないか。あの男は……二回目の襲撃の際、ソウジを狙っていた。しかも殺さないように配慮した上で。あいつとの繋がりは何だったんだと悩む。でもきっと、そろそろ……


「……あの輩は、ソウジさんのところを狙っていました。ソウジさん、あなたは一体……何者ですか?」


 きた。この質問をぶつけられると思っていた。リッタの表情からは、何も読み取れない。先ほどここに来る前この返答についいてどう言おうかと考えていた。


「悪い、俺にも本当に分からないんだ。俺はこの世界のことが何もかも分からないし、リッタと出会ったあの森から前の記憶がない。……あの男との関係が疑わしいのなら憲兵団とやらに引き渡してもらってもいい」


 むしろ、その方が二人にとっては安心だろう。そう言い切り、ソウジは少し目線を逸らして彼女らの返答を待つ。ごまかすことも出来ただろうが、……それでも彼女らに嘘はつきたくない。

 わずかな沈黙。

 クスッと笑う声がし、リッタを見やる。


「憲兵団に引き渡すなんて、そんな真似はしませんよ。ソウジさんは嘘なんて得意じゃなさそうですし、あの男の仲間だったりしたらいくら何でも体張りすぎです。私たちの信頼を勝ち取ってから後々何かやるにしても……この数日のソウジさんを見てきて、そんなことが出来るような人、する人じゃないってことはわかります。ごめんなさい、ちょっと聞いてみただけです」


 微笑むリッタと、相変わらず無表情に近いがこちらを優しく見つめてくるロカ。彼女らの視線から感じられるのは、信頼と情愛。

 そんな視線を向けられたことなど、久しく無かった。思わす目頭が熱くなってしまい、ごまかすためにスープを一気飲みした。


「……かあーっ、うまい、もう一杯! ロカおかわりよろしく!」


「……ん、はいよ」


 スープ皿を受け取るロカ。彼女の背中に、リッタが声をかける。


「ロカ、明日の朝に馬車の手配をお願い。ソウジさんにこの世界のことを分かってもらうなら、見てもらうのが一番早いと思うの」


 ロカは、ん、と頷き厨房へと向かっていった。


「さあソウジさん、ロカが、ソウジさんがいつ起きても良いように最近たくさん料理作ってくれてるんですよ。たくさん食べてくださいね」


「リッタが腹すかせてるから作ってるって聞いたけど」


 彼女は気まずげに視線を逸らし、目の前にある肉料理をこちらにすすすっと移動させる。そんな彼女に苦笑いをし、ソウジはそれをありがたくもらう。

 彼女らからしたらソウジはこれ以上無いほど怪しい男だ。そんな男に仕事と住む場所を与えてくれ、殺人者と関わりを持っているような気配すらあるのに、それを「信用している」とだけで片付けてくれる。また少し泣きそうになってしまい、ソウジは目の前の肉料理に意識を集中。ああ、やっぱうまい。




==============




 次の日。ソウジとリッタはいってらー、と適当な言葉と共に送り出され、屋敷の前に停まっていた馬車に乗り込む。

 生まれて初めて馬車に乗ったが、かなり乗り心地は悪い。道はあまり舗装されておらずかなり揺れるし、車のように衝撃を吸収してくれるサスペンションもないためかもろに衝撃が伝わってくる。なにこれ酔いそう。

 気を紛らわすためにリッタに話しかける。


「この世界について知るためって言ってたけど、一体どこへ向かってるんだ?」


「それは……着いてからのお楽しみ、ということで」


 しー、と人差し指を唇に当て微笑むリッタ。

 かわいい。



 

==============


 


「お、おお……」


 おそらくここが目的地。――というよりも、ここより先に行きようがない。大地がそこで途切れているからだ。

 ソウジの目の前に広がるのは青い空。恐る恐る大地の端から下をのぞき込むと、そこには広大な海。大地らしい物は全く見えない。

 風が強い。危うく転げ落ちそうになったので、慌てて離れた。


「これは……ここは、空に浮いているのか?」


 ええ、とリッタが答える。


「ここは空に浮かぶ大陸、フルウコンティ。六から成る神たちが生み出し、選ばれた聖女たちが神に歌を届けることで浮かび続けている場所です」


「聖女、神」


 はい。ちょっとここからは半分神話というか童話みたいになってしまうんですが、と彼女は言う。


「太古の昔、神のうちの一柱が気まぐれに大地を作り、そこに自分の姿に似せた生物を生み出して遊んでいました。それを見た他の神たちも、これは面白いじゃないかと自分たちの姿に似た生物を生み出していって、観察していたそうです。しかし神たちは段々それを見るだけに飽きてきた。我々を楽しませてくれ、さもないとこの世界は消すと被造物たちに呼びかけたそうです」


 そこで、と彼女はわずかに間をおき話を続ける。


「大別すると六の種族たちの中から、特に声と姿が美しい女たちが一人ずつ選ばれ、彼女たちは毎日歌を神へと届けるようになったのです。そしてその役目は、その子、子がいなければ血が近く美しい者たちに引き継がれていきました」


「それが、聖女」


「はい。それに満足した神たちは、この世界を維持することを続けてくれました。ですが二百年以上前、人間族の聖女があるとき歌うことをしなくなったのです。さらにあろう事か、その聖女は外法に手を染め、自分の体を人ならざる『何か』に変えてしまいました」


 ふう、とここまで話し疲れたのか、リッタは一息つく。だがすぐに、もう少し続きます、続きを話してくれる。


「なぜ彼女がそんなことをしたのか、誰も分かっていません。それよりも問題は、彼女が歌うことをやめたのに、この世に存在し続けるためか役目は引き継がれないのです。人間族を生み出した神はへそを曲げてしまったのか、徐々にこの大陸は崩れ始めたのです。これはいけないと人間族たちはやむなく聖女を殺し、次の聖女を誕生させようとしましたが……実行しようとした者たちは、みな聖女に殺されました」


 は、はは。


「皆殺しって……そんなこと出来るのか?」


「ええ。話では、聖女は見た者すべてを殺せたと聞きます。腕がもげようとも胸に大穴が空こうと倒れず……殺そうとした者たちはすべて殺され国は崩壊、人間族は散り散りになりました」


「今も人間で生き残っている人はいるのか?」


「少数ながらいます。ですが彼らは『大陸の危機だというのに逃げた臆病者たち』として迫害を受けています。迫害をしている方も怖じ気づき、もう聖女に刃向かう気力など無いというのに」


 リッタは吐き捨てるように言う。なのでソウジさんも人間族だと言うことは伏せてください、と付け加えた。


「聖女が何のためにそんなことをしたのか、誰も分かっていません。彼女はただ一人何をするでもなく、外法により自らが殺した者たちを物も言わない人形として操って、人間族の地にある塔に籠もっているらしいです」


 これで昔話は終わりです。ですが、私たちには大きな問題が一つ。


「聖女が消えない限り、この大陸はいつか墜ちるということ。今もわずかながら、大陸の縁が少しずつ墜ちています」


 ソウジは縁を見やる。ここも、近いうちに消えるのか。


「軍を編成しては聖女を消そうとしていた者たちも、度重なる失敗により今は動きがありません」


 話疲れたのかリッタは地面に座り込み、視線を空の向こうへ向ける。ソウジもその目線を追い、空を見つめる。

 

 ――この世界、いつかは終わるのか。


 ソウジには関係ないと言えば関係ない。元からこの世界の住民ではないし、大陸が墜ちるよりソウジが寿命を迎える方が先だろう。我ながら情けないと思うが、この話を聞いてもさて世界の危機だ、きっと俺はこの世界を救うために呼ばれたのだ救世主となるぞレッツゴーとはならない。

 聞いておきたいことがあった。


「リッタは、この世界が終わるかもって聞いたときどう思った?」


「特にどうとも。子どもの時は悪い聖女をやっつけます! なんて言ってたときもありましたが、……成長してからは連合軍頑張ってください、私とロカの、いつかは出来るかもしれない子どもたち、その子孫の生活守るためにお願いします、としか」


 はは。この子も、結構人ごとだな。


「なあリッタ、約束してたお願い事言ってもいいか?」


「いいですよ、いったいどんなお願いを?」


 ソウジは息を吸い込み、緊張で少し震える声を発する。


「――俺はいったいどんな人間だと思う? ……俺のことを、どんな風に思ってる?」


 んー、と彼女は少し考え込み、言葉を探しているようだった。


 「世界の成り立ちすら忘れちゃう記憶喪失とんでもない人。私とロカの冗談につきあってくれる人。うちの屋敷の新しい使用人。魔術らしき物が使える謎な人。死臭がするのにピンピンしてる変な人。とっても美味しそうな匂いがして、どこか寂しそうな目をしていて放っておけなくて。あと一つ付け加えるなら――」


 そばに、いて欲しい人です。


 恥ずかしかったのか、最後の言葉は尻すぼみになっていた。ソウジから目線を逸らし、ちょっと頬を赤らめている。

 

 ――ああ。俺がいてもいい場所を、見つけられたかもしれない。


 元の世界では、それを感じられなかった。親はきっとソウジを必要としてくれていただろうけど、仕事であまり家にいなくて、家族のはずなのに家の中は寒かった。

 友達もきっとソウジには悪くない感情を抱いてくれていたかと思う。でも、ソウジではなければならず、唯一無二の代わりがきかないと思ってくれているようには感じなかった。  

 でも、彼女は言ってくれた。そばにいて欲しいと。俺がここにいてもいい、いて欲しいんだと。

 ここが、俺の居場所だ。


 片膝をつき、座るリッタに手を差し出す。姫をエスコートする騎士のように。


「聞かせくれて、ありがとう。厚かましいけど、もう一つ、お願いです。――君と一緒にいても、いいですか」

 

 歯が浮くような台詞と姿勢。こんなことまで聞いておいて断られたらどうしよう、と緊張に顔が熱くなる。

 彼女が浮かべる。よく似合う、いたずら気な笑みを。


「はい、これからもよろしくお願いしますね、私の騎士様」


 ソウジが差し出した手に、そっと手のひらを乗せた彼女と共に立つ。

 互いに気恥ずかしくなり、目線を逸らした。

 そんな空気を吹き飛ばすためか、


「これからもたくさん食べて、たっぷり肥えてくださいね」


「だからその冗談やめてくれる!?」


 心臓に悪い彼女の冗談にソウジは叫ぶ。

 

 少年の叫びと少女の笑い声が、青い空に吸い込まれていった。

    

第一章終了です。二章に続きます。

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